黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

うつつのアアチ
「苗字昨日はいなかったな」
「そんな毎日バイトばっかしてるわけでもないからねぇ。一応受験生だし」
「行ったらミチカさんにニヤニヤされたんだけどお前何か言ってんの」
「い、言ってないよ」
「ふーん?」
「なに、」
「いーや?怪しいなぁって」

最近バイトで会う先輩は必ずと言っていいほど黒尾のことを聞いてくる。「何か進展した?」とか、「今日も来るんだよね?」とか。
ほんとのほんとに何にもないのに、いつもそんなことを言われていれば嫌でも意識してしまうというもの。お陰で最近は黒尾のことを考える時間が増えたし、黒尾と会う度に変にちょっと緊張するようになってしまった。

「あんま変なこと言わないでネ?」
「言ってないってばぁ」
「そんならいいけど」
「てか黒尾食べられないくせに毎日激辛豚キムチマン買うのやめてくんない?ちょっと飽きてきたんだけど」
「はーあ?奢ってやってんのにそんなこと言うのはどの口かなぁ?」
「頼んでないじゃんー。それに私シュークリームの方がいい」
「シュークリームは俺のだからだめ」
「どこのガキ大将よ」

ぶひゃひゃ、と変な笑いをこぼした黒尾は本当に何を考えているのか分からない。
私ばかりが悶々として、また黒尾のことを考えてしまうのだ。

「バイトもしてないのによくそんな毎日買い食い出来るよね」
「まぁ小遣いの使い道がここしかねぇからな」
「あーなるほど」
「あ、それでな、こっからが本題な訳ですけど」
「あ、はい」

黒尾はそう切り出して、私の前の席に座った。後ろ向きで跨ったその椅子にいつも座っている子は、さっき購買に行くと言っていた気がするので今は空席だった。

「日曜、暇だったら付き合ってほしいんだけど」
「日曜?確かバイトは入れてなかったけど…」
「ちょーっと観に行きたい映画があんだけど、男一人じゃ入り辛いやつでさ」
「いいけど…何観るの?」
「あの、今やってるゴリッゴリの恋愛映画…」
「え、CMとかめっちゃしてるやつ?あれ普通に少女漫画原作のやつだけど、黒尾興味あんの?」
「…出てる俳優がね、チョット」
「え、黒尾ああいうの目指してんの?やめときなよ黒尾には無理だよあんな王子様系」
「俺だって爽やかさでいったら負けてねぇと思うんだけど」
「え?爽やか要素黒尾にある?」
「苗字サンひどくない?俺だって列記とした爽やかスポーツ青年だからね」
「詐欺師みたいな顔してるくせによく言うよ」
「ひどすぎだろ」

頭に黒尾のチョップが入って、全く痛くはないのに私は頭を押さえる。ああ、もう。また心臓が騒ぎ出す。最近の私は本格的におかしい。こんなことで、意識するようなキャラじゃなかったのに。

「まぁいいけど。私もあれ観たかったし」
「そ?ならちょうどいいじゃん。女子ってああいうの好きだよなぁ」
「黒尾も観たいなら同類だけどね」

それから黒尾は「また帰りに時間とか決めようぜ」とか何とか言って席に戻っていく。あれ、これなんかデートっぽくない?…いや、こんなの普通の友達でもやることだし!ただ遊びに行くだけじゃん!なんて、誰に言うわけでもない言い訳を心の中で繰り広げてしまうのはやっぱり先輩の影響で黒尾を意識してしまっているのも少しはあるのだろう。

それなのに次の瞬間には、どんな格好で行こうかな、なんて考えてしまっているのも事実だった。


* * *


「それはもう紛れもないデートだね?」
「や、そういうのじゃ…!」
「はー可愛い名前ちゃん…黒尾くんもやるなぁ」
「黒尾はただ誰か一緒に観に行ってくれる女子が欲しかっただけで」
「でもそれで名前ちゃんを誘うんでしょ?黒尾くん他にも友達はいそうなのに」
「まぁ…それは、私が一番暇そうだったんじゃないですか…」
「そうかなぁ?」

バイト中は、恒例の女子トーク。ていうかいつも先輩と結構な時間喋れてしまうこの店本当に暇だな、潰れたりしないよね?なんて心配するほど。

話題はというと今日もやっぱり黒尾のことで、毎日飽きもせず聞いてくる先輩にとっては欠かせないネタらしい。最終的にいつも「青春だねぇ」で済ませられてしまうんだけど。

「でも昨日私もその映画の話してたんだけど、黒尾くんも観たいとか言ってなかったけどなぁ」
「え?」
「今ね、それ見ると抽選でメインキャストのサイン入りパンフレットが当たるんだよね。私それが欲しくて観に行ったけど当たらなかったって話したんだ」
「ああ、昨日…」

そういえば黒尾は昨日もここに来たという感じのことを言っていた気がする。いつの間に、先輩ともそんな話をするようになったんだと思った。知らなかっただけで前からそうだったのかな。

「あ、じゃあパンフレット当たったら先輩にあげますね」
「え、いいの?」
「はい、私パンフレットは別にいらないんで」
「ありがとう!」

笑った先輩は、本当に可愛い。美人っていいよな、こうやって笑うだけで男の人を虜にしてしまいそうだ。私ももうちょっと鼻が高ければ…目がパッチリしていれば…そうすれば、黒尾も……って!

「なんでここで黒尾!」
「は?何が?」
「え、黒尾!?」
「お前バイト中意識飛ばしすぎじゃねぇ?」

いつの間にか、黒尾が来る時間になっていたらしい。さっきの先輩との会話を思い出しながら品出しをしていた私はまたもや来店した黒尾本人に気付かなったようで、呆れたような表情の黒尾に見下ろされていた。

「今日ちょっと早く終わったんだよね」
「へぇ…お疲れ」
「苗字は?もう終わる?」
「うん、もうちょっと」
「それじゃ頑張れ。俺邪魔しないようにミチカさんと喋っとくし」
「そのミチカ先輩も仕事中なんだけど!?」

黒尾は「確かに」と笑いながらもレジにいる先輩の方に歩いて行く。まぁ、暇だから大丈夫だろうけどさ。

改めて遠目に眺める黒尾と先輩は、傍目にはすごくお似合い…っていうか、様になっていた。先輩の美人さは言わずもがな、黒尾だって負けていない。万人受けはしないかもだけど顔はまぁまぁ整っているし、背も高いから大人っぽいし。四つ上の先輩と並んでも、遜色はなかった。

…いいなぁ。

………

「だから何が!?」

出てきた感想に、理由が追いついていない。思ったより大きな声だったのであろう独り言に先輩と黒尾がこちらを見て首を傾げていたけど、気付かないふりをした。あいつ、また激辛豚キムチマン買ってるじゃん。後で文句言ってやろうっと。


20.12.03.
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