5万打フリリク企画 fin

ふたりのこと



「絶対最初に結婚するのは名前だよね」

なんて言われた学生時代。当時からお付き合いしている彼とは社会人になった今も続いてるけど、あの頃とは生活リズムも何もかもバラバラ、会おうと予定を聞いてもどちらかが休みの日にはどちらかが仕事、それどころか連絡のタイミングさえ合わなくなって、忙しい彼に気を遣ってあまり自分から連絡を取ろうとしなくなった。

冷めたわけじゃない。会えるなら会いたいし、デートしたいし、何もしなくたっていつかみたいに一日中ずっと一緒にいれるだけでもいい。付き合い始めた頃は高校生だったしそれが普通だったのに。

少しずつ周りの友達が結婚しているのに焦っていたのもあると思う。休みなのに予定がなくて、実家に帰って整理していた時に見つけた高校の頃のノート。授業中なのに端っこに"黒尾名前"なんて落書きして一人ニヤニヤしていたのを思い出して、それをぎゅっと抱き締める。その時の気持ちと、現状とのギャップに少し胸が苦しくなった。


* * *


鉄朗と会うのは、いつぶりだろう。それすらも忘れてしまうくらい会っていないけど、相変わらず毎日バレーのことばっかり考えている鉄朗はそんなことあんまり気にしないのかな、なんて。
もしかしたら、忙しい中で私はめんどくさいだけの存在かもしれない。今は仕事に夢中で私はただただ邪魔かもしれない。そう思わずにはいられない。

"明日休めそう。名前予定入れた?"

それでも昨日貰ったメッセージを眺めながら、一人暮らしの鉄朗のマンションへ向かう。会えない期間どれだけマイナス思考になったって、やっぱり会えるとなったら嬉しかった。
今日くらい普通に楽しく過ごせたらいい。

「おはよ。迎え行けなくてごめん」
「ううん、ぎりぎりまで寝て欲しかったし」
「お陰様でよく寝れたわ」
「よかった」

オフモードの鉄朗は、大人になってから中々見られなくなった。いつもはバッチリスーツを着こなしているのに、お家デートの今日はラフな服装でそのギャップが可愛い。

「…久しぶり」
「うん…」
「座って待ってて、飲みもん持ってく」
「はぁい」

いつも通り部屋に上がって鉄朗がコーヒーを淹れてくれている間、私は鞄を置いて難しそうな書類が纏められている棚からはみ出ていた紙に気付き、何の気なしに抜き出した。どうせこれも仕事の書類か何かだろう、こんな風にしてるとなくしちゃうよ…なんて思ったのは一瞬。

自分の目を疑った。だってそこには、初めて見る、だけど何度も憧れた婚姻届があったから。

「ちょっ…!」
「わっ!」
「何見てんの!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…?」
「うっそだろ…えぇ…」

振り向けば、コーヒーが入ったマグカップを両手に固まっている鉄朗の姿。焦っている表情は珍しくて、多分これは今私が見つけるべきものじゃなかったことだけは分かる。そしてどくどくと心臓が騒ぎ出した。

「今?え、今見つけんの?」
「わざとじゃないってば…」
「いやちゃんと隠してなかった俺が悪いわ…でも…嘘だろ…」
「ごめん…」
「名前が謝ることではない…」

なんだ。何も不安になる必要なかったんじゃないか。鉄朗はしっかり私のことを見てくれていて、私との将来を考えてくれている。そしてこれも、きっと色々タイミングとか考えてくれてたんだろうな。ごめんね。でも、今私、すっごく嬉しいの。

隣に座っても見るからに落ち込んだ鉄朗は、本人は不本意だろうけど少し可愛い。それで、私は我慢出来ずに思わず笑ってしまった。鉄朗はやはり不服そうな顔で小さく睨んでくるけど、心なしかいつも好き放題跳ねている髪もしょんぼりしている。それがまた可愛くって、高校の頃より少し柔らかくなったその髪を撫でた。

「ね、鉄朗」
「…なんでしょう名前サン」
「それ…私と鉄朗の、って思っていいんでしょうか」
「…それ以外に誰がいんの」

私を見た鉄朗はまだちょっと拗ねたような顔してたけど、でもその口調はしっかりしたものだった。今度は鉄朗が私の手を取って、向き合う。

「いつも忙しくて会えなくてごめん。不安にさせてごめん。待たせてごめん」
「ふふ…ごめんばっかじゃん」
「ほんとはもっとカッコよくキメたかったんですけど」
「うん」
「…俺の奥さんに、なってくれませんか」
「ふ、ふふ…」
「どう?」
「…なります」
「泣いてんじゃん」
「…嬉しくって…」
「…良かった」

そう言ってやっと笑った鉄朗は、本当に嬉しそうに私の手をぎゅっと握ってくれた。でもその中に何がが挟まっている感覚がして、私の視線は繋がれた手に落ちていく。なにこれ。まさか。

もう一度鉄朗を見て、ニッと笑ったその表情はすっかりいつもの不敵な笑み。
ゆっくり開いてくれた手には…小さく輝く指輪があって。
まるでドラマのワンシーンかのように、流れるような手つきでそれを私の左手薬指に嵌めてくれた。

「また泣いてるじゃん」
「だってぇ…どっから出したの」
「予期せぬ事態にも機転を効かせる男なんで」
「かっこよしおかよ…」
「昔からそれよく言うけど誰から聞いたわけ?」

私の髪を掬って耳にかけてくれた鉄朗の顔は、いつの間にか距離を詰めていて。ゆっくりとくっついた唇は、そのまま何回かその感触を楽しんで離れていった。甘い。

まだまだ続く私と鉄朗の時間。それに飽きることなんてなくて、未だに毎日好きが更新されていく。
とりあえずやっと、"私の番"がやってきたことを皆に報告できそうだ。


20.11.01.
title by 星食
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由紀様リクエストありがとうございました!
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