黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

とどめたいなら名前を呼んでよ
「……と、とりあえずこの話は後で」
「はぁ!?」
「だって呼ばれてるし!至急って!」
「中庭だろ!?行かなくていいから!」
「え、なんで」
「…中庭で何やってるか知らねーの?」
「?」
「…生徒会主催の告白大会」
「えっ」
「だから行かないで」

黒尾はグッと眉を寄せて、私を見下ろす。そんな真剣な顔、ずるい。さっきの放送で切れた緊張がまた戻ってくる。離されたばかりの右手をまた握られて、距離が縮まって。熱い。
こんなの私だって、期待せずにはいられないよ。私はジッと黒尾を見つめて言葉を待った。言って、黒尾。そしたら私、世界で一番幸せになれるかもしれないから。

「俺、」
「あーー!!見つけました!!」
「えっ」
「は?」

また、邪魔された。

声がした方を二人して同時に振り返れば、こちらを指差す男女。あ、どっちも見たことある、生徒会の人だ。

「苗字さん!ちょっと、来てもらってもいいですか!?」
「苗字」
「えっ」
「走るぞ!」
「う、わっ…!?」
「あ、逃げた!」

黒尾に腕を掴まれて、生徒会の人達がいる逆の方へと走り出す。人が沢山いる廊下に入って、大きな黒尾が私の前に出て走り抜けるからぶつかることはないけど道行く人に何事だと振り返られる。やばい、これめっちゃ恥ずかしいじゃん。見られすぎ、今更思い出したけど私達今、執事とメイドだよ?わかってる、黒尾?

そもそも運動部男子の足に、私がついていけるわけがない。最後はもう引っ張られるようにして走って、漸く後ろから追ってくる声が聞こえなくなったと思った時には息は絶え絶え、ひゅー…ひゅー…って喉が鳴って激しく咳き込んだ。

「ごほっ…はぁ…っ、はぁ…、」
「あー…めっちゃ走った、あっつ」
「も…死ぬ……っ」
「苗字、…体力なさすぎ」
「黒尾と一緒に…しないでよ…」

しゃがみこんで、二人で息を整えて。遠くの方で、まだ私を探してる声が聞こえて、息を潜める。やばいな、見つかりたくないな。そう思いながら前を見れば黒尾も同じように思ってたみたいで。私を見つめたまま、拗ねたように口を尖らして言う。

「苗字、なんなのまじで」
「え、わ、私?」
「目立ちすぎ」
「…私のせいじゃなくない?てか格好はお互い目立ってるよ」
「そうじゃねえよ」

ぐいって頭を引き寄せられて、バランスを崩した私はぺタンと床に座り込みながら黒尾の肩に顔を埋めた。ドクンドクンってなる心臓は、全力で走った余韻か、それとも別の理由か。

「…何他の男に告白されそうになってんだよ」
「んな理不尽な」
「…ムカつく」
「えぇ…」
「…てかなんで、そんな余裕なんデスカ」

さっき私が言った台詞。今度は黒尾が告げたそれに、全然余裕なんてないんだけど、って。

「黒尾こそ」
「…」
「全然…ちゃんと言ってくれないじゃん」
「…ごめん」
「…私、また振られるの?」
「え、…はぁ!?」
「そ、それなら、何にも聞きたくない…!」
「ちょ、待って苗字、違う、聞いて」
「………」
「この前、勝手にキレてごめん。なのに勝手に抱きしめてごめん。いっぱい傷付けて泣かせて、ごめんな?」

私の言葉は、黒尾によってしっかりと否定される。見上げた黒尾から目を逸らせなくて、熱すぎるその瞳には情けない顔した私だけが映ってる。だけどそれもじわりじわりと歪んでいって、あぁ、もっと黒尾の顔をよく見ていたいのに。

「夏休み明けて、苗字と話さなくなって毎日全然楽しくなくて…いつの間にか、ミチカさんのことなんか全然頭になくて苗字のことばっか考えてた」
「………」
「苗字の反応一つ一つが、あーまだ俺のこと好きでいてくれてんだなって思って、めちゃくちゃ嬉しくて」
「………」
「なのに諦めようとするし、応援されるし……苗字にじゃない、すげぇ泣きそうな顔してそんな風にさせてる自分に、めちゃくちゃイライラした」
「………なん、で…っ」

難しい顔していた黒尾はフッと表情を緩めて、そしてすうっと、大きく息を吸う。

「とりあえずこれだけ言わせて」
「…な、に」
「苗字のことが、好きです」
「っ、」

ぽろりと涙の粒が落ちた。それを黒尾の親指が優しく拭って、まるでそれがスローモーションのようで。

「…う、そ」
「まじです」
「…ミ、ミチカ先輩…」
「のことはもういいって言ってんじゃん。いい加減信じて?」
「だって、この前黒尾ミチカ先輩と喋ってた!私がいない時はコンビニ行ってたじゃん!」
「お、まっ…なんで知ってんのそれ」
「偶然…見ちゃったんだもん…」
「あー…それで?そういうこと?」
「ほら、やっぱり、」
「いやいやいや待てって!…苗字のこと好きなんですけどって!相談聞いてもらってただけですぅ!」
「…へ」
「苗字の話しかしてない」
「…か、顔、赤くして嬉しそうに喋ってた」
「苗字の話だからじゃん?」
「っ…なに、それ…」
「あーもういい加減めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「…くろお、」
「ん?」
「黒尾、私のこと…好きなの?」
「だからめちゃくちゃ好きだって」

言ってんでしょうが、って優しく笑われて、私の涙腺は遂に決壊した。ぼろぼろと落ちた涙は黒尾の服を濡らして、だけど黒尾はそんなこと気にせずに私を抱き締める。

「信じてくれましたか」
「ん…しょうがない、から…信じてあげる…!」
「ぶはっ…なに、余裕ネ?」
「何言われても…、私は、黒尾が、好きだもんっ」
「………不意打ちはずるくない?」
「ふふ…っ、ばー、か!」

黒尾の胸を軽く押して黒尾を見上げれば、黒尾は真っ赤な顔してだけど口元は緩んでいる。情けない顔。だけど多分、私の方がもっと真っ赤だし口元は緩んでるし、なんなら涙でぐちゃぐちゃだと思う。

黒尾はもう一度さっきみたいに私の頬を撫でて、おでこ同士をコツンとぶつけた。

「…キスしてい?」
「そ、…んなの、聞かないでよ」
「あー…なんか今更照れるじゃん」
「……ばか」
「あ、それ可愛い」
「な、…ん、んっ!」

ニヤリといつもの表情に戻った黒尾に相変わらず悪態をつこうとした私の口は、黒尾本人によって塞がれる。ゆっくり、優しく、そして何度も啄むようなキスはレモンのような甘酸っぱい味がした。


* * *


それからいつの間にかもう終わりの時間になっていて、教室に戻った私達は何故かみんなに拍手喝采で迎えられる。

「え、な、なに!?」
「おめでとう名前!」
「え!?」
「黒尾やったなー!」
「……なんで知ってんの」
「そりゃああんな逃走劇見せてくれたら、な?」
「どうせくっついたんでしょ?」

さっちゃんが見せてくれたスマホには、手を繋いで校内を走り回る私達がしっかりと収められていて。

「…ちょっと!誰こんなの撮ったの…!?」
「この二人の写真か動画撮ってきた人にはチェキサービス!ってしたお陰でうちら余裕で集客一位だったしな!」
「めちゃくちゃ身体張って目立つじゃんお前ら」
「や、そういうつもりじゃなかったんですけど……」

っていうか、恥ずかしすぎだし!そう言いながらも動画の中の私と黒尾はすごい必死な表情で、笑わずにはいられない。

「ふっ…ふふ、やば、黒尾顔やば…!」
「はぁ?俺はいつでもイケメンですけどー?苗字こそすげぇ顔してるわ」
「ちょ、普通彼女にそんなこと言う!?」
「彼女」
「彼……女…」
「いや自分で言って照れんなよ」

真っ赤な私と、そんな私の頬をニヤニヤと笑いながら突く黒尾を見て、みんなが笑う。
こうして、私達の高校生最後のイベント・文化祭は無事クラスの集客一位を達成&黒尾と想いが通じる、という最高の結果で幕を閉じたのだった。


21.04.19.
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