2020'sXmas短編集 fin

  


私が一番になれへんことは、付き合う前から分かっとった。どこまでいっても宮くんの中ではバレーが一番。そんなこと分かってる。そんな宮くんを好きになったんやし、それでもただのクラスメイトから彼女になれたときは涙が出るほど嬉しかった。
そんな、夢みたいなことが起こって早半年。もうすぐ恋人たちのクリスマスがやって来る。

ちなみにそれまでに宮くんの誕生日という私にとっては一大イベントもあったけど、朝学校でプレゼントを渡して、それだけ。「おはよう宮くん、誕生日おめでとう」「おん…ありがとう」「これ、プレゼント」「おん」「…中見ぃひんの?」「帰ってから見るわ」「…そう?」
うちの学校では知らん人なんかおらんやろってぐらい人気者の宮くん。双子の宮治くんと一緒に朝練前から色んな人に囲まれたみたいで既に若干お疲れの様子。
勿論放課後は部活があるからってデートとかもなく、帰ってからもプレゼントどうやったとかそういう連絡もなんもナシ。そうして呆気なく彼氏の初めての誕生日は終わってしまった。

…っていうかその日に限らず私は宮くんとデートなんかしたことないし、連絡もいっつも私の方からで宮くんからしてくれたことは一度もなかった。

「それって彼女っていうん?」
「…うーん」
「向こう付き合ってるつもりないんちゃう?」
「…そうやんなぁ…でも、連絡拒否されるとかもないねん…」
「…一回ちゃんと話してみたら?」
「…うん」

友達に言われて、不安にならんわけがない。常に自分の中でモヤモヤと居座り続ける悩みは第三者から言われた途端大きなものへと変化してしまった。

デートしたことはない。一緒に帰ったんは付き合ったその日だけ。学校で話しかけんのも、連絡すんのも、全部私から。話しとっても視線は合わへんしおよそ楽しそうにも見えへん。
よくこんなんで半年も付き合うてる言うなぁって思うけど、でも私の頭の中には告白したあの日の光景が確かに焼き付いていて、消えないのだ。


* * *


「み、宮くん、ごめんなわざわざ放課後に残ってもらって」
「今日部活ないしええけど…どうしたん?」
「あ、あんな」
「おん」
「…私、宮くんが好き、やねん…よ、よかったら…付き合って、ほしい…です」
「…ほんまに?」
「うん…」
「そぉか…」
「…うん…あの…えっと、返事、とか」
「ほんなら付き合おか」
「えっ……ええの!?」
「おん。よろしく、苗字さん」
「よ、よろしく、宮くん!」


* * *


あの日宮くんは、あの日だけは、確かに私だけに笑いかけてくれて「一緒に帰ろか」って言ってくれたのに。いつの間にか、部活で忙しそうやしみんなの人気者である宮くんに遠慮してこんなに距離が開いてもうた。

そこで私が、友達に励まされて宮くんに送ったメッセージ。

"クリスマス、放課後どっか行きませんか"

今年のクリスマスは金曜日。部活は普通にあるんやろうけど、でも終業式の日やから終わるの早いやろうし帰りにちょっとなんかするぐらいは出来るやろう。どんな返事が返ってくるかな。いいよって言われたら、どこ行こう。何話そう。あかん、付き合ってんのにいつも一緒におらへんから緊張してまう。一回帰って着替えたりしたほうがええかな、クリスマスプレゼントとか、用意してもええかな。宮くん何が欲しいかな。

送った瞬間からドキドキして、そわそわとしきりにスマホを確認してしまう。
その日の夜は返ってこーへんくて、もしかして疲れて寝落ちてんのかな、って思った。しょうがないよな、宮くん練習で疲れてるやろうし。だけど次の日の朝起きてスマホを確認しても宮くんからの返事はない。学校に行っても、挨拶はしたけどそれについて何か言われることはなく、もしかして送れてないんかなってメッセージアプリを確認してみたけど宮くんがそれを読んだという既読マークは付いている。

…でも結局そのメッセージに宮くんからの返事が返ってくることはなかったし、それについて私から改めて切り出すこともできへんくって、あっという間にクリスマス当日がやってきた。


* * *


「…うん、大丈夫やんな」

今日も宮くんは私に話しかけてくれることはなくって、かろうじて私が朝挨拶したのに答えてくれただけ。でも、めげない。宮くん忙しいから、だから後回しになっちゃっただけやろうし。私からいけばええだけ。

放課後、部活が終わる時間に合わせて校門のところで宮くんを待った。迷ったけど、昼で終わった私は暇やからと一回帰って着替えて、いつもはしてないけどちょっとだけメイクもして、気合を入れる。
もうすぐ宮くん、来るはず。来たら、笑顔でお疲れ様って言おう。

待っていると向こうからガヤガヤと人が近付いてくるのが分かった。バレー部や。宮くんの声が近付くにつれドキドキして、私はぎゅっと拳を握った。

「あれ、侑の彼女じゃん」
「あ、ほんまや」
「!」

最初に気が付いたのは、角名くん。それから銀島くん、宮治くん、最後に宮くんがこちらを見る。宮くんは驚いた表情をして、それで私を指さした。

「なんでおんの」

なんの曇りっ気もない言葉が、ザクッと私の胸に刺さる。…やっぱり、迷惑やったんかも。返事ないってことは嫌やってことやし、せやから宮くんの中では今日の約束なんかないことになってて…そもそも私ら付き合ってるんも、私の妄想やったんかも。めんどくさいから否定もされんかっただけで。せやのに毎日話しかけて、連絡して、…そんなん気持ち悪いストーカーやん、私。

宮くんのたった一言が、私のネガティブスイッチを入れるのには十分やった。今まで見ないふりしていた不安がドロドロと溢れ出す。それは涙となって、ポツポツと地面を濡らした。

「ご、め……私、帰る!」
「えっ、あ、ちょお…!」

私は踵を返して走り出す。もう嫌や、嫌われた、恥ずかしい、悲しい。色んな感情がぐちゃぐちゃに入り混じって、泣きながら全力疾走なんて格好悪い。誰にも見られたくないからと人通りが少ない道に入り込めば、普段運動なんかせえへん私はもう限界。調子に乗って履いてきたヒールのあるパンプスのつま先がジンジン痛んで、私はその場にしゃがみ込んだ。

「うぇっ…うっ、ふぅ…っ」

こんなガチ泣き、いつぶりやろ。せっかくしてきたメイクもきっと全部溶けて、ひどい顔になってるやろうし、ほんま最悪。そう思って、でもだからって涙が止まるわけないから、しゃあないしもうここで存分に泣いて帰ろうと思った。のに。

「おった!」
「ひっ!」

ぐいって腕を掴まれて、見れば息を切らした宮くんが見下ろしている。私の顔を見た瞬間グッて眉間に皺を寄せて、そんで宮くんも目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「なに、なんで泣いてるん」
「ひ、っぐ、うっ…」
「…泣いとったらわからんねんけど」
「…み、宮くん、ごめん、なさい」
「は?なにが?」
「わ、私、宮くんと付き合ってると思っとって…その、勘違いしとって、…す、ストーカーするつもりじゃ、なくて…」
「はぁ!?」
「ひぃっ!」

一瞬、心臓が止まるか思った。小さい子みたいにしゃくりあげながら紡ぐ私の言葉を聞いた宮くんは、一際大きな声を上げる。それにビクンと私の肩が跳ねて、宮くんは更に険しい顔になった。

「なん、苗字さん俺と付き合うてるんちゃうの?俺も付き合うてるつもりやってんけど」
「だっ…だって、」
「なに」
「連絡とか、全部私からやしっ、…いっつも、つまんなそうやし、…今日、だって、…誘ったのに、全然返事ないし…!」

ここ数日、いや、それよりも前からずっとずっと抱えていたモヤモヤ。全部吐き出したら今度こそ嫌われると思うけど、でも吐き出さずにはいられんかった。だって、宮くん私と付き合ってるつもりやったって。それやのに、全然私たち、彼氏と彼女っぽくないもん。

私の言葉を聞いた宮くんは、珍しくすぐに言葉が出て来ずに言い淀む。何を言われるかこわい。ていうか、もう終わった。宮くん絶対こんな面倒くさいの嫌いやん。だからせっかく今まで我慢しとったのに。
未だ止まらない涙を拭いながら、私はその時を待った。

すると前から伸びてきた宮くんの手が頭の後ろに回されて、強引に寄せられた。

「!?」
「しゃーないやん、俺かてどうすればええんか分からんかってん!」
「…え」
「一目惚れやってん。この俺が。今までこんなことなかったのに目離せんくて、話しかけることも出来へんくって…せやのにその子から告られるなんか思ってへんやん!」
「え、え、」
「俺の方が絶対好きになったんも先やし、余計何話したらええか分からんし!」
「そ、れは…私のこと?」
「それ以外誰がおんねん!」

埋めてる宮くんの胸からは、あの日、私が宮くんに告白したときと同じくらいバクバク聞こえる。
うそ。ほんまに。…え?
言われたことがすぐには理解できんくて、せやのに身体の方が先に熱くなる。

今、宮くんはどんな顔してるんやろう。その表情が気になって顔を上げると、宮くんの熱っぽい視線と重なった。
きっと私もそうなんやろうけど、宮くんも負けず劣らず顔が赤い。いつもの様子からは想像できひんくらい耳まで真っ赤に染まってしまってる宮くんは、そのまま私のおでこに自分のおでこをコツンとくっつけた。

「…返事、なんてすればええんか分からんくって…、悩んでる間に当日なってもうて、こうなったら俺から苗字さんの家行ったろ思たら苗字さん待っとって…だから、なんでおるん、って」
「…宮くん、私の家知ってるん?」
「付き合うた日家まで送ったやん」
「…付き合うた、日」
「おん。一緒に帰ったやろ?」
「…帰った」
「…苗字さんが思うてるより絶対苗字さんのこと好きやで、俺」

ボソリと呟かれた宮くんの言葉が、ズキュンと胸にキた。…あかん、ずるいってそんなん。私ばっかり、って思っとったのに、全然そんなことなかったと思い知らされる。
その事実が嬉しくて…いつの間にか涙は止まっていた。

「…今からデート、してくれる?」
「…そりゃあ…あーでも」
「?」
「そんな可愛いカッコしてんの、俺だけが見ときたいねんけど」
「!?」
「…家じゃ、あかん?」
「…いい、けど」

宮くんの発言にいちいち振り回される、私。そんな私より宮くんの方が実はいっぱいいっぱいなんて…そんなの、信じられるわけないよな?

「ほんならはよ行こ!」
「わっ、」

不意に繋がれた右手に勢いよく引っ張られて、私と宮くんのクリスマスがようやく始まったのだった。



侑くんには好きな子に奥手であって欲しいっていう幻想を抱き続けてます…
20.12.25


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