黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

甘い痺れが期待はずれで
いつも通りのバイトの帰り道。部活に文化祭準備まで加わり絶対疲れてるはずなのに、相変わらず黒尾は私を迎えに来た。でもやっぱりミチカ先輩とは話さず外で待っていて、その事実に嬉しく思いながらもどうして?と思ってしまう。先輩と会わないなら、私を迎えに来る理由なんかないのに。

「黒尾、疲れてないの?まじで無理してない?」
「え、なに、急に」
「いや、いつも来てくれるし…」
「最近日落ちるの早いし危ねぇじゃん」
「や、そうじゃなくて…」

言い淀む私の言いたいことは、黒尾も勿論分かっている。
それでも黒尾は、そんな私を呆れた顔で見下ろして言うのだ。

「ミチカさんのこと気にしてんだろ。もう大丈夫だって」
「でも…」
「所詮俺は告ってもないし、そんなに傷は深くねーの」

そう言うけど。あんなに傷付いた顔をしてたくせに、何言ってんの。それに、そうだったとしてもおかしいじゃん。私を迎えに来る理由にはなってないし。以前の私だったらここでそれ以上ツッコめなかったけど、今の私は違う。

「…こんなんされたら、期待しちゃうじゃん」
「ん?」
「黒尾っていっつも鋭いくせになんで私にはそんな鈍感なの」

もしくは、鈍感なフリをするの。この気持ちは全く消えていないのに最近はネタみたいに出来てしまう空気があるから、ちょっと勇気を出せばこんなことさえ言えてしまう。そんな私の言葉に、黒尾は「はは」と曖昧に笑っただけだった。

「つーか別にそんな疲れてないわ。普通に楽しいし」

うわ、誤魔化した。

「さすが体力おばけ」
「文化祭、楽しみじゃね?」

文化祭の準備は、至って順調だった。執事・メイドになる人と調理の人とに分かれて、それぞれ必要な物をリストアップして準備していく。食材は前日にまとめて買うから、主なのは衣装とメニューや看板、そして店内の飾り付け。私と黒尾は実行委員としてみんなのまとめ役をしているので、予算管理だったり指示をするため動き回った。
それさえも楽しいと思うのは、私だって同じ。でも。

「まぁ…うん」
「そうでもない?」
「ううん、そこじゃなくて…私も調理が良かったなぁって」
「なんでよ、いいじゃんメイド。衣装係の女子達が結構本格的な感じになりそうって盛り上がってたぞ」
「うわぁ、余計に嫌…恥ずかしいし」
「んなこといっても決まったから諦めてくださーい」
「ていうかあんなにノリノリだった黒尾が何で調理?おかしいよね?」
「しゃーねぇじゃん、うちのクラスには執事やりたいノリの良い男子が多かったんだよ。実行委員で調理とホール別れといた方が当日も何かと都合いいだろうしさ」
「それは…うん、確かに」
「な?」

そう。今日の調理かホールかのグループ分けで、私は調理を希望していたにも関わらずホール側になったのだ。ホールになれば必然的にメイド服を着ないといけないし、接客のセリフだって恥ずかしいものばっかりだから絶対に避けたかったのに!

それでも決まったものは仕方ない。普通授業、委員会、文化祭準備、そしてバイトと矢の如く過ぎ去っていく毎日は有限であって、いつまでもぐちぐち言っているよりも高校生最後の学校行事を楽しまなければ、と思い直すのは私も文化祭を楽しみにしているからだ。

「こうなったら店のナンバーワンを目指すね」
「え、そういう店じゃなくね?」
「え?でも指名制じゃないの?」
「え?そうなの?」

噛み合わない会話。道端で立ち止まり、お互いに顔を見合わせ三秒。「あっ、そっか」沈黙を破ったのは、私だった。

「これ決めたのこの前黒尾が部活行ってからだわ」
「はぁ!?俺がいないとこでそんなことなってたの!?言ってよ!」
「ごめんごめん、黒尾以外全員いたから…」
「はーあ、仲間はずれかよ〜傷付いちゃうわ〜」
「え!?ご、ごめん、そんなつもりじゃ…」
「っていうかだからアイツらみんな執事やりたがったのか…どんだけ自信満々だよ」
「イケメン揃いだからね、うちは」
「自称な、自称」

ノリの良いうちのクラスのメンツを思い出して、二人で笑う。この何気ない瞬間、瞬間が楽しくて、ずっと続けば良いのにと思った。

心配だった黒尾と二人での実行委員も、ちゃんと上手くやれている。気持ちが落ち着いたのかと聞かれれば正直まだそこまでには至っていないけど、無理に気持ちを消さないでもいいんじゃないか。どうであってもこうして今親友として一緒にいられるのが嬉しいから。
今の関係を続けていけば、穏やかに、緩やかに、自然に、苦い記憶もいつの間にか過去のものへとなっているかもしれない。

そう思いながら、私はまた既に暗くなってあまり見えない道を一歩踏み出した。


* * *


クラスの雰囲気は良くって文化祭準備は至って順調…それは嘘じゃなかった、今の今までは。そんな空気が少しだけ凍ってしまったのは、6限目の文化祭準備に充てられた時間…クラスの男子による一言がキッカケだった。

「黒尾と苗字って結局どうなってんの?流石にもう付き合ってる?」
「え?」
「は?」

私と黒尾が二人揃っている時に投げかけられたあまりにも雑な質問に、私達の声はリンクする。

そんな私達には気付かず、その男子は更に「あ、もしかしてまだ!?いい加減お前ら焦ったいんだよ〜!」と続ける。やめて、やめてよ。前にさっちゃんが言ってた、クラスみんなそう思ってるって。だから分かる、周りで聞いてたクラスメイト達もよく言ったとか思ってるんだろう。

だけど本当は違う、いくら私達の間でネタに出来るようになってきているからと言って、他の人に踏み込んで欲しくはない。…まだそこまで、吹っ切れてない。

適当に否定したところで更に悪ノリされたら嫌だな、なんて答えよう…なんて思いながら口を開いたその時、被せるように隣から冷たい空気を感じる。すると何故だか分からないけど一気に身体が強ばり、私は思わず口をつぐんだ。そしてそれは周りも同じだったようで。

「俺から告ってもう振られてんの」
「…え?」

シン…と静まりかえる教室。一瞬音が何もなくなったみたいになって、でも隣のクラスの賑やかな声は聞こえてくる。とても重苦しい雰囲気が、何十秒にも何十分にも感じた。そして…そんな空気を変えたのもまた、黒尾だった。

「…つーことで苗字にも迷惑だから、そっとしておいてくださーい」
「………」
「あ……あぁ、うん、ごめん、なんか…」
「いーえ」

打って変わってへらりと笑いながら言った黒尾の言葉に男子は謝って、微妙な空気が流れて…徐々にザワザワと元の喧騒を取り戻す教室の中で、私はただただ黒尾を見つめることしかできない。だって、なんで?どうして?

一瞬怒ったようだった黒尾は、もうヘラヘラと他の男子と笑っている。私、そんな風にすぐ切り替えられないよ。

「名前」
「さっちゃん…」
「今の、名前のためじゃない?」
「え…」
「これ以上揶揄われたら名前が一番傷付くから、そうならないようにしたんじゃないかなぁ」
「っ、…そんなの、」
「…ずるいよねぇ、黒尾は」
「………うん」

誰にも聞こえないように小声で言ったさっちゃんに、鼻の奥がツンと痛くなる感覚を感じながらぎゅっと抱き着く。そうするとさっちゃんも、しっかりと抱きしめ返してくれた。

このまま友達としてやっていけると思えば、またすぐに好きな気持ちを引っ張り出される。やめてよ。ほんと、勘弁して欲しい。もしかして、って、100%ないのにまた思っちゃうんだよ。私バカだから、また繰り返しちゃうよ。

でも一番勘弁して欲しいのは、こうやっていつまでもぐらぐら情緒不安定な私だった。昨日大丈夫だと思っても、今日また大丈夫じゃなくなってる。

「…黒尾はどう見ても名前のこと好きだと思うんだけどなぁ」
「やめて…さっちゃん、私もうそれ一回やってるから」
「?」

男子達とふざけながらもちゃんと指示して準備を進めている黒尾を視界の端に、私はまた大きく息を吐いた。


21.03.17.
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