黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

ようこそここは本懐のくに
「文化祭かぁ、もうそんな時期なんだね」
「そうなんですよー。うちは執事・メイド喫茶です」
「えぇ、めっちゃ楽しそう〜!行きたかったなぁ〜」
「予定あるんですか?」
「うちの大学の学祭もその日なんだよねぇ」

遅れて行ったバイト先では、今日は専ら文化祭の話。ミチカ先輩がその日来れないと知って少し安心してしまってる自分が嫌で仕方なかった。先輩が来てくれるのは嬉しいけど、でもそうなると多分必然的に同じクラスの黒尾とも会ってしまうから。
漸くちょっとだけ整理がつけられそうになっているのに、今また黒尾と先輩のツーショットを見たら自分がどうなってしまうのか不安だった。

…でも、今日黒尾来るんだよね。どうしよう、色んな意味で緊張する。ソワソワと落ち着かない心を誤魔化すように私は何度も深く息を吸っては吐いた。

「先輩は学祭、何かするんですか?サークルとか?」
「うん、サークルもだし、あとミスコンもあるんだよね」
「ミスコン!え、で、出るんですか?」
「うん…友達に推薦されて…って言っても賑やかし要員だけど!」
「いやいやいや!絶対優勝ですよ先輩美人だし!えー絶対結果教えてくださいね」
「優勝はないから」
「優勝したら!」
「したらね、したら。ないけど」
「えーすごいなぁ…」
「ふふ…あ、そろそろ名前ちゃん、上がっていいよ」
「え?」
「ほら…お迎えも来てるみたいだし?」

先輩が視線をやった方を見ると、店の外、入り口のところにブレザーのポケットに手を突っ込んだ黒尾が立っていた。私達が気付いたことに気付いて、あの胡散臭い笑顔で会釈をする黒尾にぼぼぼ、と顔が赤くなる。く、黒尾だ。まじで来た!

「あ…」
「いつ仲直りしたんだろうねぇ?」
「えっ…あ、いや、」
「ふふ、また話聞かせてね!お疲れ様!」
「あ…お、お疲れ様です」

しばらく私から黒尾という存在が感じられなかったからだろう、振られた日以降やっぱり先輩は黒尾についての話題を振ってくることはなかった。だけど今日は違う。久々に現れた黒尾に、先輩は可愛らしい顔で悪戯っ子みたいに笑って私を送り出した。

そんな、黒尾も知る由のない会話があったからか余計にちょっと恥ずかしくて、着替えた後、そろりと躊躇いがちに店を出ればスマホをいじっている黒尾の横顔が目に入る。でもすぐに私に気付き顔を上げた黒尾は、「よっ」なんて言いながらスマホをポケットに滑らせた。

「お疲れ様」
「苗字も」
「ありがとう」

何でもないように歩き出す様子は、やっぱり久々なのを感じさせない、まるで昨日も一昨日もこうしていたかのようで。実際はこうやって帰るのは夏ぶりだと言うのに、黒尾は何でもない風に「あー腹減った」と呟いた。

「…なんにも買わなくて良かったの?」
「ん?うん。まぁ」
「中入って来ればよかったのに。暑かったでしょ」
「や、そうでもないけど?」
「…もしかして、私に気遣ってる?」
「………お前なぁ」

私の言葉に、黒尾はチラリとこちらを見る。そして呆れたように、小さくため息をついた。

「普通そういうこと気付いても言わないデショ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「………」

黙り込む黒尾に、やっぱり、と思った。店に着いても中に入らずに外で待っていた理由。一瞬どうしてか不思議だったそれは、多分、黒尾がミチカ先輩に会ったら私がまた傷付くと思ったんだろう。
そういうとこだよ、黒尾。…そういう優しいのが、余計私を辛くさせて…それなのにまた喜んじゃうんだよ。でも。

「ふふ…ありがとう」
「…ん」
「でも、何か変に気遣わなくても、いいよ?」
「なにが」
「や、…だって黒尾、先輩に会いたいじゃん」
「別に?」
「嘘、強がっちゃって」
「強がってませーん」
「…そう?」
「ん、そう」
「そっかぁ」

黒尾はすごいなぁ。月並みだけど、そう思った。私だったら失恋してそんなにすぐ切り替えられない。実際に私は告白して振られまでしたのに、結局こうしてまた黒尾の隣に帰ってきてしまったのだから。

私に気を遣ってるのもあるけど、もしかして会いたくないとか?近付いたらやっぱり好きな気持ちを思い出して辛い…とか。黒尾がそんな風に思うのかは分からないしちょっと想像も出来ないけど、でもそれが違うとも言い切れない。黒尾の考えていることなんて、私には何一つ分からないのだ。

「実行委員断らなくて良かったの?部活忙しいんでしょ」
「まぁ…うーん、なるべくHRの時間で終わらせたさはある」
「だよね。放課後の委員会とかは私行くから、別に黒尾出なくてもいいよ?」
「や、それは出るけど」
「…さっすが主将は責任感が違いますねぇ」
「文化祭近くなったら、他の奴もクラスの準備に放課後参加したりは結局あるだろうし。ま、この時期はしゃーねぇわ、」
「そっか。…上手くいくといいねぇ」
「いくっしょ、メイド喫茶。絶対楽しいじゃん」
「うわ、ニヤニヤしてる。何想像してんの」
「してないしてない」
「絶対してる」
「してねぇって」

バシンと広い背中を叩こうとしたら、黒尾はそれを予測していたみたいでヒョイと横に避ける。そして「それに、」と何もなかったかのように続けた。

「男子もやるじゃん。執事」
「まぁ…そうだね」
「俺絶対似合うと思うんだけどな〜執事」
「え?」
「こうやって…『おかえりなさいませ、お嬢様』…とか。どう?」
「え………」
「うわ、ハマりすぎ?」
「………笑顔が胡散臭い」
「ひど!」

黒尾はケラケラと笑っているけど、私はそれどころじゃなくって慌てて顔を逸らした。ぜ、絶対今顔赤い。なんなの、何でそうやってすぐ爆弾落とすの!?

ふざけてちょっと作った声で言ったセリフも、執事の人がやるみたいな立ち振る舞いも(本物の執事なんて見たことないけど)、悔しいことにめちゃくちゃ様になっていた。黒尾は背も高いし燕尾服も似合うんだろう。
そんな黒尾を想像して、私はまた一人余裕をなくしているなんて絶対に本人には知られたくない。恥ずかしすぎる!

なのに。

「あれ、苗字サーン。こっち向いて?」
「な、なんで」
「耳真っ赤」
「なっ…ほんと黒尾まじ、そういうとこだよ」
「なに?黒尾くんかっこいいーって?」
「はぁ!?」

思わず勢い良く黒尾を見上げると、私の反応を見てニヤニヤと楽しんでる顔が妙に腹立つ。多分これくらいまでならネタにしてもいいって判断したんだろう。実際変に気を遣われるより、こうやって冗談っぽく揶揄われた方が全然良い。だけど。それでも悔しいのは悔しくて、だって本当に黒尾はかっこよくて私ばっかりが振り回されて。

ほんのちょっとでも、私のたった半分くらいでも、黒尾にやり返してやりたい。そう思った私は半ばヤケクソで「そうだけど!悪いですか!」なんて叫んでいた。

「なっ……」
「…え、」
「……こっち見ないでくださーい」
「…黒尾クンも顔真っ赤ですけど?」
「…分かってまーす」

これは予想していなかった。私の言葉にみるみると顔を赤く染めていく黒尾は、バツが悪そうにプイッとそっぽ向く。それが可愛くて、さっきの黒尾とは全然違うくて。

「ふふ、黒尾も可愛いとこあんじゃん」
「うっせぇわ」

バシッ、て今度は私が背中を軽く叩かれても、満足気に緩んでしまう表情は変えられなかった。やっぱりこれが、黒尾との心地良い距離感なのかもしれない。


21.03.12.
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