黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

甘美なるいいわけを
いつもはしないメイクにゆるふわ巻き髪、おろしたてのワンピースにGジャンを羽織ってお気に入りのパンプスにバッグ、最後に前に友達から貰った練り香水をつけて鏡の中の自分に笑いかける。よし、という独り言に何が良しなんだ、とすぐに心の中で疑問が生まれた。

今日は黒尾と映画に行く日。あまり気合いを入れないように、いつも女友達と遊びに行く感覚で…と思っていたのに、この格好で大丈夫かな、変って思われないかな、なんて気になりだしたらキリがなくて。…うんうん大丈夫、フツーフツー。女友達と出かける時だってこんぐらいするって。 だって今日の相手は黒尾だし!デートとかそんなんじゃないし!
言い訳の相手は他でもない自分自身。

…なのに待ち合わせの15分前には到着している自分に、思わずなんでやねんと私の中のエセ関西人がツッコミを入れてきたのだった。

「なぁ」
「え」
「学校外で会うとき何でそんなボーっとしてんの、苗字」
「え、あ、黒尾!おはよう」
「おはよ。5分前にはここにいましたけどね、ボク」
「え!?ご、ごめん。声かけてくれたらいいのに!」
「いやなんか全然気づかねぇからおもしれーと思って…ぶふっ…」
「な、なに」
「苗字ずっと一人で百面相してたから」
「うそ!」
「ほんと」

会って早々に大笑いしてお腹を抱える黒尾に、私はどうしてあんなに緊張していたんだと少し冷静になる。普通じゃん。教室で会う時と、一緒じゃん。大丈夫、私と黒尾はただの友達!今日はデートなんかじゃない!

「つーか苗字と遊ぶの初めてだよな?いつもと雰囲気違うわ」
「えっ、そ、そう?」
「ん、なんか女子です〜って感じ?」
「なにそれ…」
「可愛いなってことですよ」
「えっ」
「ぶっ…顔真っ赤じゃん」
「か、揶揄わないでよ!」
「いやぁ…可愛いとこありますネ?苗字サン?」

前言撤回。風に煽られて少し跳ねてしまっていたのか、私の前髪を直してくれながらニヤニヤ笑う黒尾に、私の心臓は騒ぎ出す。
面白がられているだけっていうのも、純粋に女友達として一番近くで長く過ごしてきたが故の距離の近さと振る舞いだっていうのも、分かっている。前までの私だったらこんなの別になんともなくありがとう、と言ってしまえることなのに今は無理で…こんなに一人で恥ずかしくなっていることが恥ずかしい。

だけど黒尾は一通り揶揄って満足したのか、またいつもの感じで「じゃ、行きますか」と歩き出した。

「映画昼からだし、先に昼飯食うか」
「うん。黒尾何食べたい?」
「んー…肉か魚で言ったら、魚。苗字は?」
「魚かぁ…あ、あそこの海鮮レストランで良かったら私ランチクーポン持ってる」
「よっしゃそこ行こう」
「はーい」

近くにあった、高校生のお財布に優しくその割に美味しいと人気のレストランに入り、案内されたテーブルを挟んで向かい合う。
メニューを覗き込む黒尾をチラリと盗み見して、よく分からないけどソワソワした。
私があんなに今日の格好で悩んだということは、勿論黒尾も私服である。
いつものブレザーじゃない黒尾は見慣れなくて、何となく直視できなかった。

「苗字、決めた?」
「あ、うん。私これ」
「ほーい」

店員さんを呼んで私の分も一緒に頼んでくれる黒尾を、もう一度横目で見る。話すたびに動く喉仏を見て、思わずごくりと唾をのみ込んだ。私は変態か!

「なんですか、苗字サン」
「!」
「さっきから見てんのバレバレ。そんなに見つめられたら照れるんですけど」
「はっ!?ちょ、調子乗んなバカ!」
「苗字ってツンデレキャラだっけ?」

ああもう、ほんと調子狂う。私っていつも黒尾の前でどんなだっけ?どんな顔して、どんな話してたんだっけ?全然わかんなくなっちゃった。
そんな私に、気付いているのかいないのか。黒尾は普通に笑うし、バカなことだって言ってくるし、たまに揶揄ってくるし、驚くほどいつも通りだ。
ねぇ、黒尾。こんな風に思ってるのって、私だけ?

「それではこちらのクジをお引きくださーい」
「あっ!忘れてた、サイン入りパンフレット!」
「ミチカさんが言ってたやつか」
「うん。よし、絶対当てる!」
「やる気がすごい」
「………」
「どうだった?」
「ハズレだ…」

うわあ先輩ごめんなさい。そんな簡単に当たるわけなかったです。
ご飯を食べて、やってきた映画館。チケットは事前に買っておいたから入り口のお姉さんに見せれば、先輩が欲しがっていたパンフレットのくじの箱を渡された。
当てる気満々で引いたつもりだけど、まぁ普通にハズレ。黒尾も多分、

「あ、当たった」
「おめでとうございまーす!」
「ええ!?すご!」

その手には大きくアタリと書かれえたクジを持っていて、お姉さんも嬉しそうにカランカランとベルを鳴らす。
黒尾がクジと引き換えに受け取ったそれは、黒尾が好きだと言っていた俳優さんのサインが入ったもので。

「わ!良かったじゃん黒尾!」
「おー」
「あれ、テンション普通」
「んなことねえって。めっちゃ嬉しい」

そう言ってクシャッと笑った黒尾の表情は、うまく言えないけどいつもとはなんか違って…あ、可愛い、って。思ってしまった。

「よし、じゃあ中入るか」
「………」
「おーい苗字?」
「あ、うん。ごめん」
「ボーッとしてたら転びますよー」

私が持っていた買ったばかりのドリンクを奪って、代わりに持ってくれる黒尾にキュンと胸が鳴る。ああ、これ、やばいやつだ。
相も変わらずドキドキとうるさい心臓、ふわふわする感覚。こういうの、なんて言うか知ってる。知ってるけど、でも認めたくはない。

「…楽しみだね」
「そうだな」

誤魔化すように空いた手をキュッと握り締めて、黒尾の隣を歩いた。
席に着いても、隣にいる黒尾が気になって気になって、見たかった映画のはずなのに全然内容が頭に入って来なくて。
こんなときに限ってポップコーンを食べるタイミングが重なって手が当たったりとかして、反射的に黒尾の方を見ればニヤリと笑って小声で「どーぞ」とポップコーンを一粒渡してくれたりするから。

…ずるいなぁ

結局、全然中身を楽しめない…っていうか集中出来ないまま上映は終了。私達もぞろぞろと出て行く人達にならって、エンドロールが終わってポツポツと明かりがつきだした館内を出た。

その後、ゲームセンターをぶらぶらして、最終的にはファミレスのドリンクバーだけで何時間か話したりして…とあっという間に時間はいつもバイト終わりに帰るくらいになって。そうなるとポップコーンで満たしたお腹も流石に空いてくる。夜ご飯はお互いうちで食べるからって、黒尾はいつも通り私を家まで送ってくれた。

「じゃ、今日はありがとうな。いい休日になりましたわ」
「いやいや、私こそ。楽しかったよ」
「ほんとかなぁ?苗字今日めちゃくちゃぼんやりしてたけど」
「そんなことないし!」
「そ?ま、楽しかったなら良かった。しばらく部活忙しくなるけど時間合うならまた遊びに行こうぜ」
「え、あ、うん!」
「それじゃ、また明日」
「うん、また明日」

アッサリと手を振って帰っていく黒尾に、当たり前なのに少しがっかりする。…がっかりって、何だ。何かあると思ってたのか。…何かって、何?
今日はずっとこの繰り返し。

学校の外で会う黒尾は特別に見えて、いつもしてること話すことにもきゅんきゅんドキドキして、調子が狂う。
先輩が変に意識するようなこと言うからこんな…っていうかそれで変に意識してる時点でもう、遅いよね。

私、黒尾のこと好きになっちゃったのかな。

自分で思ってて何だかむず痒い。現実って今日観た映画みたいな劇的なキッカケがなくたって今まで友達だった奴でも意識するようになるし、好きになっちゃうんだね。
ああもう、明日からどんな顔して黒尾に会えばいいんだろう。


20.12.05.
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