黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

変化の前で足踏みしている
結果として黒尾とはそこそこの距離を取れるようになった。挨拶はする、授業でのグループワークでも必要であれば話す。でも休み時間一緒にいることはなくなったし、毎日のようにメッセージを送り合うこともなくなったし、バイト帰りに迎えに来ることもなくなった。
最初こそいつも通りを装って話しかけてきてくれていた黒尾も、私がやはり気まずさに負けたとでも思ったんだろう。優しい黒尾だから今は向こうからもそこそこの距離感を保ってくれていた。

クラスメイトに、喧嘩でもしたの?と聞かれることだってあった。でもそれだって私が曖昧に濁すうちにみんな見慣れて今はもう聞かれない。こうしてこれが日常になって、それに伴い私の想いも薄れていけば…良かったのに。残念ながら私は今もまだ気付けば黒尾を目で追いかけているから、ほんと救われない。

朝、昨日のテレビ見た?って話しかけたい。授業中にこっそり盗み見る真剣な黒尾にキュンとする。休み時間、クラスメイトとふざけているのを見て目が合わないかなと思ってしまう。

そんな毎日でも、少しずつ黒尾を忘れることが出来るんだろうか。…あの温もりに胸を高鳴らせない日が来るんだろうか。そんな疑問が常にぐるぐると頭の中を駆け巡った。

季節は過ぎて、段々と夏の暑さも薄れふとした瞬間に秋の訪れを感じる。黒板の前では担任の先生が、文化祭の話をしていた。

「ってことでー、…えー、苗字!」
「え?」
「と、黒尾!実行委員よろしくな」
「えー、俺部活もあるのにぃ」
「男子で圧倒的票取っといて何言ってんだ」
「しゃーねえよなぁ、俺の人徳が成せる技だから」
「苗字も前出てこーい」
「え?…え?」

急に名前を呼ばれて我に帰れば、教壇の前で私を呼ぶ先生と私に手招きする黒尾、そして感じるみんなからの視線。な、何。

とりあえず訳もわからぬまま前に出れば、先生は「じゃあよろしく、」とか言って教室の隅に置いたパイプ椅子に座ってしまうから隣の黒尾を見上げれば、「お前全然聞いてなかったでしょ」と呆れながら言われてしまった。

う。図星。曖昧に笑って誤魔化せば、「俺とお前が文化祭実行委員になったの」と短く告げられる。え、嘘。なんで!?思わず教壇からさっちゃんの方を見れば、相変わらずにこやかにひらひらと手を振っていた。

…実行委員を決めるっていうのは聞いてた、うん。立候補者がいなかったから推薦にするって言うのも聞いてた。…で?そこからの記憶はない。ただ窓から見えるグランドで体育をしている知らない人達を眺めて、今日暑いから可哀想だなぁ、なんてぼんやりと思って。
つまりは私がなぁんにも聞かずにぼーっとしている間に実行委員に推薦されていたと。よりにもよって黒尾と。ああ神様はなんて意地悪なんだろう。まだ無理だって、黒尾と実行委員とか絶対色々一緒にいなきゃいけないパターンじゃん!

とかなんとか脳内会議、この間二秒。今私がどんな表情をしているのか、勿論自分では分からないけど多分引き攣っているんだろう。そしてそんな私を一瞥した黒尾は、何を思ったんだろう。

「俺黒板書いてくから苗字進めて」
「え!?む、むり、逆にしようよ」
「お前上の方まで届かないじゃん」
「書ければ何でもいいでしょ!?ほら、交代!」
「いっで!」
「はい、お願いしまーす」

無理矢理黒尾が持ったチョークを奪い取って黒板の前を陣取る私に、黒尾はため息をついた。教室の至る所から聞こえる笑い声。「なにいちゃついてんだよー」なんて野次馬も聞こえる。やだもう、死にたい。絶対これみんなわざとじゃん。最近絡みのなくなった私と黒尾を面白がってるじゃん。

赤くなった頬を隠すようにみんなに背を向けてしまえば、黒尾は「はいはいモテない奴の嫉妬は見苦しいですよ〜」なんて野次馬も軽く躱しながら進行役をしてくれた。
議題は文化祭で何をするか。黒尾が意見を聞いたり採決をとって、私が黒板に書き記していく。やってしまえばなんてことはなく進んでいって、特に揉めたりすることもなくうちのクラスは執事・メイド喫茶をすることになった。

ありきたりだけど、でもやる側も来てくれる側も楽しめるまぁまぁいい案だと思う。今日はここまで決まれば良いみたいで、今後は黒尾と委員会に出ながら色々準備を進めていくらしい。黒尾と距離をとっている今は考えるだけで憂鬱だけど、でもこれは不可抗力だから仕方ないよね。なんて。どうか黒尾と過ごせる言い訳を探してるんじゃないと思いたい。

「まぁ決まったもんはしょうがないわな。よろしく苗字」
「…うん」
「今日早速委員会あるから、逃げんなよ」
「逃げないよ、私真面目だもん」

久しぶりに黒尾とこんなに話している気がする。どんな顔をすればいいか分からなくて真顔になっちゃうけど、黒尾はまるで昨日までもずっと普通に話していたかのようにあの見慣れたニヤリ顔で笑っていた。


* * *


放課後。黒尾と一緒に教室を出て委員会が行われるらしい視聴覚室を目指せば、後ろから夜久の声。黒尾を呼ぶその声に私も一緒に振り向けば、驚いたように私にも手をあげてくれた。

「お前らやぁっと仲直りしたのかよ」
「…別に元々喧嘩してないですぅー」
「フーン?分かりやすく落ち込んでたくせによく言うわ」
「は!?落ち込んでねーわ」
「落ち込んでましたぁー」
「落ち込んでませーん」

黒尾が夜久の頭をペシンと軽く叩けば、夜久は黒尾のお尻あたりに回し蹴りを入れる。…落ち込んでたって、何それ。黒尾は私と話さなくなって、ちょっとは気にしてくれてたの?なんてちょっと嬉しく思うのは勝手だって分かってるけど、でも仕方ない。
せめて変に表情が緩まないように、キュッと表情筋に力を入れて黒尾のシャツの腰あたりを引っ張った。

「黒尾、遅れるよ」
「あ、わり。ごめんやっくん、俺文化祭の実行委員なった」
「はぁ!?おま、部活どーすんだよ」
「ちょっと遅れるって言っといて」
「…しゃーねぇなぁ。さっさと来いよ」
「はいはーい」

言うだけ言って去って行く夜久を見て、隣の黒尾を見上げて。何も言わずに黒尾は歩き出すから、私も慌ててその背中について行った。

視聴覚室に到着するともうほとんどのクラスが集まっていて、私と黒尾も空いた席に座る。普段の委員会みたいな流れで各クラス自己紹介をして委員長を決めた後、その委員長進行の元それぞれのクラスで決めた出し物を黒板に書き記して、被っていたらジャンケンをする…みたいな簡単な流れ。
これもしかしてうちもどこかと被るんじゃ…なんて心配は杞憂に終わり、無事被ることなく執事・メイド喫茶の権利をゲットした私達は最後に何枚か配られたプリントをそれぞれのカバンに入れて視聴覚室を出た。

「はぁー、思ったよりすぐだったな」
「どこもあんまり被ってなかったもんね」
「明日のHRは役割分担して、それぞれでいるもん話し合って…って感じだな」
「うん。文化祭まであんま時間ないしサクサクやってかなきゃ」
「まぁうちのクラス割とイベントごとやる気あるし、いけるだろ」
「体育祭も凄かったもんねぇ」
「なー」

視聴覚室から体育館までの僅かな道のりを、二人で歩く。無言だったさっきとは違って普通に話せていて、まるで夏休み前に戻ったみたいで…もしかしてこのままそろそろ元の関係に戻れるんじゃないか、と思ったり。

「ところで苗字サン」
「ん?」

何となく流れで体育館まで黒尾を送った私は、体育館の前で足を止めた黒尾を見上げた。

「…もう親友に戻ってくれんの?」
「…え?」
「お前と話さねぇの、やっぱちょっと寂しいんですけど」
「えっ…」
「……まぁ俺は言える立場じゃねぇけど…」

ぽつりと呟かれたその言葉に、さっき夜久が言っていたことを思い出した。"「分かりやすく落ち込んでたくせによく言うわ」"って。あれって、ほんとのことだったのかな。やだな。私だって話したいのに。でも黒尾とまた前みたいに話せるのか。笑えるのか。…また悲しい思いをしたら…なんて不安になる。

そして同時に、今は普通に話せていたじゃんって思い直す。普通に楽しく話せてた。涙を我慢することもなく、普通に。

「…私も」
「?」
「…そろそろ黒尾と話したかった、よ」

言った。言っちゃった。言った瞬間にまたちょっと弱気になるけど、でも私の言葉を聞いた黒尾は嬉しそうに「そっか」と笑った。ほんとそういうとこ、ずるいよね。

「今日バイトは?」
「あるよ。急に遅らせてもらったから、急がないと」
「んじゃ久々に部活終わったら行くわ」
「え?」
「…まだまだ話し足りねぇじゃん?」

ニヤって笑った黒尾に、言葉にならずただコクコクと首を振る私。

「じゃ、また後で」
「う、うん…」

そう言って去って行く黒尾に、ドキドキと胸が鳴る久しぶりのこの感じ。ちょっと、私。本当に大丈夫…?
なんて思いながらも、やっぱりバイト終わりがちょっと楽しみになってしまっていた。


21.03.11.
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