5万打フリリク企画 fin

きみの術中



よう喧嘩する、レベルやなかったと思う。サムとは生まれた時から一緒、おんなじ顔やし何をするのもコイツには負けたない!って暇さえあれば言い合っとったけど、そうやなくて、その相手が高校で出会った、しかも女子なんて。

二年連続で同じクラスになった苗字名前は最初はいけ好かん奴やった。俺が周りにちやほやされてるのが気に入らないのか、初対面のときから嫌そうな表情を見せてくる、そんな女は初めてで。
表情だけやない、負けず嫌いで何を言ってもああ言えばこう言うからいっつも喧嘩してる名物カップル、なんて言われてんのも知っとる。

でも一つ言わせてくれ。俺と苗字は、

「付き合ってへんから!!!」
「な、…んやねん朝から大声出しよって」
「今日も一年の子に聞かれたんやけど!"苗字先輩と侑先輩って付き合ってるんですかー?"って!なんなんこの噂、なんとかしてよ!」
「はぁ?知らんわ言いたい奴には言わせとけばええやろ」
「嫌やわ!誰がこんな男なんかと!」
「校内一の人気者が相手やぞ、感謝しかないやろ」
「一番人気は治くんですぅー!」
「はぁ!?なんっでやねん、もういっぺん言ってみぃ!」
「なんべんでも言うたるわ!治くんの方がかっこええってな!」
「よう見てみぃ、おんなじ顔やろが!」

そう、この女。朝からギャンギャン騒ぐ苗字とは別に付き合ってへん。せやけど喧嘩しかせえへんのに一番一緒におる女も苗字なんは事実で、そっから誰かが面白がって言い出したんか何かで噂はあっちゅーまに広がってもうた。

それが名前は気に入らんみたいで、しかも俺に直接聞かれへん女共がみーんなこいつに聞きに来よるから、最近はそれだけで朝から不機嫌。
でも俺は別に気にしてへん。むしろ、もっとみんな言えって思う。
…だって俺、コイツのこと好きやし。

「…なんか…侑の方がアホっぽいやん。治くんのがクールやし」
「何言うてんねん、食いもんのことばっか考えてぼーっとしとるだけやろ」
「えぇー?そうか?まぁそれ以外も治くんのが上やろ!」
「おまっ…ちゃんとよく見てみぃ、侑くんの方が全部上じゃ!」
「!」

ずいっと顔を寄せると、途端に赤く染まる苗字の頬。眉は吊り上がっとんのに、口からは悪口が止まらへんのに、それとはおおよそ真逆の反応に心の中で思わずフッフと笑ってもうた。
毎度のことながら俺のこと大好きやのに素直じゃないんも、でもバレバレなんも、ほんっま可愛い。

最初こそお互い気に入らんくて本気で喧嘩しとったのに、いつの間にかその時間が楽しくて仕方ないようなってもうて。そんで、気付いた。コイツも俺も、お互いのこと好きなってるやんって。

喧嘩しつつ、たまに苗字が照れるくらいのことやって反応見て面白がる。そんな普通に毎日楽しくやっとったのに、その日はちょっとバレーで上手くいかんことがあって、いつもよりイライラしとって、その匙加減を間違えてもうたんやと思う。


* * *


「ちょっと!これ見てや、放課後屋上に来いって!べったべたすぎて呆れんねんけど!」
「え?なに、告白ちゃうん。こんなんでも好きなる奴とかおんねんなぁ、やったやん、彼氏できるで」
「ちゃうわ!どう見たって女子の字、アンタのファンやろこれ!」
「あ、ほんまや。ドンマイ」
「あああもう!ほんまいい加減にしてや、何回言うたら分かるんあの子ら!付き合ってへんて!」
「だから無視しとけばええやん、人の噂もなんとやらやでー」
「嫌やわ!なんで私が、こんな男と!」
「…うるっさいねん」
「…え?」
「…俺やって嫌やわ、こんな毎日突っかかってくる可愛ない女」
「えっ…」

言った瞬間苗字の顔が曇って、やばって思った。今まで意識して苗字自体のことは悪く言わんようにしてたから。せやのに虫の居所が悪い時に、苗字は相変わらず俺に全力で絡んで来て、つい、うっかり、思ってもないことを言ってしもうただけなんや。
苗字はよっぽどショックやったんか言い返してもこんくて、「…あっそ」ってそのまま自分の席に戻って行く。やばい、ほんまにやらかした。

そっからはタイミング見て謝ろうか思ったのに、苗字は全然こっち来んくてそれで余計に焦ってまう。怒ってんのか、それか傷付いてんのか。多分どっちもやろうけど。元はと言えばお前が吹っかけてきたんやん、って思わんこともないけどそれでもこのままで終わらしたくないのは、やっぱり惚れた女やから。

タイミングは計れないまま放課後になって、ようやく俺は動き出した。

「苗字」
「………」
「おい、無視すんな!苗字!」
「…何」
「何ちゃうやろ!ちょっと付き合えや」
「え!?あ、ちょっと!」

苗字の腕を掴んでそのまま教室を飛び出し、やって来たのは屋上。何事か理解できずに大人しく着いて来てた苗字は、目的地が屋上なんに気付いた瞬間暴れ出した。

「…嫌や!私帰る!」
「ええから来い」
「嫌、やって…!どうせアンタのファンしかおらんねんから!」
「…お前がなんとかしてよって、言うたやん。せやから俺がハッキリ言うたるわ。迷惑してんねやろ」
「…そ、れは…」

ガチャリと屋上のドアノブを捻れば既にそこには何人かの女が固まっとって、こっちを振り向いたら俺がおったからかキャアキャアと騒ぎ出した。

「侑先輩…!?」
「…お前等か?コイツ呼び出したん」
「え…っと、」
「聞きたいことあるって。コイツと俺が付き合ってんのってことやろ?」
「!」
「何回も聞かれて迷惑してるらしいからハッキリ言うわ。俺とコイツは別に付き合ってへん」
「そ、そうですよね…!あ、じゃあ、私たち侑先輩のこと、」
「せやけど」

一瞬見えた隣に立つ苗字は、眉を顰めて多分涙を堪えているんやろうぶっさいくな顔してて、それがほんまに…可愛くて。

「俺はコイツのこと、好きやけど」
「えっ」
「えっ」
「そんでコイツも俺のこと、めっちゃめっちゃ好きやけど」
「えっ」
「えっ!?」
「…な?」

横目で見た苗字はそれはそれは真っ赤な顔で、たこさんウインナーにでもなるんかいなってぐらい首元まで見事に染まっている。
口をパクパクさせて、「なんで…」とか「いつから、」とか言うてるのが面白くて、俺はまた笑った。

「…で。アンタ等、いつまでおんの?」
「え…」
「分かったら早よ、消えろや」

バタバタと駆けて行く煩い女共を見送り、今度こそちゃんと苗字に向き合えば涙目で俺を見上げてくるから溜まったもんじゃない。嘘やん、コイツ、まだ可愛くなんの?身長差のせいで自然に成立する上目遣いもコイツがやれば破壊力抜群で、柄にもなく俺も少し熱くなる。

でも、ここで決めへんかったら男やない。俺はグッと苗字に近付いて、そのまま抱き寄せた。少しでもこの熱が伝わるように。少しでもコイツが素直になれるように。

「…ずっと苗字が好きやねん。やから噂やなくてほんまに、付き合って欲しいねんけど」
「う、あ、えっ…」
「…返事は?」
「…わ、私も…ほんまは、侑のこと、好き…」
「やっと素直になったやん」
「…嫌や、いつから知ってたん…」
「そんなん、最初っからやアホ」

俺の胸に顔を埋めてぼそぼそと呟く苗字は見たことないくらいしおらしい。髪の隙間から見える赤い耳がまた可愛くって、やっと想いが通じたことが柄にもなく嬉しくって、俺はそこにゆっくり口付けた。

これからはもうちょい素直になってや、って心の中で祈りながら。


20.10.28.
title by 星食
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栞様リクエストありがとうございました!
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