宮治中編 嘘つき女と不器用男 fin

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「ほ…ほんまにそっくりなんですね」
「名前ちゃん同い年なんやろ?敬語やなくてええで!」
「おいツム、俺かて最近名前ちゃんて呼びはじめてんぞ。お前が呼ぶな」
「ほな俺なんて呼んだらええねん!」
「お前は呼ぶな、名前ちゃんに近付くな」
「はぁ!?なんっでやねん!」

目の前で行われる遣り取りを、どうしたらいいか分からずただ見つめる私。これって喧嘩?え、止めた方がええ?
いつもと同じおにぎり宮、いつもの席。ただいつもと違うのは、その隣にあの有名プロバレー選手…で、治くんの双子の片割れ、宮侑選手がいることだ。

「なぁなぁ名前ちゃん、サムのどこがええのん?俺の方が絶対かっこええで?」
「えー…っと」
「おいツムあいつにチクるぞ」
「やめろやそれはずっこいわ!」
「ほんなら名前ちゃんから離れろ、ちゅーかもう店閉めてんねん帰れ」
「なんでやねんせっかく来たってんからおもてなししぃや!」
「なんでツムもてなさなあかんねん」
「あはは…」

知らんかった、治くんって結構口悪いんや。兄弟とおる時はこんな感じなんや。少し前に怒鳴られたことがあったけど、もしかしてこっちが素なんかな。なんか新鮮で、新しい治くんを知れたみたいでウキウキする。

「大体こぉんな可愛い彼女出来たなら言えや!」
「何で一々報告せなあかんねん!」
「俺は言ったやん!」
「お前らは勝手に俺んとこ来るだけじゃ!」
「そんな言うなら帰るわ!クソサム!」
「帰れ帰れクソツム!」
「ほなまたね、 名前ちゃん!」
「あ、うん!試合、頑張ってね!」
「もっちろん。俺のカッコイイ姿見て惚れても知らんで〜」

そう言い残して、嵐のように去っていった宮選手改め侑くん。…なんか侑くんも、テレビとかで観るのとはまた違った印象だったなぁ。ピシャンと勢いよく閉まった扉を見届けて、カウンター越しの治くんに向き直った。

「ごめんなぁ名前ちゃん、うるさくって」
「ううん、いつもと違う治くんが見れてなんか嬉しかった」
「………」
「?どうしたん?」
「…名前ちゃん、ほんまにツムの方がええとか思わんやんな?」
「なっ…」

何を、言っているのか。ボソリとこぼす治くんの顔を見て思う。けど、治くんは至って本気の顔をしていて、これも過去の私が侑くんが好きだと嘘をついていたせいなのか。それにしてももう少し今の私を信じてくれてもいいのに、なんて思うのは我儘だろうか。

「…そんなわけないやん」
「ほんまに?」
「わ、私が好きなんは…治くんだけ、やし…」
「…そぉか」

途端に嬉しそうに笑う治くんの、なんて可愛いこと。その笑顔のまんま「はいお待ち、」って出してくれる治くんのほかほかおにぎりは、本当に毎日食べても飽きることはない私の大好物。仕事終わり、今にもお腹の虫が鳴きだしそうなくらい空腹な胃袋へとそれを収めていった。

「でもほんまに良かったん、兄弟水入らずの時間にお邪魔して」
「邪魔したんはアイツや、どうせまた喧嘩でもしてんで」
「えっと、彼女さん?幼馴染の」
「おん。基本喧嘩しとるからな、あの二人」
「へぇ…」
「その度に俺んとこ来よんねん、勘弁してほしいわ」
「ふふ、そんだけ治くん信頼されてるんやわ」
「…ええように言うなぁ」

治くんは口を尖らせているけど、でも嘘じゃない。だって治くん、そんなこと言いながらやっぱりあのちょっと優しい顔を覗かせているんだから。なんやかんや言いながら小さい頃から一緒におって、友達とはまた違う特別な関係なんやろうなぁ。ええなぁ。
ふふ、と小さく笑った私が気に入らなかったのか、治くんは「でも、」と口を開く。

「…名前ちゃんかてあんなにヤキモチ妬いとったくせに」
「へっ」
「アイツの代わりになるって言うたん誰やった〜?」
「なっ………治くん、意地悪…」

治くんからの仕返し。事実やけど、でもそんな風に言わんくてもええのに!あんときは、本気で、必死で、言うとったのに!

「代わりもなんも、俺には名前ちゃんしかおらんのになぁ」

そう言った治くんは、ふにゃりと表情を崩す。それにギュンッて心臓を鷲掴みされた私は、思わずカウンターに突っ伏した。
…そんなんずるいわ、治くん。


* * *


「なぁ、治くん、誰か来るかもしれんからここでは…」
「来おへんよ、もう店閉まってるもん」
「でもこんな…」

締め作業を終えた治くんは、現在カウンター席で私を膝の上に乗せて抱っこしてる状態。足がつかない私は不安定な体勢を少しでも安定させようと、目の前の治くんにしがみ付くしかなくって。

「フッフ、抱き着いてきて可愛えなぁ」
「家帰ってから、」
「無理、もう腹減ってしゃーないねん」
「ご飯なら家の方が…」
「あかん、名前ちゃんがええ」

がぶり。

そのまま唇に噛み付かれる。すぐにくちゅりと舌が侵入して、私のそれは絡め取られた。

付き合い始めてから気付いたのは、治くんはきっとキスが好きで暇さえあれば唇を合わせてくるということ。本当に食べられてしまうんじゃないかと思うくらい深い口付けはまるで麻薬みたいに甘く私の身体を麻痺させて、脳をどろどろに溶かしてしまう。

互いの唾液を交換し合い、熱を分け合う。たまに息を吐いて、それすらも貪られて。
…そこでふと、治くんはどんな表情をしているのか気になった。ぼんやりとした頭の中、ほんのちょっぴりの好奇心。ちょっとだけ、ちょっとだけ。

「!」
「い゛だっ…」

薄く開いた視界で、バッチリあった視線に思わずガリッと治くんの舌を噛んだ。口内を好き勝手に味わっていた舌は反射的に引っ込められて、じわりと鉄の味が広がる。

「ご、ごめ…」
「何すん」
「だ、って…治くん、目ぇ、開けとったから…!」
「?いっつも開けとんで」
「なっ……う、嘘ぉ…」
「ほんま。だって名前ちゃんのキス顔めーっちゃ可愛いねんもん。ずっと見ときたいやん」
「うそ、あかん、無理恥ずかしい…やめて…」
「えーなんで?」
「だって」

だって、私を見つめる治くんのあの表情…!予想以上に色気を含んだ目で、あんな風に見られていたなんて。考えただけでも耳まで赤くならずにはいられない。
両手で顔を覆う私を見て、治くんはまた「かぁわい〜」と呟いた。

「好きやで、名前ちゃん」
「ん…」
「名前ちゃんは?」
「…好き、やけど」
「ほんなら顔見せて?」
「………」
「うわ、かわい。この可愛い子誰の彼女や。あ、俺か」
「…何それ……」

真っ赤な顔でジトリと治くんを睨むけど、それすらも「可愛い」という言葉に収められてまたちゅっとキスされる。甘い。甘々や。私は諦めて、また目の前の治くんにぎゅっと抱き着いた。

「お?」
「…大好き、治くん」
「えっ……なんそれ、可愛い、好き、大好き」
「ふふっ」
「何笑っとん」
「治くん、そればっかやぁ」
「だって名前ちゃん可愛えねんもん、何回でも言いたなる」
「…治くんだってかっこいい、よ。侑くんよりも」
「〜〜〜〜〜好き!名前ちゃん!」

ぎゅううううっと苦しいくらいに抱き締めてくれる治くんは、ただの常連であった頃の私じゃ想像出来なかった。あのとき、嘘をつかなければ。何度もそう思ったのに、今となってはあの嘘をついたからこそ今がある、なんて流石に都合良すぎかな。

「名前ちゃん、我慢できひん、もっとちゅーしよ」
「…これ以上あかんよ、ここお店やもん」
「…じゃあはよ名前ちゃんの家行く」
「…うん」

まぁ、なんでもえっか。今こうやって、笑って治くんの隣におれるんやから。



20.12.20 fin.
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