黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

ひとりで涙を集めた
「あっ!すご…!ねぇ、名前見て見て!」
「う、うん見てる」
「がんばれー!」
「がんばれー」
「わ、あ、あー!すごい!黒尾一位!」

余裕の顔でゴールデープを切った黒尾と一瞬だけ目が合ってドキッとする。そんな私の心情には勿論気付かない黒尾はにやりと笑いながらこちらにピースを作るので、私も慌ててピースで返した。

体育祭は思っていた以上に盛り上がり、というのも私の団は結構どの競技でもいい成績を収めていて、常にトップ争いを繰り広げている。勝っているとみんなのテンションも上がるもので、さっちゃんも私の隣でぴょんぴょんと飛び跳ねてはクラスメイトの応援に勤しんでいた。

「次名前だね!頑張れ!」
「うう…なんかちょっとプレッシャー」
「大丈夫だって!あ、お団子引っかかんないように気をつけてね」
「うん、いってくる」

もうすぐ私が出る障害物競走の招集が始まる。今のクラスのムード的にも出来れば上位に食い込みたいけれど、まぁ何はともあれ無事に終わりたい。さっちゃんに別れを告げて召集場所に向かう途中、前の競技が終わって応援席に戻る黒尾とすれ違う。

「苗字つぎ?」
「うん。最下位だったらどうしよ」
「めっちゃ弱気」
「あんまり自信ないからね…」
「まぁまぁ、最悪苗字が負けたところでみんな怒ったりしねーから」
「それならいいけど…」
「応援してるから頑張んなさいよ」
「…うん、頑張ってくる」

くそう、余裕がある奴はいいなぁ。でも、ちょっと気が楽になったかも。黒尾のいつも通りに軽い口調が、少しだけ気持ちも軽くしてくれる。ちょっと気負いすぎてたかも、そんなにクラスメイトも私に期待してないわな。私はよし、と気合を入れると、黒尾とも別れを告げて今度こそ招集場所に向かった。


* * *


障害物競走は、スタートしてすぐの平均台、跳び箱、ハードル、パン食い、網くぐりの五つの障害を超える競技だ。特に難しいものはないし、落ち着いていけば大丈夫なはず。それでも少なからず緊張でドキドキと鳴る胸を押さえながら、私はスタート地点に着いた。

パンッというスタートのピストルの音と共に走り出すと、地面を蹴り上げ砂埃が舞う。大丈夫、大丈夫。周りの声援は騒がしいはずなのに、どこか自分を客観的に見られてる気がする頭の中はとても落ち着いていて。平均台も、跳び箱も、ハードルも難なくクリアする。斜め前に人が見える、今、三位。パン食いで苦戦していた前二人を抜いて、一位!あとは網くぐりだけ、いける、かも…!

そんな、ちょっと油断した気持ちがダメだったのかもしれない。最後、網をくぐって抜け出すときに、頭に網が引っかかる感覚。あ、お団子!焦って取ろうとすると余計取れなくって、やっと抜けたときにはさっき抜いた二人とほぼ同時。まだ大丈夫、いける、か…っ

スローモーションに見えた。世界が傾いて、そんなときに応援席の黒尾と目が合って、ああ最悪…なんて思ったらザリッと膝が焼ける痛み。さっちゃんや、クラスのみんなの悲鳴が聞こえる。やばい、転んだ。痛い。

「っ、」

じわりと涙が滲むけど、でもまたすぐに立ち上がる。意地でも順位は落としたくないとそのまま頑張って走ったけど…まぁ結局三位と言うなんとも微妙な、でもギリギリ上位?に食い込む結果で終わってしまった。

「名前ー!大丈夫!?」
「さっちゃん…」
「わっ…血!ちょ、救護テント行こ!」
「うわほんとだ…痛…ださ…」
「そんなことなかったよ!名前めっちゃカッコよかった!クラスのみんなもあれで三位すごいって言ってたよ!」
「あはは、それならいいんだけど…」

退場門のところまで来てくれたさっちゃんに支えられて、救護テントに手当てしてもらいに行く。あーあー、すごい血出てる。もう他に出るのなくて良かった…
それに、さっき黒尾と目合ったよね。ほんとツいてない、あんな格好悪いとこ見られるなんて…あとで揶揄われるかもと思うと恥ずかしい、し、変に励まされてもそれはそれで辛い。黒尾にあんなの見られたくなかった…

保健の先生が手当てをしてくれて、膝に大きな絆創膏が貼られる。やっと前に変質者に遭遇した時の傷が治ったところだったのに。それを見て小さくため息を吐くも、転んじゃったものは仕方ないし気を取り直してさっちゃんと席に戻ろうと、した時だった。

「さっちゃん、お団子崩れちゃったから直して欲し」
「苗字!」
「えっ…?」

すごい勢いでテントの下に飛び込んできた黒尾に、驚いて目を見開く。今グラウンド側から来なかったか?

「ちょ、一緒に来…うわっ怪我してるじゃん」
「いや黒尾見てたでしょ…」
「あーもう、ごめん、しっかり捕まってて」
「へっ、え、ちょっと…!?」

膝を一瞥した黒尾は、いきなり私の前にしゃがみ込んだかと思うと膝裏に手を入れてそのまま…なんと持ち上げたではないか。え、なに、これ!?所謂お姫様抱っこ。周りからはすごい歓声が聞こえる気がするけど、でもそれどころじゃない。
恥ずかしい、なに!どういう状況!?

パニックになって黒尾の腕の中で捲し立てるけど、黒尾は「危ないから手回していーよ」しか言ってくれなくて。
そのまま黒尾は私を抱えたまま猛スピードでグラウンドの真ん中に向かって走って行く。

「三年五組が一位でゴーーール!さあて!借り物のお題を確認しましょう!」

その放送でやっと、私は借り物競走の借り物として連れてこられたのだと察した。黒尾借り物競走出るって言ってたっけ!?、え、てかお題って何!?

咄嗟に浮かんだもしかして…なんてあり得ないことだと分かっているのに思わずにはいられない。だって、借り物競走って言えば、ほら、アレじゃん。好きな人。
触れている肌が熱くて仕方ない。近いよ。そう言うこともできなくて、ちゃっかり黒尾の首の後ろに回す手がちょっとだけ震えた気がした。

でも。

「黒尾くんの引いたお題は…"一番仲のいい異性の友達"!」

元気良くマイクを通して聞こえたお題が、私の胸を抉る。なんてそれは大袈裟すぎるかな。ほらね。分かってるよ、私が黒尾のお姫様になれないことくらい。お姫様なんて柄じゃない、所詮私なんかいいとこ村人Aだ。

「ではご本人に確認いたします!えっと、黒尾くんと同じクラスの」
「苗字、です」
「苗字さん!黒尾くんは一番仲のいい異性の友達だと言っていますが、本当ですか?」
「…っ、一年の時からの…親友です」
「はい!ってことでお題成立です〜〜!一位は三年五組〜〜!」

わあああって歓声が、すごく遠いところで聞こえた気がした。黒尾は満足そうに笑っていて、ゆっくりと地面へ降ろした私にうぇーい!ってハイタッチを求める。

「…なんで抱えんの、恥ずかしいわ!」
「だってお前足怪我してっから!」
「…他の人連れてけば良かったじゃん」
「はぁー?お題ちゃんと聞いてました?一番仲の良い女友達なんか、苗字しかいないだろ」
「…っ、よく分かってるじゃん!」
「デショ?」
「ふっ…ばーか!」

思いっきりしてやったハイタッチに痛い痛いなんて騒いで誤魔化して。意地でも泣いてなんかやらないから。黒尾の一番仲の良い女友達は、こんなところで泣かないでしょ。…それでも涙が出るとしたら、あれだ。転んだ傷が今更痛んだとか、そういうことだよ。


21.01.12.
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