宮治中編 嘘つき女と不器用男 fin

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いっぱい、いっぱい考えた。そして出した答えは、私は、元から宮選手じゃなくて治くんが好きだと告げるということ。
結局治くんの真意は分からなくて、考えれば考えるほど治くんの好きな人は私であるという自分の都合の良い答えになってしまう。冷静に考えてあんなの自惚れない方がおかしい。だから、そうなって欲しいと思った。そうでありますようにと願うことにした。
人の心なんて、結局聞かないと分かるわけがないのだ。

そして、そうと決まれば早く治くんに会いたくて仕方がない。会って、好きと伝えたい。明日までなんか待たれへんって。
昼休み、会社を飛び出してお昼ご飯も食べずにおにぎり宮に向かう。分かってる、今日は定休日。でももしかしたら、いるかもしれない。そう思って急いでやって来たおにぎり宮。

「!」

灯り、ついてる。暖簾はかかってないけど、治くん、おる。私はゆっくり少しだけ扉を開けて、…でもすぐにその手は止まった。

「え…」

中にいたのは、勿論治くん。…と、女の子。ああ…あの子この前見た宮選手の彼女や。宮選手と治くんの、幼馴染。

どくん。心臓が嫌な音で鳴る。なんで?今日お店休みやんな。なんで、休みの日に、治くんと幼馴染の子が二人でおるん…?二人きりで何してるん…?ざわざわと胸騒ぎがする。私は治くんと幼馴染の子が過ごしてきた時間も、普段の距離感も、何も知らない。でもそれが浅いものじゃないってことだけはこの一瞬で分かってしまった。

「うー…」
「はぁ…泣かんといてや」
「…治が、良かっ、た」
「何が」
「…色々」

なるべく音を立てないように、慎重に、扉を閉めた。私は次に治くんがなんて言うか、聞けなかったし聞きたくなかった。

幼馴染の子の方はこちらに背中を向けていてわからなかったけど…治くんの、呆れたような表情の中に見える優しい表情が頭から離れない。血の気が引いていくような感覚。初めて見たあんな顔に、これ以上踏み込めないと。そう思った。

言わなくて良かった。勘違いして、甚だしくも治くんは私のことが好きだなんて思って…恥をかくところだった。治くんはやっぱりあの子が好きだったんだ。
私はUターンして会社に戻り、結局次の日も、その次の日も治くんに会いに行くことはなかった。


* * *

次に治くんに会ったのは、意外に直ぐだった。ほぼ毎日通っていたおにぎり宮に行かなくなって一週間。おにぎり宮の定休日である今日、私は仕事帰りに後ろからいきなり腕を掴まれ大袈裟なほどに肩を跳ねさせた。

「名前サン!」
「お、治くん…びっくりした…」
「なんで来おへんの?俺ずっと待ってんねんけど」
「え…」
「俺先週、店休みの次の日話そって言うたよな?名前サンそれから一回も来おへんやん。…やっぱ嫌やった?」
「………なんで」
「え?」
「なんで……?」

汗をかいている治くんは、私を探していたんだろうか。いざとなれば家も分かるくせに、仕事帰りの私を見つけて走って追いかけてきたんだろうか。掴まれた腕に力を込められてぎゅうと痛んだ。
でもそれよりも、胸の方がずっとずっと痛い。あの日からずっと考えている、治くんと幼馴染の子の関係とか、これからどうしようとか。なんで好きな子おんのにあんなことしたんとか、思わせぶりな態度とらんといてとか。
それでも結局私は治くんのことが好きで、何年か越しの片思いがあっさり終わるその終止符を中々打てない。

「先週…お店休みの日、あの子とおるの見たよ」
「あの子?」
「あの、宮選手の彼女の…幼馴染の」
「ああ、…え、名前サン見とったん!?」
「うん…泣いてんの、治くんに慰めてもらっとった」
「あれはなんちゅーか、ツムとちょっと喧嘩してうち来とっただけで、」
「なんなん、あの子…?宮選手の彼女なんちゃうの?それやのに、弱ってたら治くんとこ来んの?それってちょっと都合良すぎちゃう?いくら幼馴染やからって」
「いやまぁ…そらツムが好きな名前サンからしたらそう見えるかもしれんけど…」

違う。違う違う。こんなんが言いたいんやない。こんな言い方したい訳でもない。それでも口から飛び出すのは、自分でも制御できないドロドロとした感情ばかり。
嫉妬。治くんと幼馴染でずっと一緒におれて、そんで宮選手みたいなすごい人と付き合ってんねんからこれ以上入って来んといてよ。治くんのこと好きちゃうなら、治くんの隣であんな優しく慰めてもらわんといてよ。そんなん、ずるいやん。私だってそこに行きたいのに。

「どうしたん、名前サン」
「…治くんかって…俺にしときいやって、言ってくれたやん。それって、私でもええんちゃうの。そのポジション、私じゃあかんの?」
「は?」
「だって一緒やん。双子やろ?」
「…どういうことやねん」
「…私が代わりじゃ、あかんの?一緒やろ?」

その瞬間、周りの空気が一気に冷えた気がした。ギリッとさらに強く腕をつかむ治くんの爪が、皮膚に食い込む。痛い。痛い痛い痛い。腕も、心も。

「…俺をツムの代わりにしてんちゃうぞ」
「え…」
「…ツムの代わりなんか、死んでも嫌じゃ」

ひゅっ、と喉から息が漏れる音がした。今日初めて合った目は、今まで見たことないくらい冷え切っていて……治くん、めっちゃ怒ってる。こんな乱暴な言い方も、されたことがない。
こわい。言葉が出てこなくて、でも治くんと視線は合ったまま。カタカタと身体が震える、なんてこともなく。ただ何も言えなくて、私は治くんを見つめた。

「確かにあんとき、俺にしときいやって言うた。ほんでも、俺を代わりにしてええって言うたわけちゃう」
「………」
「俺は、名前サンが…」
「………」
「…名前サンにこんなん言いたいんちゃうのに」

フッと悲しそうな目をした治くんは、さっきまでの怒りの色が消えてただぽつりと呟いた。いつの間にか腕も離されてただぶらんと力なく下ろされている。途端に、私はさっき自分が言った言葉を後悔する。きっと治くんは、宮選手と双子でずっと色んなことを比べられてきたんだろう。何事においても、お互いを引き合いに出されてきたんだろう。だからこそ、人一倍そういうことをされるのが嫌いなのかもしれない。それは私の想像でしかないけれど、でも、ちょっと考えたらたとえ双子じゃなかったとしても人と比べられるなんて嫌に決まっている。そんなつもりで言った言葉じゃなかったのに…そう誤解させた。

…治くんは私が宮選手が好きや思ってて、でも私はほんまは治くんが好きで、その治くんは宮選手の彼女が好きで…それで?あの日の言葉は…ほんまは幼馴染の子に向けて言うてた?
自分の嘘のせいで色んなことがこんがらがってしまっている。…あんな嘘、つかんかったら良かった。なんて今更後悔してももう遅いわ。

「…ごめん、治くん」
「え、なに」
「私…もう帰るわ」
「えっちょっ、名前サン」
「…ごめんね」

ここで自分が泣くのは違う。改めて失恋しただけではない、大好きな人に、ひどいことを言ってしまったと自覚したとしても。溢れだしそうな涙をグッと堪える。
ほんまは私が好きなんは、治くんだけなんよ。誰の代わりでもない、治くんがええねん。…だから、治くんも私のこと好きになって。

なんて言う勇気もないのだから。

結局私に残された選択肢は逃げるしかなかった。

…と、思ったのに。

「逃がさへんぞ!」

治くんはもう一度私の腕を引っ張って、そのまま自分の腕の中に閉じ込めた。


20.12.08.
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