黒尾長編 アカシアを君に贈りたい fin

悲しくなってて馬鹿だなぁ
黒尾を好きになったって、それで失恋したって、私と黒尾の関係が何か変わることはなかった。だって私は別に黒尾に何も言ってないから。
それでいいじゃん。だってまだ好きになってそんなに経ってなかったし、傷は浅い。きっとすぐにまた普通に友達として笑えるようになるからそれまでの辛抱だと。

相変わらず黒尾は部活が終わった後に私を迎えに来ると称してミチカ先輩に会いに来る。その度に少しだけ胸が痛いけど、でもただそれだけ。なんてことはない。

「黒尾、体育祭めっちゃ出るよね」
「100m走と、男子リレーと、男女混合リレーと、部活対抗リレーと、騎馬戦」
「出すぎじゃない?しかも走るやつばっか」
「推薦されたやつ全部受けてたらこうなったんだよなぁ」

中間テストも終わってもうすぐ体育祭。うちの学校ではとりあえず一つは競技に出る決まりはあるものの、それ以外は特に制限はない。なのでクラスに運動が苦手だったり汗をかくのが嫌だったりな人が多いと、二つも三つも出る人が出てくるのは珍しいことではなかった。そしてどうやら、黒尾もそのうちの一人らしい。

「なんか変わってもらえば?」
「やー…まぁいけるっしょ。苗字は?」
「障害物競走」
「だけ?」
「うん。ほんとはそれも嫌だったんだけど玉入れのジャンケン負けた」
「そういえば争奪戦してたよな」
「あと横断幕係になった」
「苗字絵描けんの?」
「ううん、色塗り要員」
「ふっ、責任重大じゃん」
「でしょ。だからしばらくバイトは少ないんだぁ」
「へー…」
「あ、今露骨にガッカリしたでしょ」
「してないデスヨ」
「はい嘘ー」

ズキンと胸が痛む。話題のチョイスをミスったなぁ。いっそ気付かない方がいいのに、黒尾って意外に分かりやすいから困る。笑ってるけど微妙に声のトーンが落ちて、黒尾でもこんな風になるんだなぁって、…こんな風にしてるのが先輩なんだなぁって思い知らされた。やっぱり先輩に会いたいんだね。

「別に私いなくても会いに行きゃいーじゃん」
「無理だろ。苗字がいるって知るまで一週間に一回しか行ってなかったもん」
「それでも結構な頻度」
「意外にシャイなのよ鉄朗くん」
「いやシャイの使い所違うでしょ」

私が知らない間に、そうやって黒尾は先輩を好きになっていったんだ。想像するだけで胸がギュッとして、それに気付かないフリをして私は笑った。

自習だからってめちゃくちゃ喋ってるけど一応課題は与えられているこの時間、黒尾はとっくに終わってるみたいだけど私はまだ終わってない。机の上のプリントをやる風を装い自然に目を逸らす。

それでも、私に先輩が好きなことがバレた黒尾はよく喋った。黒尾、そういうキャラじゃないじゃん。恋は盲目ってよく言うけど今だけはほんと勘弁して欲しい。私のこの気持ちがなくなったら好きなだけ聞いてあげるから。

「じゃあ放課後一緒にコンビニ行きません?なんか奢るから」
「いや一人で行きなよ。私と黒尾が二人でコンビニ行くのはおかしいでしょ」
「何もおかしいことなくね、友達なんだから」
「…でも、私シフト減らしたのに行くのちょっとどうなのって感じだし…」
「あーまぁそれは確かに」
「それに、……」
「?それに?」
「いや、なんでもない」
「なんだよ」

「ミチカ先輩に私と黒尾が付き合ってるって思われたらどうするの」。危うく出かけたその言葉は、寸前のところで言い止まった。途中でやめた私に黒尾は怪訝な顔をするけど、でもきっとそれを聞いて傷付くのは私だ。私達の間の距離感を一番よくわかってるのもまた、私なんだから。

「…そんな弱気なの黒尾らしくないじゃん」
「言ったでしょ、鉄朗くんは意外にシャイなんです」
「はいはい、言ってな」
「名前ちゃん冷たぁーい」
「…ばか」

私は、不意に呼ばれた名前一つにこんなに心が掻き乱されるのに。

「はぁー…夜久の気持ちがちょっとわかる」
「なに?」
「毎日これ聞かされてんのに同情してんの」
「ごめんって。苗字が好きな奴出来たら俺も聞いてあげっから」
「…ドーモ」

そんな日一生来ないわ、ばか。


* * *


放課後。横断幕係になってる私は指定された場所で、他の係りの子とせっせと作業に勤しんでいた。大体こういうののデザインは美術部とか漫研とかの絵が得意な子が担当するから、本当に私は指示された通りにペンキで色を塗っていくだけ。

「…部活はいいの?」
「…押し付けられたから」
「災難だね」
「サボれるくらいがちょうどいいよ」

クラスごとに縦割りだから一、二年もいるのは知っていた。でも部活に入っていない私にとっては関係のないことだと思っていたのだが、そんなことはないらしい。
私の隣で同じく指定されたところに指定された色を乗せるのは黒尾を通して知り合った研磨くん。部活をしてる人は放課後に残らなきゃいけないこういうのは避けそうなのに、研磨くんに限ってはそうじゃないみたいだった。

「でも、ちょっとやったら抜けていいよ。私言っといてあげるし」
「…ありがとう」
「うん。なんか、大事な試合前なんでしょ?」
「まぁ…うん」
「練習しなきゃじゃん」
「そう」
「黒尾、研磨が研磨がってよく言ってるよ」
「うわ…」
「はは、めっちゃ嫌そう」

研磨くんは、なんか話し易い。最初は全然話してくれなかったけど、あまりにも私がよく黒尾といるからこの一年ちょっとでだいぶ慣れてくれた気がする。
無駄にうるさくないし、でも全く無口なわけでもない研磨くんの隣は心地良かった。

特段話のネタがあるわけでもない私は、共通の話題といえば黒尾のことしかないわけで。いつもバレー部のことを話す黒尾の真似をすれば正直に表情を歪める研磨くんが面白くて、ちょっとどころか普通に一時間は経っていたことを気付かせたのは私の頭の上に乗ったペットボトルだった。

「え、なに!」
「おつかれ」
「黒尾!あ、研磨くん回収しにきたの?」
「そ。うちの大事なセッターをお迎えにあがりました」
「…回収って」

休憩中なんだろうか、赤のジャージ姿の黒尾が「それ差し入れ」とスポーツドリンクをくれる。帰り支度をする研磨くんを待つ間私の隣にしゃがみ込んだ黒尾は、今日までに進んだ部分を見てへぇ、と呟いた。

「結構できてんじゃん」
「でしょ。私と研磨くんが頑張ってるからね」
「なんか人数少なくね?」
「無視かい。…まぁ、もう何人か帰った」
「じゃあ研磨連れてっても平気?」
「うん。てかもっと早く抜けてもらうはずだったのに、夢中になりすぎてて忘れてた、ごめん」
「いーよ、研磨はわざとだろうし」

そう言った黒尾は、不意に私の髪をくしゃりと撫でた。

「え、あ、なに」
「苗字もお疲れ、無理すんなよ」
「…うん」
「じゃ、また明日」
「…うん、部活頑張れ」

黒尾越しに研磨くんと目が合って、すぐにプイッと逸らされる。やばい、私今変な顔してたかな。そうして黒尾は帰り支度ができた研磨くんと一緒に部活に戻って行ったのだけれど、頭に残る感覚が消えてくれない。いきなりそういうことしないでよ、心の準備出来てないんだってば。

「やばい、黒尾先輩かっこよくない?」
「えーそう?なんか胡散臭い感じするけど」
「そこがいいんじゃーん!」

なんて後輩たちの声を聞きながら、私は無心でまたハケを握り直した。


21.01.03.
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