黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

口から出ていかない
「ちょっと名前!今日クマやばくない!?」
「そ、そう…?」
「おいで、着替える前に先メイクしてあげるから!」
「ありがとー…」

やばい、一睡も出来なかった。それもこれも全部黒尾のせいで、だって昨日のあれ、なに?黒尾が意味もなくあんなことするはずがない。でもじゃあどうして何も言ってくれなかったのか、何を考えているのか、今日どんな顔で会えばいいのか。何も分からなくて、考えれば考えるほど、ただただ頭の中が黒尾で埋まっていく始末。

「もー…これで隠れたけど…体調悪いとかじゃないよね?」
「うん、へへ、今日楽しみで全然眠れなくて」
「子供なの?可愛いね?」
「さっちゃん、それは褒めてないよね」
「ふふ、このまま可愛くしてあげるからもうちょっといじらせて!」
「あ、はい…」

机の上に置かれた小さなミラーにうつる自分の顔は、さっちゃんによっていつもより全然見れたものになっていく。教室内ではまだ早めの時間だから半分くらいしか揃ってないけど、同じように気合を入れて顔や髪をいじっている女子、執事の衣装でふざけて写真を撮る男子、みんないつもよりテンションが高い。

するとガラガラッと扉が開いて、また誰かが登校してきた。

「おお〜〜はよっ!黒尾!」
「オハヨーゴザイマス。テンション高すぎじゃない?お前ら」
「黒尾は今日も朝練かよ!」
「や、今日は体育館も使うからその準備、やらされてただけ」

黒尾だ。黒尾がいる。

ワッと男子達に取り囲まれた黒尾と、ふとその隙間から目が合った。ジッ…、と私を無表情で見つめた黒尾は、フッと笑ってそのまま視線を逸らす。

え、な、なに!?ぶわわわっと顔に熱が集中する。どうしていつも私ばかり黒尾に振り回されるんだろう。こんなになってまで、私は黒尾じゃなきゃいけないんだろう。

「あれ、名前ごめん、チーク入れすぎたかもっ!?」
「うっ…」
「ご、ごめん、ちょっとオフするからじっとしててね!」
「あい…」

さっちゃん声でかい。黒尾がこちらを見ないでもクックッと肩を震わせて笑っているのが分かった。


* * *


「どうしてこうなったの…」
「声に出てますよー」
「黒尾は嫌じゃないの?」
「全然?勝ちに行くんだろ?」
「…まぁ…それは、当然」
「じゃあやるしかねぇじゃん」

文化祭が始まる30分前、校内放送で告げられたのは私たち実行委員にも知らされていなかった事実だった。"集客NO.1クラスにはクラス全員卒業まで食堂無料券"、それは元々あったうちのクラスのやる気を底上げするには十分な賞品で。

「待って、うちのクラスそこそこいけんじゃないの、これ?」
「そこそこじゃダメじゃん、一位じゃなきゃ」
「もっと早く言っといてよ〜〜〜」
「今から出来ることってある!?」

始まるまで、時間がない。そこで私たちが考えたのは、元々は衣装を着ない調理係から二人を看板を持って校内を周る係にと決めていたのだが、それを衣装着用した集客力のある人に変えて集客アップを図ろう、というもの。

ぶっちゃけ他のクラスもそれくらいは考えられそうだけど、でもうちのクラスは衣装も凝ってるし多分みんな自信がある。

じゃあ集客係を誰にしようか…となったとき、私以外の満場一致で「黒尾と苗字でしょ!」って……どうして!!?

「悔しいけど…男子は一番背高いし顔もそこそこ良い黒尾がベストだろうし」
「ちょっとーそこそこって言わないでくださーい黒尾くん傷付きまーす」
「女子は目立つ面子はみんな接客やりたそうだし、苗字も可愛いし!」
「妥協した感じで言われても嬉しくないんですけど!」
「まぁまぁ、黒尾と名前、実行委員で代表して頑張ってきてよ!」
「いや、だからこそうちら教室残ってた方が…」
「…それは他に任せて!」

実行委員決めるときも衣装合わせのときもそうだったけど、どうしてうちのクラスは皆こんなに押しが強いのか。
そうしてほぼ強制的に宣伝に回された私は、ノリノリで執事服に着替えた黒尾と校内へ繰り出したのだった。

「…じゃあ、黒尾はあっち、私は向こうね」
「え、分かれんの?」
「…当たり前じゃん、うちら宣伝なんだから」
「そうだけど…」
「…何?」
「二人一緒にいた方が目立つしインパクトでかくね?」
「………」

平然に、そう言う黒尾の意見に確かに、とは思う。思うけど。どうしてこんなに普通に話してられるのか、アンタの神経がわかんないんだってば!!!!!

昨日のことの説明もしてくれないし、ここ最近の私達はぶっちゃけめちゃくちゃ微妙だったはず。そりゃ、委員会とかで話すことはあったけど…それでもその時よりも今は、仲が良かった時、黒尾と普通に友達してられた時に近い感じで、私だけが混乱させられる。

どうして。曖昧に、あれもなったことになってしまうんだろうか。そうなっても黒尾と普通に話せる方が嬉しいと思ってしまう自分と、また叶いもしない想いに苦しむ日々がやってくるのかという不安。

だって隣に黒尾がいる限り、諦めることができないのはもう嫌というほど知っているから。そういうずるい人を好きになったのは私だから。

「…じゃあ、一緒にまわる?」
「ん、そうしよ」

でも黒尾と二人なのに不安だったのは最初だけで、それからはそれどころじゃなかった。なんせお互いやると決めたら絶対やるタイプだし、うちのクラスの期待を背負ってきてるんだから。
狙い通り目立っていた私たちは写真を頼まれたり大学生っぽい人に絡まれたりしながらも、何とかその役目を果たしていたと思う。

「メイドさん可愛い〜!ね、連絡先教えてよ」
「うちのクラスに来てくださればもっと可愛い子いっぱいいますよ〜」
「お兄さんかっこい〜背高い〜!一緒に写真撮っていいですかぁ?」
「喜んで。でも代わりにうちのクラス、来てもらえます?」

クラスにいるさっちゃんから連絡が来たのは、昼も過ぎた頃。

「名前!やばい、もう材料なくなりそう…!」
「えっ!?あんなに余裕見て用意したのに?」
「名前と黒尾本気出しすぎなんだよ〜〜!二人とももう宣伝いいから、休憩していいよ?」
「えぇ、そんな大変ならうちらクラス戻るから…」
「あっ、黒尾に代わってもらっていい?」
「え?うん…黒尾、さっちゃんが代わってって」
「俺?ほい」

さっちゃんに言われて、スマホを黒尾に渡す。
にしてもこんなに早く完売間近になるとは思わなかった。昼はまだまだこれからだし今からクラス戻って追加で材料買ってきてってしてもまだ余裕あるかな…

なんて考えているうちに、通話を終えた黒尾が私にスマホを返してくれる。え、なんでちょっと微妙そうな表情してるの?「五月が、」と口を開いた黒尾は首の裏を掻いた。

「もう既に他のやつが追加買いに行ってるから、俺らはこのまま休憩でいいって」
「え?そんな、私たち委員なのに…」
「行列でやばいことなってるけど、俺ら来たら指名ナンバーワン目指してるホール組が萎えるから帰ってくんなって言われた」
「でも、じゃあ調理入るとか」
「いるだけで目立つからそのまま集客しながら休憩してくれてたら有難いって」
「……そう」

なんかそれ、さっちゃんの陰謀を感じるけど。でもそれだけでそんな顔する?流石の黒尾も気まずいって気付いた?

「じゃ、じゃあ…」
「あー…休憩も、一緒に回らね?」
「えっ」
「…苗字が嫌じゃなければ」
「………」

嫌じゃ、ないけど。黒尾は嫌なんじゃないの。あ、もしかしてこの流れじゃ一緒に回ろって言うしかないじゃんって、それはそういう顔?

どうしてこんなにも卑屈になるんだって自分でも思うけど、でもやっぱりもう期待したくないの。傷付きたくないの。昨日みたいに期待させられるようなこと、今までだって沢山あった。だけど全部、私の勘違いだったじゃん。その度にいっぱい泣いたじゃん。そうしてどうしても、壁を作ってしまう。

「…気遣わなくてもいいから」
「は?」
「…その、もしかしてさっちゃんに何か言われたのかなぁ、って…」
「………」

ほら。私は咄嗟に、目を逸らす。分かりやすいなぁ黒尾は。肝心なところは何を考えているのか分からせないくせに、こういう時ばっかり分かりやすい。

黒尾にバレないように小さく深呼吸をして、息を整える。大丈夫、泣いてない。よいしょ、と下ろしていた看板を持って、私は見上げた黒尾に口角を上げた。

「じゃあ私行くから」
「ちょちょちょ、待てって」

踏み出した、一歩はすぐに遮られる。看板を持っていない方の手首を掴まれて、「え」私は振り返った。

「気遣ってるとか、なに」
「え」
「そんなん言ってねえじゃん。苗字と回りたいの、俺が」
「黒尾が…?」
「そ。苗字は?」
「え…」
「俺と回るの、嫌ですか」

なに、それ。

「嫌じゃない…けど」
「じゃあ行こ。はい、」
「え、なにこれ」
「逃げないように」
「え、に、逃げないけど!?」
「はは、信用してねぇからなー。なに行く?俺なんか食いたい」
「ちょ、っと…!」

本当に黒尾は、訳わかんないよ。
どうして一緒に回りたいの。昨日はどうしてあんなことしたの。どうして今、手を繋ぐの。

分からないのに、私の心臓はドキドキとうるさく暴れ出す。ねぇ黒尾、あの日言った文化祭の日に言いたかったことって、なあに?


21.04.16.
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