黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

きみの感触を隠す
いつもよりちょっとだけ早起きして、髪の毛を高い位置でお団子にまとめる。昨日用意した荷物を確認して、最後にお母さんが作ってくれた弁当を詰め込んで家を出た。今日は体育祭。運動はそんなに好きじゃないけど、イベントごとは好き。晴れてよかったな、なんて先週時点で今日はまだ雨予報だったのを思い出した。

「めっちゃいい出来じゃない、うちの団!」
「…うん」
「あ、今のはどうでもいい"うん"だったね?」
「………」
「あはは、まぁ私達色塗ってただけだもんね!」

横断幕係は自分の団の応援席に幕の設置の仕事があるからいつもより早い集合だった。そのせいで私も少し眠いけど、隣で欠伸をする研磨くんほどじゃない。だってバレー部は体育祭の日でも朝練があるらしく、研磨くんは既に練習終わりで今ここにいるのだ。ただただ感心する、私には無理。
研磨くんは、眠そうな表情を隠すこともなくポケットからスマホを取り出し、「クロだ」と呟いた。クロ。その名前に少しだけ反応してしまうの、ほんとやめたい!

「…黒尾、なんて?」
「朝練終わったって。間に合いそうだったら戻るって言ってたから…」
「ありゃ、間に合わなかったね」
「今から疲れるんだからむしろ良かった。じゃあ俺、自分のクラス戻るから」
「あ、うん!今日は頑張ろうね!」
「うん」

研磨くんの背中を見送って、私も自分のクラスへ向かう。荷物は教室に置いてグラウンド集合だけど、日焼け止め塗り直しときたいしギリギリまで教室にいたい。さっちゃんが来てたら一緒に写真でも撮ろうかなぁ、なんて今年仲良くなった友達の顔を思いながら教室へ入ると、もうクラスメイトも半分以上揃っていて。私を見つけたさっちゃんが「あ、名前来た!設置お疲れ〜!」と手招きしていた。

「おはよ、さっちゃん」
「おはよ!髪可愛い〜!名前お団子似合うね!」
「ありがと〜!でもみんなお揃いだし、さっちゃんの方が似合ってるよ」
「あぁ〜可愛い!名前可愛い!天使!」
「あ、はは…相変わらず元気」

今年になって初めて同じクラスになったさっちゃんは、まだ二ヶ月半の付き合いなのに随分私に懐いてくれていた。お互い今まで一緒に行動していた女友達とはクラスが離れてしまって不安だったのもあるかもしれないけれど、先月の歴史のグループワークが一緒になった時急に「苗字さんめっちゃ好みなんだけど!友達になってくれませんか!」とか何とか言ってきたちょっとぶっ飛んでる、でも普通に良い子。

ザ・女子力!って感じの見た目はどう考えても私より可愛いのに、変にベタベタしすぎないのが一緒にいても気楽で良い。私のことを全肯定してくれる姿には黒尾も若干面白がっていて、教室では三人で話すことも少なくなかった。

「あ、黒尾来た!おは!」
「おー…相変わらず元気な」
「名前とおんなじ事言ってる。てか見て、黒尾!名前めっちゃ可愛くない!?」
「あー…なに、女子全員お揃いなの?」
「うん、みんなで気合い入れてんの!」
「いーじゃん、似合ってる」
「でしょ!?良かったねー名前!」
「え、あ、うん…どうも」

朝練終わりでやって来た黒尾は、さっちゃんの勢いに苦笑しながらチラリと私を見て褒めてくれる。それが別に特別な意味は持たないことだって分かっているのに、そわりと心が浮き立って早起きしてよかったと思ってしまうんだから私ってば本当に救いようがない。

さっちゃんはさっちゃんで、私が黒尾が好きなことも何にも知らないはずなのに普通にこういうことをやってくるからいつも私の心臓は忙しなかった。

「こんな日まで朝練すごいね」
「苗字だって終わった後バイト入れたって言ってたじゃん」
「今日人いないらしくてさぁ…」
「もしかしてミチカさんいないの?」
「うん、残念ながら。だから迎えいらないよ」
「いやそれはダメでしょ」
「でも先輩いなかったら黒尾来る意味ないじゃん」

あ、いま、自分で言っててちょっと傷付いた。
だけど黒尾は、呆れたようにため息を吐いて私のおでこをコツンと小突く。

「なーに言ってんの。お迎えは行きますよ、いつも通り」
「…そ?」
「苗字には世話になってますから。またあんなことがあっても困るし?」
「…それなら、お願いします」
「おう。ま、その前に体育祭優勝な!」
「えっ、黒尾そういうの頑張るタイプ?」
「あったりまえでしょ、俺バリバリの体育会系だもん。苗字もそんなおしゃれして気合い入れてんだから頑張れよ!」
「気合いっていうかこれはみんなでお揃いなだけで…」
「はいはいグラウンド行くぞ」
「わ、ちょ、待って」

バシッと私の背中を叩いて先に教室を出ようとする黒尾の腕を掴むと、黒尾は立ち止まって振り返る。私はそんな黒尾になるべくいつも通り笑いながら、カメラ画面にしたスマホを見せた。

「写真、撮ろうよ!」
「おー、いいじゃん」
「あ、じゃあ私撮るよ!」
「え、さっちゃんも一緒に…」
「いいからいいから!はい、二人とも並んで〜」
「苗字、もうちょいこっち寄って」
「あっ」

パシャリ。さっちゃんが撮ってくれた写真には、ニヤリと笑った黒尾とその隣でぎこちなく笑ってピースをしている私。
なんでこれくらいで、こんなに緊張してるんだ私。前髪はちょっと歪んじゃってるし、上手く笑えてないし、そんなに盛れてるわけじゃないのに、でもそのツーショットを見て口元は緩む。これくらい、普通に友達だよね!変じゃない、不自然じゃない、はず。

「それ後で送っといて」
「う、うん!」

勇気を出して撮ったツーショットと共に、高校最後の体育祭が始まります!


21.01.04.
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