5万打フリリク企画 fin

少女のための優しいお芝居



「あのっ…」
「?」
「す、す、好きです…!付き合ってください!」
「は…」

初めて見る女やった。ってことは、少なくとも同級生ではない。ていうかよう見たらうちの制服ちゃうし、これ隣町の女子校の制服か。 
小柄なその子は顔を真っ赤にしながら俺を見上げ叫んどるけど、俺会ったことあったっけ?見た覚えはないねんけど。
俺のその思いは、そのまま素直に言葉となって出てしまった。

「…誰?」
「あっ…わ、私、苗字名前と言います…!この前たまたま見かけて、一目惚れして…!」
「…はぁ」
「友達に聞いたら、それ稲荷崎の有名な侑くんや言うてて、それで名前も知って、」

あ、この子俺とツム間違えてるやん。ようわからんけど、それだけは理解した。

「初対面で引かれるかもしれんけど…好きなんです!付き合ってください!」
「…ええよ」
「えっ!?」

俺はこんなんで付き合うタイプの男じゃないのに、ほんまにこの子のことなんか何も知らんのに、しかも俺をツムと間違って告ってくる失礼な奴やのに、…いつの間にか俺は頷いてて。
その子も、俺の返事にびっくりしとる。

「…ええんですか?」
「おん。俺、部活とかで忙しいしあんま会ったり出来ひんけど…」
「だ、大丈夫です!」
「…ほんなら、ええよ。よろしく、名前ちゃん」
「わっ…よ、よろしくお願いします!侑くん!」
「自分いくつ?」
「…あ…高二、17です」
「ほんなら同い年やん。敬語じゃなくてええよ」
「う、うん!」

ニコニコと人懐っこそうなその表情に、このとき俺は少しだけ罪悪感を覚えた。別に俺は悪ないのに。


* * *


「サム彼女出来たってほんま!?」
「おん」
「いつの間に!ちょ、会わせてや!」
「無理」
「なんでやねん!」

あれから俺と名前ちゃんは、まぁまぁの頻度で会っとった。流石に部活があるからデートとかは出来ひんかったけど、部活終わってからこっそり一人で帰りに会いに行ったりもした。

「侑くんって食べるの好きなん?」
「…なんで?」
「だって、部活終わってきてくれるときいっつもなんか食べてるやん。おにぎりとか、肉まんとか」
「部活の後って腹減んねん」
「そっかぁ、そうやんなぁ」
「でも食べんのは、好き」

そう言った俺に、それからいつも何か差し入れをくれるようになった。手作りのクッキーとか、期間限定のコンビニのチョコレートとか。

初めて会った時はなんやこの女はって思ったのに、ふんわり話すその喋り方とか、俺に会った瞬間キラキラ輝くその笑顔とか、気付いたら全部に夢中になってもうてて。
多分俺は、我ながら単純なことに名前ちゃんに惚れてもうたんやと思う。俺のことをツムやと思って好き好き言うてくれる、名前ちゃんに。

「なぁ、侑くんってバレー部やんな?強いとこなんやろ?試合とかないの?」
「あるよ、今週の日曜も試合」
「え!そうなん?じゃあ私観に行こっかなぁ!」
「…あかん」
「えっ」

そのうち、もし名前ちゃんが俺がツムやないって知ったらどうすんねやろって思うようになった。俺がツムに負けることなんてない、そう思うけど、でも実際問題それとこれとは別。だって名前ちゃんは、最初っからツムが好きなんやから。俺のことなんか、存在すら知らんねんから。

「…観られると緊張するやん」
「えー?侑くんそんなん気にしなさそうやのに」
「…するよ、めっちゃする。好きな子に見られるんは別や」
「えっ!…へへ、…そっかぁ」

"好きな子"というワードに、名前ちゃんは分かりやすく照れた。ほんのりと頬を染めて笑うその表情が食べてしまいたいくらい可愛くて、たまらん。
…ツムにはとられたない。そう思って、ぐいっと抱き寄せると大人しく腕の中に収まってくれる名前ちゃんの首筋に顔を埋め、すんっと息を吸った。名前ちゃんはくすぐったそうに身じろいだ。


* * *


日曜日。今日も終わったら名前ちゃんと会えるし、中々の絶好調。試合は2セット目後半。既に稲荷崎が1セット取ってて、この試合もこのまま行けばうちが勝つ。そしたら名前ちゃんと会える。

ツムのサーブ。俺は頭を守るように手を後ろで組んで、真っ直ぐ相手方を見た。それで、そん時、たまたま。上の応援席にいた、名前ちゃんと目が合った。

「っ!」

びっくりした。名前ちゃんも、びっくりしてると思う。コートには、彼氏と、それとおんなじ顔の男がもう一人。そして周りの観客の応援や何やで、今サーブを打とうとしてるんが宮侑やってことも知ったんやろう。じゃあ今目が合ったのは、今まで宮侑やと思ってたんは誰?って。名前ちゃんが考えていることは容易に想像できた。

なんでやねん。観に来たらあかんって、言うたやん。

…気付けば試合は終わってた。結果は稲荷崎のストレート勝ち。まぁそれは、良い。試合が終わって、学校帰って、解散して。この後のことを思うと柄にもなく逃げたくなった。

いつも待ち合わせしてた公園に行けば、既に名前ちゃんの姿があって。俺は、ゆっくりそこに近付く。数メートル歩いたところで名前ちゃんも俺に気づいて、いっつもとおんなじように笑った。

「お疲れ様!…治、くん」
「…バレた」

バレてもうた。これが付き合った次の日とかやったら、こんな風には思わへんかった。やっと気付いたんか、アホやな、って。そうとしか思わんかったと思う。

「…ごめ」
「ごめんなさい!」
「え」

とりあえず謝ろうとした俺の言葉は、勢いよく頭を下げる名前ちゃんに遮られた。

「…怒ってへんの?」
「なんで?むしろ、私が、怒られる方やと思う…さ、最低なこと、したし…」
「…俺ら顔一緒やからなぁ」

一緒にはして欲しくないねんけど。そう思って未だ頭を下げ続ける名前ちゃんを覗き込んで、ギョッとした。名前ちゃん、泣いてる。

「なっ…ちょ、泣かんといてや」
「ごめっ…なさ、私、ほんま、最低で」
「俺も言わんかったから。最低やろ」
「でもっ、私、ずっと侑くんって呼んでて…治くん、嫌な顔もせんと、一緒におってくれたから…」
「俺な、めっちゃずるいねん」

俺はするりと名前ちゃんの頬に手を添え、そのまま持ち上げる。涙で濡れた名前ちゃんの目は街灯の光を受けてキラキラしているように見えた。はぁ、めっちゃ可愛いやん。泣いてんのにこんなん思ってる俺の方が、最低やない?

「…今日見たあれ、宮侑。俺の片割れ」
「双子の」
「おん。…で、俺は、宮治」
「治、くん」

ああ、彼女が俺の名前を口にする日をどれだけ夢見ていたか。

「…名前ちゃんが最初に一目惚れしたんは、ツムやのに…ごめんな、分かってんのに一緒におりたなって、ずっと言われへんかった」
「そんなっ…」
「最初は気まぐれで告白OKしてもうてん」
「っ、」
「ほんま、最低やろ。…せやのに名前ちゃんのこと好きになってもうて……ごめん」

俺の言葉を聞いて、ぐす、ぐすっと鼻を啜る音だけが響く。人のおらん公園でよかった。こんな遅い時間に、でかい男が女の子泣かせてるって、傍目から見たら白い目で見られるに決まってる。

俺は名前ちゃんの言葉を待った。ほんまのことは打ち明けた。俺の想いも言うた。後は、名前ちゃんがどうするか決めるだけや。

暫く名前ちゃんは泣いとって、それでも俺は黙って待ち続ける。そうして漸く落ち着いたんか、名前ちゃんは震える手でゆっくり俺の手を握った。

「前に…駅で、眠そうな目でスマホいじってる人おって、なんとなく気になって見とってん」
「?」
「で、暫くしたら鞄からおにぎり出して、食べ始めて…その瞬間、ぱぁああって、めっちゃ幸せそうな顔なって」
「それ…」
「ただのおにぎりやのに、そんな顔して食べる?って、その顔が忘れられへんくって、気になって、ずっとまた会いたくって」
「…俺やん」
「うん、そう…私、最初っから治くんに一目惚れしてん」

ずっと治くんしか見てへんかったよって。あん時告白受けてくれてありがとうって。そんな可愛いこと言われて、我慢できるわけない。俺は名前ちゃんの手を握り返して、そのまま抱き締めた。

「治くんっ」
「あっかん…ずるすぎやで、それは…」
「…怒ってへん?」
「…可愛すぎて、怒ってる」
「そ、れは…どうしよ…」
「名前ちゃん、目瞑って」
「え?」
「ほら、早く」
「う、うん…?」

言われて、名前ちゃんがゆっくり目を瞑ったのを確認して俺はその唇にかぶりついた。甘い。美味しい。

「ふっ、んんん」

こんな可愛くて甘くて美味しいもん、ツムなんかに渡してたまるか。そんなことを思いながら、俺は漸くちゃんと、目の前の名前ちゃんを堪能できた気がした。


20.11.08.
title by コペンハーゲンの庭で
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美沙様リクエストありがとうございました!
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