5万打フリリク企画 fin

ごっこ遊びを見せつける



「なぁ苗字、もしよかったら日曜…」
「名前ちゃん!日曜また試合あるけど来るよね?」
「え?うん、行く行く!差し入れいつものでいい?」
「うん、いつもありがとう」
「いえいえ」
「…あ、ごっめーんもしかして名前ちゃんに用だった?」
「あ、いや…やっぱいいわ…」

肩を落として去っていく隣のクラスのタナカくんを見送り、徹はその背中にあっかんべーと舌を出す。その様子を見て私はつい笑ってしまった。

「ねぇ、今私話してたんだけど」
「知らない!それより名前ちゃん今日スカート短くない?足出し過ぎ!」
「一段上げたのよく気付いたね」
「周りの男に見られてるからおろして!」
「はいはい…そんな徹くんもネクタイ歪んでますよ?ほら、ちょっとしゃがんで」
「…ありがとう」
「どういたしまして」

私の前では特に、徹は忙しい。毎朝朝練が終わってから授業が始まる5分くらいしかないのに、私の教室にやって来てはいつも大騒ぎしてまた帰って行く。
私がそんな徹を見送っていると、大抵後ろの席の花巻くんが呆れたように言うのだ。

「朝からうるせぇ奴…」
「あはは、朝練後なのに元気だよね」
「てかまじでお前等付き合ってないの?」
「え、うん。付き合ってはない」
「…わざと?」
「さぁ?」

ニコッと笑った私に花巻くんは「こわっ」って呟いた。

そもそも学校中で有名な徹と私の接点といえば、去年同じクラスだった、くらいだ。隣の席になって、よく話すようになって、その距離はどんどん近付いた。徹はかっこいいし、まぁ多少残念なところはあるけど優しいし、好きになるのに時間はかからなかった。

そして有難いことに、多分だけど、でもほぼ絶対徹も私のことを好きだと思う。呼び方が苗字さんから苗字ちゃん、そして名前ちゃんになった。私の好きなチョコレートをよく買って来てくれるようになった。髪を切ったり新しいヘアアクセを付けて行くたびに褒めてくれるようになった。そして今みたいに、他の男子と話していたら嫌そうに、でも絶対に声を掛けてくるようになった。それに優越感を感じて、もっとして欲しいと思う私はだいぶ面倒臭い女だろう。

「あ、ねぇ名前ちゃん!」
「あれっ、戻ったんじゃなかったの」
「言い忘れたけど香水変えた?いつものよりいい匂いだね!」
「あ、ありがとう」
「じゃあほんとに戻るね!また昼休みに!」
「はーい」

わざわざそんなことを言うためだけに、戻って来てくれたのか。なんてちょっとだけキュンとする。そしてこういうところがモテるんだろうな。ヒラヒラと手を振る私の後ろで花巻くんが「あっちもこわ」ってまた呟いた。


* * *


月曜日。バレー部の練習がなくて毎週放課後は徹が誘ってくるから自然に何も用事を入れなくなったし、誘われなくても徹の迎えを待つようになった。うちのクラスの方が先に終わることが多いのでいつもは大抵教室で宿題をしながら徹を待っているのだけど、私はこの時間が好きだったりする。
だけど今日は珍しく花巻くんのところに来た松川くんも入れて、三人で喋っていた。

「松川くんと花巻くんは一緒に帰るの?」
「今日はな」
「苗字は及川?」
「うん。いつも通り」
「にしても、それで二人が付き合ってねぇのおかしいよなぁ」

またその話?と花巻くんを見れば、松川くんも同意する。そんなこと言ったって付き合ってって言われたわけじゃないし、そりゃあ徹のこと好きだけど、今みたいに追っかけてこられるのは悪くない。

「まぁ及川もう彼氏みたいなもんでしょ」
「えー」
「満更でもないくせに」
「まぁ」
「告られ待ちって感じ?」
「そういうわけじゃないけど…」

でも、言うなら徹から言ってほしい。そう言おうとしたところで、ちょうど徹がうちのクラスにやって来た。
今の聞かれてたのかな、ってちょっとドキドキ。別に聞かれて困るわけじゃないけど、もうそのくらいの関係だと思うけど、でもやっぱり流石に恥ずかしい。

「おっす。何それ」
「さっき後輩の女の子に貰った〜差し入れだって」
「あらっ。いいの苗字?」
「え、なんで私」
「名前ちゃんがいるからって断ったんだけどねぇ」
「うわぁ」
「俺は名前ちゃんのだもーん」
「あはは」
「苗字笑ってるし」
「私も今日タナカくんにお菓子貰ったからみんなで食べよ〜」
「ちょっと何他の男からお菓子なんて貰ってんの名前ちゃん!」
「及川うぜぇ」

何となくこうなるかなって分かってたけどタナカくんから貰ったお菓子は没収されて、代わりに徹は自分の鞄から出したコンビニの袋を私に渡す。何これ?中を見てみると、期間限定のチョコレートが入っていた。
ほら。こういうとこだよ、徹。

「名前ちゃんが食べたいって言ってたやつ。見かけたから買っといたよ」
「嬉しい〜!いただきます!」
「一個ちょうだいよ」
「いいよ。はい、どーぞ」
「食べさせて欲しいなぁ」
「ええ?もうしょうがないなぁ」
「…何見せられてんの?俺ら」
「さぁ?」


帰り道。隣同士並んで歩く道は、毎週一回だけの特別な時間。隣で楽しそうに話す徹の話を聞くだけなんだけど、好きな人といられるだけでどうしようもなく嬉しいのだ。
それなのに、徹は急に「そういえば、」と切り出した。

「マッキー達と何話してたの?」
「え?」
「さっき」
「あー…うん」
「え、なになに」

思い出すのは徹が来る直前の会話。あまり聞かれたくなかった会話。何となく言い淀んでいると余計気になるのか、しつこく聞いてくる徹。これは、

「…聞いてたんでしょ」
「あ、ばれた?」
「顔がうるさいもん」
「辛辣」

そう言いながらニヤニヤ笑う徹は何にも気にしていないんだろう。むしろ嬉しい、とばかりに私の手を握ってきた。

「な、なに、この手!」
「ん?だめだった?」
「だめ、じゃ、ないけど…」
「…可愛いね」

ドキッ。急に低くなった声色でそう言う徹に心臓を掴まれる。いつもみたいにドキドキするけど楽しい、じゃない。ドキドキ100%の今はちょっと苦手だ。だってこれは私の心臓が保たない。
頭の中で花巻くんが「ほんとに付き合ってねぇの?」と言っている。

どう見ても彼氏でしょって行動をとる徹の顔が見れなくって、ひたすら自分の足元だけ見て歩く、けどしっかりと手は繋がれたまま。

「名前ちゃんさぁ、自覚ない?」
「へ?」
「俺がわざと彼氏面してるの楽しんでいるようですけど」
「な、に」
「名前ちゃんも大概彼女面してるよって」
「えっ」
「まぁその距離感になるよう仕向けたのは俺なんだけどね」

まるで私の頭の中を覗いているかのような徹の言葉に、足が止まった。
徹は、ずるい。たまにこうやって急に本気モードになると、周りにいじられている時みたいな雰囲気は一切無くなって何も言えなくなる。許してもらえない。
もしかしたら、この関係が変わるのはもうすぐかもしれない。結局私は徹の掌の上で転がされてたってわけ。

そう思いながら、私は近づいてくる徹の顔を見つめた。


20.11.20.
title by ユリ柩
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さと様リクエストありがとうございました!
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