黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

かえりみちの救済者
「え、じゃあ今日も主将くん送ってくれるの?」
「黒尾です」
「黒尾くん」
「まぁ…はい。そう言ってましたね」
「えぇ〜それもうあれだよ」
「あれ?」
「ラブ!」
「いや…それはない…」

今日も元気にお金稼ぐぞ〜と三年目になるバイト先のコンビニへ行けば、既にミチカ先輩がいて早速昨日のことを聞かれた。黒尾と先輩、二人が顔見知りなことに驚いた私だけど、先輩も私と常連の男子高校生が知り合い…というか仲が良いことに興味を抱いたみたいで。
確かに私もこの状況が他の人に起こっていたら同じことを言いたくなるが、でも違う。私と黒尾に限ってそれは、ない。

「いいなぁ〜高校生。青春だねぇ」
「先輩だって彼氏さんとラブラブじゃないですか。もう長いんですよね?」
「まぁね…でもまた違うんだよ、付き合う前の一番楽しい、甘酸っぱい感じ…」
「いや、私と黒尾はそんなんじゃないですよ?」

一人で盛り上がる先輩に、普段の私と黒尾を見せてあげたいくらいだ。今日だって休み時間に話したけど、そんなに色気のある話はしなかった。せいぜい今年のクラスは当たりだの、あの漫画の最新刊は買ったかだの、そういう話しかしない私達を見たらきっとガッカリするんだろう。
私だって普通に恋バナは好きだけど、相手が黒尾じゃちょっと。

「黒尾くん背高いしスポーツマンだし顔もそこそこ良いし社交的だし、良物件だと思うけどなぁ…あ、彼女もういるとか?」
「いや、彼女はいたの見たことないですけど…部活忙しいみたいだし」
「もしかしたらずっと名前ちゃんのこと好きなのかも!」
「もう、やめてくださいよ〜」
「誰が苗字のこと好きなの?」
「ひっ…!黒尾!」
「…入ってきたのにも気付かないって店員としてどうよ」
「お、疲れさまでーす」
「おう」

先輩とのお喋りに夢中で気が付かなかった。そもそもこの時間、この辺りはあまり人も通らないしお客さんの数も減るからいつも暇なのだけど。
それでも、黒尾が来たことに気付かないだなんて。っていうか今の聞かれてなかったよね?急に声をかけられ驚いたのもあって、バクバクと鳴る心臓が煩わしい。
そんな私とは違い、先輩はいつもの綺麗な笑顔で黒尾に「いらっしゃいませ、黒尾くん」と返していた。

「…なんで名前知ってんすか?ミチカさん」
「名前ちゃんに聞いたの〜。黒尾くんこそ?」
「苗字に聞いたんで」

ニヤリと笑った黒尾はいつも通りだ。でも私はその会話を聞いて、そういえば二人は主将くん、カラアゲさん、と呼び合っていたことを思い出した。頻繁に話してるくせに、名前は知らなかったのか。

今日は夜久達はいないみたいで、黒尾一人。部活が終わってすぐは暑いのか、ブレザーは着ておらずカバンからチラリと覗いていた。カッターシャツの裾は捲られ、肘から下は寒そうだけど本人はそうでないんだろう。その手には私が好きなシュークリームがあって、あ、また今日もそれ買うんだ、と思った。

「昨日足りなかったのにまたシュークリームでいいの?」
「ん?いや、これは苗字に」
「え」
「頑張ってるご褒美」

予想外の答えに、私は一瞬固まる。隣で先輩がニヤニヤとこちらを窺っているのがわかった。

「え、な、なんで!」
「え、いらない?」
「…い、いる、けど」
「じゃ、いーじゃん。着替えてきたら?」
「…ウン」

なんなんだ。何なんだ何なんだ何なんだ!!昨日から黒尾がおかしい。
よくわからないけどいつもとは違う黒尾に照れてる私もおかしい。おかしいことだらけだ。
でも黒尾待たせてるし、いやそれも意味わかんないんだけど急いでタイムカードを押して着替える。

「お疲れ様です先輩」
「あ、お疲れ名前ちゃん。ね、見て」
「?」
「きっと名前ちゃんにだけあげるの恥ずかしかったのよ。私もついでにって思ったんじゃない?」
「!…く、黒尾は」
「外で待ってるって。…また話聞かせてね!」
「な、何にもありませんから!お先失礼します!」

私の持っているものと同じシュークリームを片手に手を振る先輩に挨拶して、私は急いでコンビニを出る。すると昨日とおんなじ、黒尾は店の前でしゃがみこんで待っていた。

「黒尾」
「お、お疲れ」
「…ほんとに来てくれたんですか」
「ま、いつも寄ってるしなぁ。ついでってやつですよ」
「…そ?」

歩き始める黒尾をちらりと見ても、何を考えているのか分からないいつもの表情。ほんとに、気が向いただけとか…まぁ黒尾面倒見良いしなぁ。同い年に使う言葉でもない気がするけど。
先輩のせいで変に意識してしまうだけだと、私は無理矢理自分を納得させる。

ガサリ。ビニール袋の音が鳴って、私はそれが黒尾の右手から聞こえるものだと気付いた。何か買ったんだな、食べないのかな。今食べてくれたら、私も黒尾にもらったシュークリーム食べられるのに。なんて女子としてはどうかと思うがバイト終わりの空腹に負けて、私はそれ、と指さした。

「食べないの?」
「あー…苗字辛いのいける?」
「ん?うん、まぁ普通に好き」
「ミチカさんのほんとのおすすめ聞いたら、激辛豚キムチマン勧められたから買ったんだけど」
「あ、それめっちゃ美味しいよ!確かに先輩よく買うって言ってたかも」
「…俺辛いの苦手なんですよね」
「え」

眉を下げて、苦笑いで黒尾は言う。

「まぁでも聞いといて買わないのどうかと思って。良かったらシュークリームと交換してくんね?」
「え…うん、まぁこれも黒尾が買ったものだし」
「申し訳ない」
「いや、でも…ぶふふっ」
「…なに」
「辛いの苦手なんだ?意外に可愛いとこあんじゃん、黒尾」
「…うっせぇなあ」
「なのに買うとか。どんだけお人好しなのよ」
「…そんなんじゃねぇよ」
「はいはい。じゃ、交換しよ」

さっき貰ったばかりのシュークリームの袋を渡せば、黒尾からは激辛豚キムチマンが入った袋。受け取ったそれを開ければ、ほわりとまだ湯気が出ていて美味しそうな香りが漂ってくる。「いただきまーす」と口にしてそれに齧り付くと、もっちりした皮の中からピリリと舌を刺激する餡が口いっぱいに広がった。

「上手い?」
「うん、美味しい。黒尾は?シュークリームで足りんの?」
「まぁもうすぐ帰るし。普通に美味いけど」
「なら良かった」
「にしても女子ってキムチとか匂い気にするもんじゃねーの?あげといてなんだけど」
「まぁ一緒にいるのが黒尾だし」
「それもそうだ」
「でしょ」

そう言って納得する黒尾を見て、やっぱり先輩の言ってるのは気のせいなんだ、と確信する。黒尾が私を好きなわけない。これはどう見ても、女として見られてる感じじゃない。

「そういえば先輩にもシュークリームあげてたね」
「苗字にだけあげたら何か感じ悪いじゃん」
「さっすが黒尾くんは気が利きますねぇ」
「…なんか言ってた?」
「ん?ううん、普通に喜んでたと思うよ」
「そ」

短くそう言った黒尾は、少しだけ耳を赤くしながらガブリとシュークリームに齧り付いた。やっぱりちょっと寒いのかな?


20.11.29.
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