黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

アカシアを君に贈りたい
「ねぇ」
「ん?あ、たこ焼き食う?」
「…食べる」
「やっぱ匂いにつられるよなぁ、今空いてるし丁度いいじゃん」
「ねぇ、手離し…」
「あ、あとで後輩のクラス回っても良い?」
「…い、いけど」
「さんきゅ」

そう言って笑った黒尾は至って普通で、いやもう普通ってなんなんだろって感じだけどいつも通り話しかけてくる。私はというと、どうして私ばかりこんなに振り回されなきゃいけないんだろう、と戸惑いとかそういうのは通り越して、最早怒りというか。だって私の気持ち知ってるんだよ、黒尾は。それなのにこんなことしてどういうつもり?

繋がれたまんまの右手が熱くて仕方ない。手繋いで文化祭を回ってる、側から見たら私達もカップルに見えるんだろうか。…黒尾と付き合ったらこんな感じ、なんだろうか。そんなことを考えてまた一人で恥ずかしくなって、怒ってるるんだったら自分からその手を振り離せばいいのにそれは出来なくて。

たこ焼きを買って二人で分けて食べて、また自然と手を取られる。ここまで来るともう諦めて、私も今だけはなにも気にせず文化祭という浮かれたイベントを楽しむことにした。だって黒尾、私がこの状況について話そうとしたらすぐ話逸らしてくるし。絶対分かってるじゃん。なに考えてるかだけ、分かんないのは。
その後黒尾の後輩のクラスに行く途中の教室に差し替かったとき、私は足を止めた。

「あ」
「?」
「いや。ここちょっと見てもいい?」
「ハンドメイドショップ」
「なんか手芸部とか美術部とか?が毎年出してんの、結構可愛いのいっぱいあるんだよ」
「へー、いいじゃん入ろうぜ」

お店みたいになっている教室に入ると、沢山の手作りの小物たち。文房具やアクセサリー、置物など色とりどりの可愛い空間に、「わぁ、」と思わず感嘆の声を洩らした。

「おお、すげー。これ全部誰かが作ってんの?」
「そう、すごいよねぇ。私には無理だ」
「苗字不器用だもんな」
「そんなことはない!」
「必死かよ」
「…あ、このへん可愛い〜」
「誤魔化した」

手に取ったのは、ドライフラワーのイヤリング。いいなぁ、こういうのってお店で買うとそこそこするけど、ここだと安いのに普通にお店の売り物と変わらないんだよなぁ。と、今も愛用していている去年この場所で買ったお気に入りの髪飾りを思い出す。

すると隣からにゅって手が伸びてきて、黒尾もまた違うデザインのものを手にしたかと思うと私の耳元に持ってきた。

「こっちは?」
「えっ」

覗き込まれるようにして、一気に距離が縮まる。驚いて、とくんとまた胸が鳴って、赤くなる顔を誤魔化すように私は口を開く。

「み、見えないんですけど」
「あ、そか。これ」

目の前で見せてくれたイヤリング。黄色い小さな花が揺れて可愛らしいそれは、大きい黒尾が持つと何だか不釣り合いでおかしかった。

「似合うんじゃない?苗字に」
「そ、そう?」
「うん。なんか苗字っぽい。可愛い」
「そ…かな。じゃあ、それ、に、しよっかな」

今度こそ、黒尾にも分かるくらいに赤くなっているだろう。混乱する。なにを思ってそういうこと言ってるの、って。え、前からこんなこと言う奴だったっけ?意識しすぎ?友達にもこういうこと言う?

そして黒尾は、こんな私にさらに追い討ちをかける。

「買ってあげますけど」
「え!?い、いいよ、自分で買う」
「俺が選んだし。俺が買いたい」
「じゃ、じゃあ黒尾は黒尾で買って自分で付ければいいじゃん?」
「ぶっ…ひゃっひゃっひゃ…!何それ、それはおかしいだろ…!」
「黒尾が変なこと言うからじゃん!」
「言ってねえよ」

ベシッて頭をチョップされて、あ、手離れたと思ったらまたすぐに繋がれる。黒尾は「他に見たいもんは?」って優しく笑うから、そしたらもう私は何も言えないじゃん。

「…な、い」
「そ?」

当たり前のようにお会計のところまで持っていって、当たり前のようにポケットからこの文化祭中に使える金券を取り出した黒尾。するとお会計のところにいた女の子が、何かに気付いたように声を上げた。

「あ」
「?」
「これ、私が作ったやつなんです。ありがとうございます」
「あ、そうなの?すごい器用に作んのね」
「ふふ。黒尾先輩の彼女さんにも似合うと思いますよ!」
「え?」
「え?」

スリッパを見る限り二年生だろうか。私は知らないけど黒尾の知り合い?いやそうじゃなくて、え、何、彼女?二人同時に聞き返すと、その女の子も「え?」と首を傾げる。

「黒尾先輩…ですよね?バレー部の」
「あ、うん、いやそっちじゃなくて…」
「?彼女さんじゃないんですか?よく一緒にいらっしゃいますよね」
「や、違…」
「あー、なに、知られてる感じ?恥ずかし」
「!?」
「ふふ、全然喋ったことない私達後輩からも憧れのカップルで有名なんで!」
「はは、ドーモ」
「………」

否定しないし。どうして、という私からの視線に黒尾は気付いてるはずなのに、それは無視して目の前の名前も知らない後輩ちゃんに照れたように返事をしていた。
今日ずっと、ううん、昨日から私の頭に居座って消えてくれない疑問がまた顔を出す。黒尾はどうしてそんなこと言うの。もしかして、って奇跡みたいなこと、今度こそ思ってもいいの?

期待すれば期待するほど裏切られて、また傷付いてきた。なのにこれはどうしても期待しちゃうじゃないか。もうそろそろ、ちゃんと言葉をくれてもいいんじゃない。考えれば考えるほどどうしたらいいか悩んで、じわりと涙が滲む。悲しいわけじゃない。だけど、臆病な私が、期待や疑問や高揚や、とにかく色んな感情をもう抱えきれなくなっていた。

「このお花、アカシアって言うんですよ。私が一番好きなお花なんです!」
「アカシア?」
「はい。秘密の恋とか、友情とか、多分他にもあるけどそういう花言葉らしいです。私は単純に形とか色が可愛いから好きなんですけど」
「へぇ…」
「あ、す、すみません引き止めちゃって!お買い上げありがとうございます!」
「いーえ。いい話聞いちゃったわ、ありがとうね」
「いえ!」

秘密の恋。友情。後輩ちゃんの話を聞いて、なんだか私達みたいだなって思った。ミチカ先輩を好きだった黒尾と、そんな黒尾に恋した私。この想いは絶対に伝えられないと思った、秘密の恋。そんな関係になれなくても親友って言ってもらえるんだから、いいじゃんって思ってた。私と黒尾は他の誰にも負けない友情があるからって。
ほんと。黒尾がそのイヤリングを選んだのは偶然なんだろうけど、私達みたい。

教室を出て、少し歩いた人気のない廊下で立ち止まる。喋らなくなった黒尾を引き止めるようにして、私が立ち止まったから。手を繋いでいた黒尾も自然に足を止めた。

「…なんで喋んないの」
「えー」
「何か、喋ってよ」
「…そうね」
「…それ、くれないの?」
「はは、欲しい?」
「くれないなら黒尾が付ける?」
「いや、それは遠慮しとく」

フッて黒尾が笑って、袋から今買ったばかりのイヤリングを出した。静かに揺れるアカシアのドライフラワーが、まるで私の胸の鼓動を表しているみたいで。

黒尾は台紙に留めてあったそれを一つ外して、腰を曲げるから私たちの距離がまたぐんと縮まった。ふに、と耳朶に触れられて無意識に身体に力が入る。今私、倒れそうなくらいにドキドキして、緊張してる。

「ふっ…顔赤」
「だ、誰のせいだと…」
「俺?」
「…黒尾、ずるい」
「そんなの知ってただろ」
「…なんで、そんな余裕なの。なんで、この前は怒ってたの」
「…それはごめん」
「ごめんじゃなくって、」

言葉が欲しいよ。ちゃんとした言葉をくれないと、わからないよ。パチンと左耳にイヤリングが付けられて、それでも私は真っ直ぐに黒尾を見つめた。どうしよう、泣きそう。

「…その顔やめて。俺の良心が痛む」
「だ、誰のせい、…っ」
「ごめんごめん。俺。俺のせい。ごめんな?」
「だからっ…!」
「あのさ、俺、」

ピンポンパンポーン。

肩がびくりとはねた。黒尾が何か言いかけたのを遮るようにして、大音量で校内放送が鳴る。び、びっくりした…!

"三年五組、苗字名前さん。今すぐ中庭までお越しください。三年五組、苗字名前さん。至急中庭までお越しください!"

「わ、私?」

まさかの私の呼び出しに、私と黒尾は顔を見合わせる。このタイミングで入った校内放送に、さっきまでの空気はいつの間にかどこかにいってしまったのだった。


21.04.17.
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