2020黒尾誕 春夏秋冬 fin


愛されたらどうすればいい?




 あれから私と黒尾は、何だかんだ数回二人でご飯に行ったり遊んだりした。だけど、それだけ。これと言って進展はなかった。
 いや、高校のときは休みの日に二人で出かけるなんてなかったから、これだけで大きな進歩とも言えるだろうが、私は既にその時より欲張りになっているみたいだ。
 最初こそ久しぶりの黒尾に緊張していたけど、それも慣れてまた高校のときのように会えば冗談を言い合い、色っぽい雰囲気にもならない。

 黒尾がわざわざ「二人で遊ぼう」って言うから、ちょっとくらい期待していたのに。あのときの緊張した空気は、何だったんだろう。

 季節は過ぎて、もう冬が目前に迫っていた。

「苗字、今日俺ら帰っていい?」
「えっ、なんで、今来たばっかじゃん!」
「今日黒尾誕生日だから」
「知ってるし!だから今日みんなで集まるってなったんでしょ」
「どうせお前一人じゃ黒尾誘えないと思ったからだよ!」

 やっくんのチョップは痛くなかったけど、でも言葉はぐっさり私に刺さった。え、何。どういうこと。言葉の意味が分からず海くんに助けを求めてもニコニコしてるだけで、私はもう一度やっくんを見る。
 仁王立ちして私に呆れたような視線を向けるやっくんは、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

「お前、黒尾のこと好きなんだろ?」
「えっ…!いや、」
「ああもういいからいいから、そういう反応、知ってるから」
「えっ…ええ…?」
「多分音駒のみんな、山本とリエーフ以外とっくに気付いてたよ」
「うっそ!?」
「ほんとだよバカ。好き同士なくせして全然動かねぇんだから、お前ら!」

 ちょっと待って、情報量が多すぎる。やっくんも海くんも、っていうか音駒のみんなもってことは卒業する前からずっと知ってたの?だとしたら恥ずかしすぎない?
 そしてその後。やっくん、"好き同士"って言った。誰と誰が?私と、黒尾?

「何今更びっくりしてんだよ…どうせ薄々気付いてたんだろ?」

 確かに、ちょっとだけもしかしたらそうなのかなって思うことはあった。在学中も、卒業後も。でも黒尾は何も言ってこないし、人から言われるのとじゃまた違う。
 やっくんがそう言うんだから、海くんもそれを否定しないんだから、多分本当のことなんだろう。私達周りからそういう風に思われているんだ。でもいざそう言われると信じられない。なのに気持ちは舞い上がってふわふわした、変な感覚。

「…やっくん」
「ん?」
「私、最近黒尾と二人でよく会ってるよ」
「は!?まじか、お前らやっとくっついたの!?」
「…いや、それはまだ…」
「はぁああああ!?」

 一瞬表情を緩めたやっくんは、また眉を釣り上げる。いや、だって。なんて私の言い訳は聞いてくれなさそうだ。

「いいか!今日!チャンスだぞ!」
「そんないきなりは無理だってば…!」
「お前らその調子だとジジイとババアになっても言わねえだろ!いい加減見てるこっちの身にもなれよ!なぁ、海」
「うん。苗字ならきっと大丈夫だよ」
「そんな…無責任な…」

 無情にもそんな私を置いて、「じゃ、そういうことだから頑張れよ」って二人は本当に帰ってしまった。
 そして入れ違うようにして、黒尾がやって来る。まだ心の準備が出来ていないのに。
 今日も遅刻してきた黒尾は、もう11月だと言うのに少し汗をかいていた。

「ごめん、遅れた!…あれっ、夜久と海は?」
「……帰った」
「は?」
「なんか…頑張れよって…言って」

 言ってて、じわじわと恥ずかしくなる。だってこれ、もし黒尾も私の気持ちを確信していたのだとしたらほぼ告白じゃないか。ちらりと黒尾を見上げると、一瞬考えた風にしてからまたすぐにいつもの表情に戻った。

「あー…まぁ、とりあえず…店行きますか」
「…うん」

 深くは聞いてこないのが逆に気まずい。訪れた微妙な空気のまんま、私と黒尾は予定していた店へ入った。今回は海くんが手配してくれていたのだが、元から二人で予約されていたらしいので本当に最初からこうするつもりだったんだろう。
 どうしよう、緊張してくる。だって今日は全然そんなつもりじゃなかったのに。

「苗字何食うか決めた?」
「………」
「おーい苗字」
「へっ」
「…食うもん、決めた?」
「あ、うん!決めた!」

 黒尾が店員さんを呼んで、私の分まで頼んでくれる。店員さんが戻っていくとおしぼりで手を拭いて、その一挙一動を見てドキドキしている私は少しおかしい。

「で」

 お冷を一口飲んだ黒尾は、静かにコップを置いてから口を開いた。その声が妙に響いてる気がする。ガヤガヤと騒がしい店内なのに全く周りの音は気にならなくて、まるでここに私と黒尾しかいないみたい。

「…そんなすぐとって食うわけじゃねぇんだから、緊張しないでくれます?」
「とっ…!て、食う、とか…言わないで、くれます?」
「…なんだそれ」
「うるさい!」

 なにこれ。なにこの空間。二人ともまだお酒が飲める歳でもないのに、これじゃあ疑われてしまうってくらい頬が赤に染まっている。黒尾が仕掛けてきたくせに、私の反応が予想以上だったのか黒尾まで赤面してたら訳がない。
 でももうやけくそになったのか、机の上で私の手に自分のそれを重ねた黒尾。そこからじんわり甘い痺れがやってくる。無理。ほんっと無理。

「この空気どうすんだよ、なぁ」
「し、ししし、知らないよ」
「…緊張してんの?」
「…するに、決まってんじゃん…」
「それってもう、そういうことだよな?」
「…知らない…わかんない…」

 あまりにも恥ずかしくて、じんわりと涙目になる。泣きたいわけじゃないのに、こんなのキャパオーバーだ。
 こんなむず痒い雰囲気は慣れてなくて、学生の時からこうなりそうになる度に咄嗟に避けてきたのに。黒尾との関係を変えたいくせにいざ変わりそうとなると怖くて、逃げ出してきたのに。

「…もう言っていいですか」
「………」
「なぁ」
「んん…」
「なぁって」
「…うん」
「言うぞ」
「…うん」
「苗字のことが、好きです。ずっと」
「……うん」
「それだけ?」
「……私も…黒尾のことが、好きだよ」

 ぎゅんって胸が締め付けられる。私の呟くような小さな返事に、黒尾は嬉しそうに笑った。
そのまま添えてた手に指を絡めて、ぎゅっと力を込める。

「はぁー…長かったわ」
「…うん」
「三年間、そうかなーって思って攻めてみたらお前ちょっと逃げてくし、やけに夜久とは仲良いし、でもたまにすんげぇ可愛い顔して寄ってくるし」
「や、やめてよっ」
「いいややめません。やっと言えたんだから」

 それは、そうだけど。でも黒尾だってヘタレじゃん。男なんだから、もっと強引に攻めてくれたらいいのに。なんて自分のことは棚に上げて、私も勝手だけど。

「ほお?」
「な、に」
「今なんか失礼なこと考えただろ」
「や、な、何も!」
「俺苗字のことは何でもお見通しですから」
「嘘ぉ」
「…そんならこれから覚悟してね、名前チャン?」
「ちょ、な、名前…」
「俺のことも名前で呼んでいいよ」
「そんないきなり無理!」
「あー、俺今日誕生日なんだけどなぁ?」

 ニヤリと不敵に笑う黒尾は、まるでバレーの試合中に相手方を煽っているときみたいに楽しそうで。
 秋。やっとお互いの気持ちが通じたというのに、私はこれからもまだまだ大変そうである。


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