5万打フリリク企画 fin

吐息にのせたアイラブユー


高校生のクロの部屋は夢とはちょっと違って、知らないものが増えていたりちょっと乱雑にプリント類が置かれていたり。でも昔から変わらないクロん家の匂いは、夢と一緒。
…だけどこれは夢じゃない、しっかりと現実なのだ。

研磨の家を出てから無言でクロの家に引っ張ってこられて、部屋で二人、向かい合って座っている。未だ掴まれたままの手首は熱いし早鐘の如く鳴る心臓は痛いくらい。沈黙が辛くって、でも言葉は出てこなくって。クロをまっすぐ見れない私の視線は天井を見たり床を見たり、忙しなく動いていた。

「名前」
「ひゃいっ」
「…何だよ"ひゃい"って」
「び、びっくりしたの!」

ああもう、バカ。いつも通りが出来ない。
だって長年募らせてきた片想いが、偶然たまたまクロ本人にバレてしまったのだ。しかも最悪の形で。
夢とおんなじようにクロも私のこと…なんて思っていない。そんな自信があったらもうとっくに告白してるに決まってる。

だって私の知っているクロは部活一筋で、そりゃあ元から要領の良い奴ではあるけどそれでも今彼女なんていらないに決まってる。そもそも幼い時から嫌なところも恥ずかしいところも全部見られてきた私をそんな風に思っていないのは分かりきっているし、優しいクロがもし今私を振った後どうやって今まで通り過ごせるのだろうか。いや、無理だろう。そうなってしまったらもう、お終いなのだ。

つまり私が今思うのはただ一つ。どうやって、さっきの悲劇を誤魔化すか。上手く切り抜けたい、ただそれだけだった。

「さっきの話だけど」
「…な、なんのこと?」
「え?いやだから、さっき研磨ん家で名前が話してたことだけど…」
「えぇ〜?お、覚えてないなぁ」

これはちょっと、流石に苦しい…のは分かってる。でも咄嗟にやり過ごす良い案は浮かばなかったのだから仕方ない。つい視線を合わせてしまったクロとの目線。その上の眉がぴくりと動いた。

「…夢の話、してただろ」
「え、そ、そうだっけ?」
「聞いてたんだけど」
「…クロの気のせいじゃない?」
「…おい、良い加減にしろよ名前」
「………」
「名前?」
「……わないで…」
「え?」
「言わないで…」
「は?」
「返事、聞きたくない…」

少し強くなったクロの口調に無意識にじわじわ涙が滲んで、クロがそれを見てギョッとしている。でもここまで来ても、私はどうしたらいいのか分からなかった。

「名前サン」
「………」
「おーい」
「ん」
「泣くなよ」
「泣いてない…」
「嘘つけ、泣いてんじゃん」

クロの手が伸びてきて、ぐいって乱暴に私の頬に伝った涙を拭ってくれた。そしてもう一度、しっかり私と目を合わすクロは心なしか笑ってる。なに、笑ってんの。その表情があまりにも優しくて、また私の心臓がドクドクと騒ぎ出した。

「俺、研磨ん家にばっかり行く幼馴染みに妬いたりフツーにしてますけど」
「え?」
「今年のクリスマスは点検で体育館使えねえし、あわよくばそいつと一緒にいれたらなぁとか思ってましたけど」
「!」
「…まだ言わせてくんねぇの?」
「うっ…」
「なぁ」
「…き、聞きたい…」

絞り出すように呟いた言葉は、きっとクロに届いただろう。眉を下げて笑うクロは、私の頬に手を添えたままゆっくりと親指でそこを撫でる。さっき、涙を拭ったように。今度はずっとずっと優しい手つきで。

「名前が好き」
「っ」
「夢の中の俺よりも幸せにしてやるから、付き合って欲しい」
「…うんっ!」
「おわっ」

嬉しくって、夢みたいで、思わずクロに飛び付いた私をクロは難なく受け止めてくれる。そこから感じる体温は、やっぱり夢じゃない。
本当に、クロと両想いだったんだ!あれは正夢だったんだ…!数分前まで死にたいくらい焦っていたのに、今は喜びで天にも昇る気持ち、とはよく言ったものだ。

「はぁー…研磨の部屋に入ったらずっと好きだった幼馴染みが俺との妄想話してたときの俺の気持ち、分かる?」
「も、妄想じゃなくて夢だし!」
「でも名前ちゃんがそういうこと考えすぎて夢になったんじゃない?」
「…揶揄わないでよ」
「ふっ…ごめん、嬉しすぎて」
「…うん」

それは、私もだけど。
慣れない距離にドキドキして、冗談でも言っていないと胸が張り裂けそうなくらい、甘い痛みに襲われている。
クロって、こんなに温かかったっけ。こんなにしっかりしてたっけ。しっかり男の子の身体になっているクロは、いくら今までずっと近くで見ていたからって実際に触れると昔の記憶と違いすぎてクラクラした。

「…クロ」
「なぁ」
「うん?」
「…名前で呼んで」
「…鉄朗?」
「ん」
「…すき、鉄朗」
「可愛すぎか」
「ずっと一緒にいてね」
「…リョーカイ」

私の言葉にニヤッと笑った鉄朗はそのままゆっくりと唇を寄せて、今度こそ本当のファーストキスを奪っていった。

20.10.21.
title by コペンハーゲンの庭で
50,000 hits 企画
蜜様リクエストありがとうございました!
- ナノ -