5万打フリリク企画 fin

花海とねむる



高校生から付き合っていて、それでもじゃあお互いのことは何でも分かっているかって聞かれたら、そんな訳ない。侑は基本的に単純だし、子供だし、でも簡単に扱える男じゃなかった。
大人になった今も、あの頃からずっと追いかけ続けていたバレーボールの道で生きている彼は今や隣になんていなくて、ずっとずっと遠いところにまで行ってしまったみたいだ。

なんとか今まで続いているけど色んなことが積み重なり、その間にもどんどん向こうは忙しくなって月に一回会えるか会えないかになったのはいつからだろう。寂しい、会いたい、その一言が言えない。だって侑の一番はバレーだから。
そんな状況で見た週刊誌の記事は、私の心を折るのには十分で。

"宮侑熱愛!お相手は美人モデル"

そんな見出しと共に、夜道を歩くツーショットが何枚か掲載された記事。見たくないのに、私は震える手でページを捲った。

「…見んかったら良かった」

で、結局こうなった。アホやな、私。


* * *


「久しぶりやなぁ」
「…やな」
「あかん、名前不足や…ぎゅってさせて」
「汗臭い、先シャワー浴びてや」
「なんか怒ってるやん」
「…そんなことないけど」

よりによって今日は侑と久々に会える日で、練習が終わって私の家にやってきた侑と私のテンションは真逆。それにすぐさま気付いた侑は、私を抱き締めようとした格好のまんま拒否されてムッと眉間に皺を寄せた。
その腕で他の女の人を抱き締めたのかと思ったら、いつもみたいに大人しくそこに収まる気にはならない。

…私の態度には敏感な癖にその理由は知らんのか、それともシラを切るつもりなんか。なんて嫌味を頭の隅に追いやり、私は出してきたタオルを侑に手渡す。その間もチクチクと胸が痛んで仕方なかった。

「浴びてる間にご飯用意するわ、あとあっため直すだけやねん」
「…おん。すぐ浴びてくる」
「別に急がんでええよ」

あの記事を見るまで、今日の朝までは私だって楽しみにしていたのに。こんな気持ちで侑と会うはずじゃなかったのに。そう思ったところでもう見たんやから後の祭り。

…あれ、ほんまなん。あの人、誰?侑にとっての何?もう私はいらんの?
モヤモヤと考えては聞けもしない想いを胸に、手を動かしてご飯を用意する私はなんて惨めなんだろう。
今の侑はテレビにも出てる人気のプロバレー選手で、私は普通に大学出て普通に就職した、どこにでもいるただの会社員。長年一緒にいて信じたい気持ちはあれど、もういい加減飽きられてしまった、そう考えるのが自然だった。

でもじゃあ私は大人しく引き下がれるのか。侑に振られても、最後くらい嫌われないように、しなきゃいけないのか。それは今日なのか。

「あ〜めっちゃいい匂い…」

ホカホカした顔でお風呂場から戻ってきた侑の声で、我に帰る。そしてそんないつも通りの侑に、無性に悲しくなって、

「…冷めんうちに、食べよ」

誤魔化すように無理矢理口角を上げた。だけど、それに騙されるような侑ではなかった。

「なんなん、今日の自分。なんかおかしいで」
「お、おかしくない…」
「何かあった?俺なんかした?」
「………」
「…何やねん、気分悪いな」

そんなん、私の台詞やわ。侑、浮気してるんちゃうん。それかもう向こうが本命で私が浮気相手?今日ここに来たんは、バレへんようにカモフラージュ?楽しみにしとったんは、私だけ?
聞きたいこと言いたいことは山程あるのに、一つも口には出てこない。私の煮え切らない態度に侑が段々苛立ち始めるのを感じて、俯く。

「…言わな分からんやろ」

その一言が、やけに鋭く私に刺さって。私の中で、耐えていた何かが溢れ出した。

「…これ」
「…なんやねん、これ」
「ここのページ。見て」
「あ?何で今そんなこと…」
「ええから」
「何やねん、どこ……ぁあ!?何これ!」
「…そんなん、私が聞きたいよ…」

ぽろりと涙が落ちて、それを見た侑が慌て出す。でももう、限界だった。

「…ひ、っぐぅ…っ侑が、…侑が悪いやん…」
「ちょ、待っ、名前」
「何で私が怒られなあかんの?侑が、浮気したから、っそれやのに、何もない顔しておるからっ」

一度流れ出したら、堰を切ったように溢れて止まらない。手首を引っ張られて侑の大きな腕の中に閉じ込められても、私はその広い胸を叩いてもがいた。可愛くどういうことなんて聞けない、それをするには時間が経ちすぎた。

「飽きたんなら、私なんか振ってしまえばええやんっ!それやのに!二股とか、最低っ…!」
「なあちょい待ち、名前、落ち着けって」
「侑のあほ!バレーばっかで構ってくれへんくせにっ、こんな、…っ」
「おい!聞けや!」

むぎゅって片手でボールを掴むみたいに、顔を掴まれる。きっと涙でぐちゃぐちゃで口が前に突き出したブサイクな顔を見つめて、侑は叫んだ。

「こんなん知らん!浮気なんかしてへんわ!」
「そ、そんなん嘘…」
「嘘やと思うか!?じゃあ電話したらええ、こんとき他の奴もおったし、お前が信じれる奴に聞いたるわ!誰や、言うてみぃ!翔陽くんか、ぼっくんか!?」
「ひっ…」
「言うとくけどなぁ!俺だってお前と会いたかったし、今日だってめちゃくちゃ楽しみにしとったし、そもそもこんなんなるはずじゃなかってんぞ!俺は今日プロポーズするつもりで」
「えっ」
「する…つもりで…………」
「………」
「………うわああやってもうたああ」

勢い良く怒鳴る侑に怯んでいた私だけど、聞こえてきた単語に思わず反応すればきっと侑はそんなこと言うつもりじゃなかったんだろう。勢いのまま自分が告げた言葉に気付き、自分でショックを受けて、そしてそのまま崩れ落ちた。

「侑…いま、」
「最っ悪や…こんな…もっと、いい雰囲気で言いたかったのに…」
「…ごめん」
「いや、…名前が謝ることちゃうけど…でも、うん…記事そのまま信じられとんのはめっちゃショックやわ」
「…だ、って…」
「寂しい思いさせとんのも、色々我慢させとんのも、分かっとった。でも、こんだけ一緒におるんやから…もうちょい俺のこと信じろや」
「……うん…」
「俺が好きなんは、名前だけやで」

侑はそう告げて、自分と私のおでこをぴったりくっつける。至近距離からの、昔から変わらない大好きな目は優しい色をしている。

「…結婚してくれへん?…俺だけの名前になってや」
「…なるぅ …!」
「よし」

ボロボロと零れ落ちる涙は、さっきとは違う意味のもの。今日は多分もう別れ話とかになって、それで終わりだって思ってたのに予想外の展開。
ずっとずっと自分の中に溜め込んでいたものがスッキリなくなって、嬉しくって、私は今度こそ自分から侑に抱き着いた。

「好き…侑、ずっと離さんといてな…」
「アホ、今更手離したるかい。お前は一生俺のもんじゃ」

そう言ってフッフと得意げに笑った侑は、まるで何かに誓うように私にキスをした。

「あー、やっと触れる…久々やねんから堪能させてや」


20.10.25.
title by ユリ柩
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望月様リクエストありがとうございました!
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