黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

いまいる「ここ」のあらわし方
高校最後の夏休みが始まった。

「さっちゃんごめんね、付き合ってもらって」
「ううん、名前と夏休みも会えるの嬉しいよ!」
「ありがとう〜何気に遊ぶの初めてだよね」
「名前バイトばっかりなんだもん!」
「それはごめん」
「まぁいいけど!だから今日めちゃくちゃ楽しみにしてきたんだから〜!」

夏休みが始まって、数日。さっちゃんと約束して買い物に出てきた私の目的は決まっていて、何としても達成したいものだった。そしてそれとは別に、普通にさっちゃんと遊んでみたかった私は初めて休みの日に会う友達に少し緊張しながらもワクワクしていた。

「名前私服そんな感じなんだね!可愛い〜!」
「えっ、さっちゃんの方が可愛いよ」
「んーん、名前最強だから!私の中で優勝してるから!」
「あはは、相変わらず変わってる…あ、さっちゃん宿題進んでる?」
「あんまりぃ…名前は?」
「私は普通かなぁ?このペースでやればちゃんと終わると思うんだけど」
「流石…!ていうか既に分からないとこあるんだけど、今度教えてくれる?」
「全然いいよ〜」

さっちゃんも私と同じ既に進路がほぼ決まってる組で、AOで専門学校に行くらしい。そんな、あまり他の受験生みたいに勉強せずに遊ぶ私達のような人もいれば、黒尾達みたいにまだまだ現役で部活に勤しんでる人だっている。
私からすればそんなに頑張れるのって凄い、本当に尊敬だ。

「で?今日は何見るの?」
「えっと…浴衣、なんだけど…」
「浴衣かぁ〜。…あ、わかった!デートでしょ!」
「え!?い、いや、そんなんじゃ…」
「違うの?黒尾とじゃないの?」
「えっ!?」
「あっははは、名前分かりやすい!」
「ちょ、さっちゃん、なんで…!?」

私の反応に笑うさっちゃんに、素直に驚きを隠せなかった。だって、私さっちゃんに何も話してないのに。え、なに、エスパー?

「最初は付き合ってるのかなって思ってたんだけど、そうじゃないっぽいから。じゃあ好きなのかな〜って」
「そ、それっていつから…」
「え?同じクラスになって話すようになったくらい…?」
「そんな…初めっから…」
「だって名前と黒尾、いつも一緒にいるじゃん」

周りから見ても、学校での私と黒尾ってそう見えるんだ…
さっちゃんの言葉を聞いて、頬がボボボッと火がついたように赤くなるのが分かる。私ってそんなにみんなにダダ漏れなんだ。じゃあ…黒尾にももしかしてバレてる?

「まぁ黒尾ぐらいじゃない?気付いてないの」
「え」
「黒尾はいまいち何考えてんのか分かんないからなぁ」
「さっちゃん…すご」
「?」

またしても口に出していない私が考えていることに答えてくれるさっちゃんに、私は謎に手を合わせて拝むポーズをしたからまた笑われてしまった。

でも黒尾も分かりやすいと思うんだけど。そう思ってから、自分も前はもしかして私のこと…?なんて恥ずかしい勘違いをしていたことを思い出す。ううん、前言撤回。分かりにくいわ。分かりやすいと思うのは、私が黒尾の気持ちを知ったからだ。

隣でさっちゃんが「でも周りは早く付き合えばいいのに!って思ってるんだよ。実際二人良い感じだし」とか言っているのを聞いて、私は曖昧に笑うことしか出来ない。まさか黒尾の好きな人を私の口から言うことなんて出来るわけないしするつもりもないから、心の中で「そうだったらよかったのにね」と思うしかなかった。


* * *


「んー…こっちか、こっちだと思うんだけど…」
「うん、このへんが名前に合うと思う!どっちも可愛いけど…」
「うーん迷う…」
「強いて言うなら…黒尾が好きそうなのって、こっちじゃない?」
「そ、そうかな?」
「まぁ名前の方が黒尾のこと知ってると思うけど…なんか大人っぽいのが好きなイメージ…」

色んな浴衣を見て、漸く二つまで絞った私にさっちゃんが言う。大人っぽい。その言葉に、私はミチカ先輩を思い浮かべた。先輩は私から見てかなり大人っぽい、憧れの存在で。そんな人が好きな黒尾。好きな人の好きな人。私なんかが勝てるわけないけれど、でも少しくらい近付けないだろうか。…近付きたいと思っても、許されるだろうか。

「じゃあ…こっちに、しようかな」
「いいの?」
「うん!私もこっちの方がいいと思ったし!」
「そんなら決まりだね!」

にっこりと笑ったさっちゃんに後押しされて、私は大人っぽいと思う方の浴衣を選んだ。途端にその浴衣に愛着を感じるなんて、単純かな。

その後はさっちゃんの希望で水着を見に行ったり、気になっていたカフェに行ったり…楽しい時間というのはあっという間で、気付いたら夕方になっていた。

「名前!これ、プレゼント!」
「え?」
「さっきの浴衣に似合うと思って!」

通りがかって何となく気になったから最後に、って立ち寄った雑貨屋さん。さっちゃんは気に入ったイヤリングがあったみたいでそのままお会計に行って、戻ってくると小さな包みを差し出した。

「え?」
「開けてみて!」
「うん…?」

ペリペリと丁寧に包みを開けると、花のモチーフをあしらった髪飾りが顔を出す。それはさっき買ったばかりの浴衣と似たような色合いで、一緒に売っていてもおかしくないくらい合いそうだった。

髪飾りを見て、さっちゃんを見て。私の表情がお気に召したんだろう、さっちゃんは満足気に笑う。

「黒尾とデート頑張ってね!」
「さっちゃん…!」
「応援してる!」
「ありがとう〜!」

勢いよくさっちゃんに抱き着くと、さっちゃんも同じようにハグし返してくれて。

その後も何度も何度もお礼を言ってさっちゃんにお礼を言って、解散する。私はポケットに入れていたスマホを取り出すと、タイミングよくピロンと通知が鳴った。

"部活終わった"
"おつかれ〜"
"苗字は?何してんの?"
"さっちゃんと遊んでたよ!今から帰るとこ"
"気を付けろよ"
"黒尾もね!"

たったこれだけのやりとり。だけどそれがどうしようもなく嬉しくて、だってなんか付き合ってるみたい、なんて思っても虚しいだけなんだけれど。
だけどいつもよりちょっとだけ前向きなのは、きっとさっちゃんのお陰。さっちゃんがくれた髪飾りが入った袋を見て、ふふっと笑みが溢れる。

ちょっと、一瞬だけでも、可愛いって思ってくれたら嬉しい。先輩じゃなくて私と夏祭りに来てるんだって意識してほしい。

頑張らないと決めたはずのこの恋は、この気持ちは、どう頑張っても諦められなかったんだから仕方ない。先輩に叶うとも思ってない。でもどうせ消せない想いなら…いつかもういいって思える時まで、好きでいいやと思うことにした。

"明日から合宿行ってきますわ"
"熱中症ならないようにね、頑張って!"
"おう、ありがとさん。帰って来たら夏祭りあるな"
"ね。黒尾と行けるの楽しみ"
"なにそれ、照れるじゃん"
"素直になってみた"
"俺も楽しみにしてますよー"

直接黒尾を前にしてないからこそ混ぜた本音は、直接黒尾を前にしていないのに心臓が壊れそうなくらいにドキドキした。
デートなんかじゃないけど、黒尾の目当ては私と行くことじゃないけど、でも夏休みなのに黒尾と二人で会える。その事実が嬉しくて、返ってきた黒尾からの返事に今だけは少し浮かれてもいいかな、なんて。


21.02.17.
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