黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

愛されたらどうすればいい?
「お、お邪魔します…」
「はい。んな緊張しなくても別になんもねーから」
「お、お姉さんは…?」
「うち客室空いてるから、そこで寝てる。あれは夜まで起きねーわ」
「へぇ…黒尾ってお姉さんの前だと何かすっごい弟だね。新鮮かも」
「……世の姉を持つ弟なんてみんなこんなもんですよ」

黒尾の遠くを見るような目に首を傾げながら、案内された黒尾の部屋に入る。すん、と無意識に息を吸うといつも黒尾から香る匂いに包まれてる気がしてソワソワした。
さっきまで一人で大騒ぎして大泣きしたせいで、気恥ずかしい気持ちも相まって何処を見れば良いのか分からない。

そんな私に気付いているのかいないのか、黒尾は何でもないように私にクッションを手渡して、自分はいつもの定位置なのかベッドの前に座り込む。

「あ、の」
「なんで立ってんの。隣どうぞ?」
「ど、どうも…」
「ぶはっ…どうもって」
「なに…!?」
「くく、いーや?緊張してんなぁって」
「言わないでよ…」

言われた通り、黒尾の隣に座れば後ろから逆側の肩に腕が伸びる。そのまま黒尾に引き寄せられて、バランスを崩した私は黒尾に体重を預けるようにもたれかかった。

部屋に入った時から感じている緊張と、黒尾との距離が近いドキドキ。色んなことが立て続けに起きては、私の脳が処理しきれない。ただただ手渡されたクッションをぎゅうっと抱いて何かに耐える私は、きっと既に耳まで真っ赤になっているんだろう。

黒尾はそれさえもきっと分かって、私の手を絡め取った。指の間に黒尾の指が滑り込んできて、所謂恋人繋ぎ。ぎゅ、ぎゅ、と握っては開いてを繰り返されるだけで変な汗が吹き出す気がする。何、もう。嫌だ。私ばっかりいつもこんなに余裕がない。

「…今日はなんか雰囲気違う?」

学校では使わないような、聞き慣れない甘い声色に全身が粟立った。

「……く、黒尾が…」
「俺?」
「こういう…大人っぽい感じ、好きかなぁって…思って」
「…それで?」
「み、ミチカ先輩に…選んでもらった、」
「…ふぅん」

ふぅんって。ふぅんって何!?私、今、結構恥ずかしいこと言ったんだけど。なんか思ってたのと違う。だけどじゃあ何で言ってもらいたいかは分からなくて。

「可愛いことしてんね?」
「へっ」
「ケーキも作ってくれたでしょ?」
「え、あ、そう…!あ、でももうぐちゃぐちゃだと思うし、捨ててくれて全然…」
「なーに言ってんの。さっき一瞬中見たけど全然食える感じだったし。一緒に食おうよ」
「あっ…そ、そう…?あ、そだ、プレゼント…!」
「え、まだあんの?そんないいのに」
「ちょ、ちょっと待ってね、………あ…」
「?」
「ない……なんで…あっ、…わ、私、急いで出て来たから…ごめん、今から取りに行ってく、んんっ!?」
「はいちょっとストーップ」

繋いでいない方の手で鼻を摘まれ、私の言葉は強制終了。私が黙ったことを確認するとその手はゆっくり離されて、代わりに黒尾は自分の膝の上をペシペシと叩く。

「?」
「ここ。来て」
「え!?む、むり…」
「プレゼントないんだろ?その代わり」
「だ、から取りに帰るって…」
「ん」

首を振る私に、有無を言わせない目で私を見つめる黒尾。今日は黒尾の誕生日デートだから。私もあまり強く否定できずに、でも…とその場から動けない。だって、黒尾の膝の上になんて乗ったら、私どうなっちゃうの?

今でも心臓はバクバクいってうるさいのに、そんなに密着したら爆発してしまうんじゃないか。それか、私ごと溶けてなくなっちゃうかもしれない。

なのにやっぱりその強い目にお願いされてしまえば敵わない。一歩も譲ってくれなさそうな黒尾の隣、恐る恐るお尻を上げてみるけど…やっぱり勇気が出なくて、オロオロしてしまう。これ、黒尾の方向いて乗れば良いの?いや、逆?重いって思われない?

思い浮かぶこと全てが心配で、私の意思は揺らいでしまう。そんな私に黒尾は痺れを切らしたのか…繋いでいた手をパッと離したかと思えば「ひゃっ…!」私の脇下に手を差し込んで、抱っこするように自分の膝の上に抱えてしまった。

「く、くろお」

近い。いつもは見上げる黒尾が、私の下にいる。相変わらず私の全身がドキドキと限界を訴えていて、口から心臓が出てしまうんじゃないか。
なのに黒尾は追い討ちをかけるように甘い表情で私の頬を撫でて…そこから滑って、耳朶をふにりと摘んだ。

「似合ってんじゃん」
「…それ、黒尾がくれたやつ…」
「そぉね。使ってくれてんだ?」
「おっ…お気に入り、だもん…」
「はは、やった」

ふに、ふに、と耳朶の感触を楽しんだ指先が、私の耳にぶら下がるイヤリングに触れる。

「これ買ったときさ、店員してた子が言ってたの、覚えてる?」
「うん?」
「あ、俺らじゃんって思ったんだけど」
「?………あ」

黒尾が言って、すると急に文化祭の日のあの場所に飛ばされたような感覚。熱すぎる手を繋いで、黒尾が選んでくれたイヤリング。お会計をしてくれた後輩の子が何気なく話してくれた、花言葉。

「…"秘密の恋"と、"友情"?」
「せーかい」

きゅうん。嬉しそうに笑う黒尾があの時私と同じことを思ってたんだって、甘く胸が鳴る。

「調べたら、なんかどっかの民族の人が告白する時に渡す花なんだって」
「へぇ…」
「これを選ぶ俺、センスあるわ」
「ふっ…ふふ、そうだね…」
「いや笑ってんじゃん」
「だって…ふふふ、自分で言う?顔赤くなってるし、照れてるじゃん」
「コラ」

再び私の耳朶を、今度は強めに抓った黒尾の顔は慣れないことを言った自覚があるのか少し頬を染めて、でもやっぱり嬉しそうで。それに釣られて、私も頬が緩んでしまう。どくん、どくん、ってさっきとは違って心地良いリズムでなる心臓は、私じゃなくて黒尾のものなのかもしれない。

「…俺は、苗字とは友達としても…恋人としても?一番相性ぴったしだと思うわけですよ」
「へ…な、なに、急に?」
「苗字は自分ばっかって言うけどさ。むしろ今は俺の方が、苗字のこと好きかもしんねーよ?」
「えっ…?」
「苗字可愛い〜っていっつも思ってるし、今日もこんな格好してきてくれてんのに実は内心ドキドキだし?」
「な、ぁに…」
「友達んときは見れなかった、こうやってすぐ顔真っ赤にするとこも好き」
「も、やめてよ…」
「…苗字」
「…黒尾?」

ニッて笑った黒尾は、ゆっくりその長い睫毛を伏せた。それを見た私も、慌てて瞼を下ろす。黒尾の指が、私の頬を滑って、頭の後ろに添えられて。
丁寧に落とされた口付け。ちゅ…って音を立てて離れたかと思えば、鼻がくっついたままの距離で目が合う私達。

「…めちゃくちゃ好き」
「…わ、私も、好きだよ…」
「苗字じゃないとダメだわ、俺」
「…私も黒尾じゃないと、やだ…」

そう呟くように告げて…後は食べられちゃうんじゃないかってぐらい、私の全部を求めてくれる黒尾に身を任せて。静かな部屋にくちゅくちゅと唾液の音だけ聞こえて恥ずかしいのに、離れたくない。もっと、もっと、って、私も黒尾の首に手を回せば、黒尾は嬉しそうに息を漏らして応えてくれて。

苦しくて痛くて、格好悪く泣いて傷付いて、何度もやめようと思った恋。だけど、やめられなかった恋。
今はそれでもずっと想い続けた私に…少しだけ胸を張れる気がする。ねぇ黒尾、私の方が大好きなんだから。

アカシアを君に贈りたい

21.05.06 fin.
- ナノ -