宮治中編 嘘つき女と不器用男 fin

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何年かずっと片想いしているのは、よく行くおにぎり屋さんの店主。この辺じゃ知らない人がいないくらいの有名店で、そして有名人。一見感情がないように見えるけど一度話せば愛想の良いお兄さんで、整ったそのお顔は今大人気のバレーボール選手、宮侑選手とそっくりだ。名前は宮治と言うらしいから名前までそっくり。初めて見た時はびっくりしたけど、それもそのはず宮選手と双子らしい。

その味に惚れ込んでおにぎりを買いに行く度に世間話をしてくれるその人も私のことを覚えてくれたみたいで、晴れて常連客認定してもらってからはほとんど毎日ここに来るようになっていた。

「あ、名前サン。いらっしゃい」
「こんにちは」
「いっつものでええ?」
「うん。今日はここで食べてこうかな」
「ほなここ空いてるわ、どうぞ」

店の中にあるカウンター席に座れば、温かいお茶とおしぼりを渡してくれる。そして私は、こっそりカウンター越しの治くんを盗み見した。


* * *


「…宮さんって、他の常連のおじさんとかに治くんって呼ばれてはるんですか?」
「ん?おん。双子やから、ちっこい頃から名前呼びの方が多かったしな」
「…じゃ、じゃあ…私も治くんって呼んでも、ええですか?」
「んー…せやな。お姉さんいっつもよう来てくれはるしな。あ、でも、せやったらお姉さんの名前も教えてえや」
「え?」
「俺だけ名前知らんの、フェアちゃうやん。せっかく珍しい若い女の人の常連なんて他におらんからな」
「…えっ、と…苗字。苗字名前っていいます」
「苗字サン。…いや、名前サンか」
「!」
「名前サン。これからもよろしくなぁ」

そんときの笑顔にやられてもうた。それからは私からも頻繁に話しかれるようになって、この人のこと好きになったんだって気付くのも時間はかからなかった。
かっこいい、好き。例えれば、学生の時とかに大人っぽい先輩に憧れるみたいな恋。少しでも会えれば、笑いかけてもらえれば、挨拶できれば、その日はハッピーだと思えるような。そんな、片想い。

…でもあれは良くなかった。後悔してる。治くんと話したくても話題がなくて、世間話じゃすぐにネタは尽きてしまう。私からも何か話すネタを…そう思って口から滑り出したのは、宮侑選手の名前。

「宮選手もようここ来はるん?」
「おん。しょっちゅう来とんで。そのうち鉢合わせるんちゃう?」
「え、そんなに?」
「あ、もしかして名前サンってツムのファンなん?」
「えっ」
「今度会わせたろか?」
「えっ!?」

結局それは冗談だったみたいだけど、すっかり宮選手ファン認定されてしまった私。…でも悲しきかなそれしか話題が思いつかない私はそれこそそれを利用するしかなくて…今となったら治くんにとって私は宮侑ガチ恋ファン、という痛い女になっていたのだった。


* * *


「はい、お待ちどぉ」
「わ、ありがとう」
「ずっと俺のこと見てるやん」
「えっ!」
「俺見てツムの想像でもしてんの?名前サンやらしぃなぁ」
「そ、そんなんしてへんよ!」
「ほんまかいな」

クツクツと笑う治くんは、ほんまにかっこいい。それでも私がそんなことをすると思われているのは心外だ。…見てるってバレてたのには、動揺したけど。
頬を膨らませれば、治くんはまた面白いものを見る顔で笑うから、結局その表情にやられて私は許してしまう。まぁ、私が普段宮選手の話ばっかりするのも悪いんだろうし。

私が治くんじゃなくて宮選手が好きだと思われているのは不本意だけど、でもこうやって笑って話せて、幸せな毎日。ただの常連客なだけなのに、これ以上望むのは間違ってる。

あ、っていうか!今そんな話してる場合ちゃうかった!そこで私は、今日どうしても、治くんに聞きたかったことを思い出す。

「そ、そういえば治くん、昨日駅前んとこおった?」

昨日はおにぎり宮の定休日だったから、ここに来ることはなかった。でも、見てしまったのだ。…治くんらしき人が、駅前で…女の子と一緒にいるところを。
こんな、答えによっては失恋確定なことを聞くのはこわい。でも、気になる。いつも宮選手の話ばかりで治くんのことはあまり聞けなかったから、こんなキッカケでもないと聞き出せないのだ。

「あー……」
「お、女の子と一緒におるとこ見かけたんやけど…彼女さん?」
「んー……あー…、それ」
「………」
「ツムやわ」
「えっ」
「宮侑。俺の片割れ」
「そっ……へぇ…」
「…一緒におったんは多分…俺らの幼馴染やわ」
「幼馴染…つ、付き合うてるん」
「まぁ…うん、せやな…こないだから…」
「へー、そうなんや…スキャンダルやなぁ…」
「………おん」

あれ、生宮侑だったのか。いや私、あんまりバレー知らんし宮選手も実はあんま知らんねんけど。でも、ほんまにそっくりやった。さすが双子。完っ全に治くんや思ったし、それで昨日の夜は落ち込んで寝られへんかったのに。良かったぁああああ…なんて内心安堵の息を漏らす。

「…ごめんな名前サン」
「え?」
「…落ち込んどるよな」
「…え?」

言われて思ったのは、どうして私が?
でもそうか、私、宮選手が好きだと思われてるから。だから治くん言いにくそうにしてたし、今だって申し訳なさそうにしているのか。
いや私が申し訳ない。私ほんとは宮選手なんてどうでもいいのに。

「いや治くん、私な…」
「…今日この後時間ある?」
「え」
「よかったら…飲みにでも行かへん?」
「へ?」

治くんの提案に、目をパチクリ。え、なにこの展開。なに?聞き間違い?

「名前サン、ツムの何がええんかまっっっっったく俺にはわからんけど、でもずっと好きやったもんな」
「えー…と」
「俺で良かったら、話聞くから…せやから飲み行こ」

ええ…ええー…いや、ほんまは全く好きでも何でもないんですけど。私が好きなんは治くんなんですけど。めっちゃ気遣わせてるし、ほんまごめん。でもこんな機会逃したら、もう次はないかもしれない。流石にそれくらいのチャンスだってことは、自分でも分かる。

「じゃ、じゃあ…行きたい」
「!ほんなら店もう閉めるし、そこ座って待っとって」
「…うん」

なぁ神様、誰がこんな展開予想したやろ。これが棚からぼた餅っちゅうやつ?ほんまありがとう。私、もう今日死ぬかもしれん、幸せすぎて。


20.11.29.
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