黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

矛盾にさえ恋焦がれている
「今日でテストは終わったの?」
「はい!やっと解放されました!」
「いいなぁ〜〜大学生はこれからだよ…」
「じゃあミチカ先輩シフト減るんですか?」
「うん…結構単位ギリギリだから頑張らないとやばいんだよね。人手たりてないしそしたら店長と入るの増えるんじゃない?」
「うわぁ…嫌だ…」
「あはは、テスト終わったらまた戻ってくるけど!」

一学期末試験も無事終わり、漸くまたいつも通りのシフトに入れると思ったらどうやら先輩とは入れ替わりになってしまうらしい。店長、嫌いじゃないけどちょっと厳しいからなぁ。色々とゆるいし話しやすい先輩との方が断然楽しい私にとっては、残念なお知らせだった。

ちなみに、受験生なのにそんなにバイト入れて大丈夫なの?という質問に関しては問題ないと返す。志望してる大学に関してはもう既に推薦を貰っており、担任の先生にも小論文と面接対策をしておけばまぁ問題ないだろう、と言われていた。勿論油断は禁物だけど。

「それで、聞いていいのか分からないんだけど…」
「?」
「名前ちゃん、黒尾くんと何かあったの?」
「え?」

ミチカ先輩の口から「黒尾くん」という名前を聞くだけで、ドキッとする。無意識に…とは言い難い、私が先輩に黒尾の話をしなくなったのは事実だったから。
先輩が黒尾を何とも思っていなかったとしても、黒尾のことを話すと心がざらざらする。本当は相談したいのに、気持ち的に相談できる相手じゃなくなってしまったのは私にとっても少し辛かった。

だけどあんなに話していたのに急に話題にしなくなった、でも毎回黒尾は普通に迎えに来る、その状況に先輩が気になってしまうのも当たり前だ。多分しばらくは何かを察して聞かずにいてくれたんだろうけど、でもその顔には気になりますと分かりやすく書かれていて、私は少し笑ってしまった。

「何でもないですよ」
「えぇ?ほんと?」
「はい。特に話題がなかったってだけで」
「そうなの?あーあ、私てっきりもう付き合いだしたのかと思ったのに…」
「あはは…それは、ないですねぇ…」
「黒尾くんの意気地なし!早く言って欲しいよね」
「まぁ…黒尾好きな人いるらしいんで」
「え?」
「あっ」

それは、別に言おうとして言ったわけじゃない。つい、ポロっと口を出てしまった。

だけどそれはしっかり先輩に届いていて、「それって、」と言う表情は何故か嬉しそうで。…え?なんで?

「絶対名前ちゃんじゃん!」
「え…」
「だってあーんなに分かりやすいんだよ!?名前ちゃんでしかないと思う!」
「い、やぁ…違うと思うんですけど」
「ううん、そうだよ。名前ちゃんはもうちょっと自信持っていいから!」

本当は先輩のことが好きらしいです、なんて。勿論それは言わないけれど、でもすっごく惨めだった。それに黒尾にも罪悪感を感じてしまう。黒尾のいないところでこんなこと言うなんて、フェアじゃないって。
ごめん黒尾。でもだから私にしとけばいいじゃん、ってずるい私が顔を出しそうになっては、出きれないでいた。

先輩のことは嫌いじゃない、むしろ好き。だから黒尾が好きになってもおかしくないのに、頭では分かっているのに…どうして、って何度も思ってしまう。高校に入って黒尾の一番近くにいたのは私のはずなのに。

「夏休みは?会ったりするの!?」
「黒尾、部活忙しいんで…」
「あー…音駒のバレー部強いもんね。三年でも関係ないか…」
「春高?まで残るらしいです」
「えぇ、すごいね」

何となく、夏祭りのことは言いたくなかった。だって黒尾は夏祭り、先輩に会えるかもしれないなんて微かな期待を胸に私を誘ったのだ。それにきっと黒尾も知られたくないだろう。前に、一緒に映画に行ったことを知られたくなかった感じだったし。

それにそろそろ…

チラリとレジの画面に映し出された時間を見て、そのまま視線を外に移す。するとタイミング良く赤いジャージが見えて、よっ、と手を挙げる黒尾と目が合った。

「いらっしゃいませー」
「こんばんは、ミチカさん」
「こんばんは黒尾くん。噂をすればだね」
「え、なに?俺の話?」
「ふふ、秘密〜。ね、名前ちゃん」
「え、あ…はい」
「いや普通に気になるんですけど」
「名前ちゃん上がっていいよー」
「…着替えてきまーす」
「無視?」

黒尾と先輩の会話を背に、休憩室に入る。扉を閉めて、深く深呼吸をした。大丈夫。泣かない。
ぐぐっと口角を上げて無理やり笑顔を作る私は一人、扉の向こうからは先輩と黒尾の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


* * *


「なー何の話してたの?」
「え?」
「さっき、ミチカさんと」
「あー…黒尾部活頑張ってるよねって話」
「そんだけ?」
「何よ、不満?」
「いーえ。有り難いですけど」
「けど?」
「欲を言えばもっと俺の株が上がるようなこと話してくれたら喜ぶ」
「正直だな」

はは、と乾いた笑いに自分でもおかしく思いながら足元に転がる石ころを蹴った。
黒尾は私が協力してくれてると思っている。だから、先輩に黒尾の話をしているんだとも。

「気が向いたらね!」
「そんなこと言わずにかっこいい黒尾くんの話いっぱいしてくれていいのよ?」
「かっこいい?黒尾くん?え?どこ?」
「お前の隣にいるでしょうが」
「えー?見えないなぁ〜デカすぎるからかな〜〜」
「このっ」
「う、わ?」

黒尾がいた方、右肩に重いものが乗っかって、そのまま重力に従って傾いた身体。反射的に向いた顔の先には、思ったよりも遥かに近い黒尾の顔があって。

「!」
「わ、悪ぃ」

抱き止められて至近距離で目が合うと、黒尾は、いや多分私も、目をまんまるにさせていたと思う。そのまま勢い良く飛び退くと、遅れてドキドキと早鐘のように胸が鳴る。触れられたところが熱い。今の黒尾の表情、一瞬しか見てないのに目の奥に焼き付いて離れない。

「…ふざけすぎたわ、ごめん」
「あ、いや…大丈、夫」
「んならいいけど」

…絶対顔赤い、今。黒尾の方見れないって。

黒尾はいつも、比較的に距離感が近い方だと思う。でも誰にでもそうなわけじゃなく、見てたらわかる、私には気を許してくれていることが分かる。それがいつも嬉しくて、ドキドキして…そして切なくて。

こうして私が胸をきゅうきゅうと締め付けられている間でさえも、黒尾はただ私にふざけすぎたことへの少しの罪悪感しか感じていないんだろう。それは勿論、ただの友達としてしかない。

「…そういえば、もうすぐ夏休みだね、」

だから私に出来ることはただ一つ。気にしてないから、って普通に振る舞うことだけ。

「おー…」
「合宿とかあるんでしょ?」
「うん。ほぼ合宿」
「地獄じゃん」
「ははっ、それがそうでもないんだよなぁ」
「私には分かんないなぁ」
「教えてあげましょーか」
「遠慮します」

夏休みに入ったら、しばらく会えなくなるよね。こうしてバイト帰りに黒尾と一緒に帰るようになって約三ヶ月。あっという間だったな。

この間に、沢山のことを知った。黒尾のかっこいいところ、好きって気持ち、…好きな人が他の人を見ることがこんなに辛いってこと。

「家着きましたよお嬢さん」
「あっ…」
「なにぼんやりしてんの、転ぶぞ」
「あは…疲れてんのかも。…って、部活してきた黒尾に言えないか」
「お前もバイト頑張ってんじゃん。十分だろ」

ポンポン、と優しく背中を叩かれる。たったそれだけで、ツンと鼻の奥が痛くなって私は慌てて黒尾に別れを告げた。

「あ、ありがと!黒尾もお疲れ、今日も送ってくれてありがとうね!」
「いーえ。じゃ、また明日」
「うん、またね!」

帰っていく黒尾を見送るけど、その背中は段々と滲んでいく。どうしてこうなっちゃったんだろう。前は私、こんなことで泣かなかったのに。

昨日たまたま観たドラマでのフレーズが、不意に思い出される。

"苦しくても苦しくても、誠実に想い続けた日々に胸を張れる日がいつかきっとくる"

ほんとかな。もしそうなら、いつかっていつ?
だんだんと小さくなっていく黒尾にこんな顔見られたくないけど、でも振り返ってくれたら多分それだけで舞い上がってしまうほどには黒尾のことが好きだよ。苦しいけれど。


21.2.9.
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