5万打フリリク企画 fin

だめな僕をどうか許して



彼氏の信介くんは、何でも"ちゃんと"する人だ。当たり前のことを、当たり前にやる。それって普通のことのようで実は難しくて、私は付き合う前からそんなところを尊敬していた。けど。

「えっ」
「あ、知らんかったん?」
「…うん」
「言うてそんな時間かからんと思うけどな」
「……うん」


* * *



今日は土曜日で学校は休み。普段は部活で忙しい信介くんとは中々遊んだりできないけど、珍しく午前しか部活がないから会おうと誘ってくれたのは今週の頭だった。半日でもデートなんて久しぶりで、その日から毎日ウキウキワクワク、今日だって待ち合わせ場所に30分前には着いてしまった浮かれ具合である。

スマホに信介くんからのメッセージを受信したのは待ち合わせ10分前。確認すると、"悪い、ちょっと遅れそうやわ。どっか入って待っといて"と遅刻の連絡だった。

あれれ、珍しい。部活、長引いてるのかな。まぁ仕方ないか。そう思いつつも早く会いたくて、信介くんからの連絡に気をつけながらも待ち合わせ場所から学校の最寄り駅まで向かった私は、そこで男子バレー部の大耳くんと尾白くんに遭遇したのだ。

「あれ、苗字」
「あ、二人ともお疲れ〜。部活は終わったん?」
「おん。もうとっくに終わってんで、俺ら昼飯食ってきたとこ」
「えっ…」
「信介待ちか?」
「うん…そうやねんけど、遅れるって連絡来てて」
「あー、そういえば帰る時女バレの主将がコーチになんか運ばされとったから、手伝いに行っとったわ」
「えっ」
「あ、知らんかったん?」
「…うん」
「言うてそんな時間かからんと思うけどな」
「……うん」

そう言って笑顔で別れを告げて去っていく二人を見送って、私は駅の改札出口でまた信介くんを待った。二人が言ってたことを聞いてちょっとだけモヤっとして、でもそんなの普通のことじゃんかと思い直す。そりゃあ困っている人がいたら手伝うことくらいある。それが女の子じゃなくても、たとえ男の子や先生だとしても、手伝うのが信介くんだ。

だけど楽しみな気持ちで浮かれっぱなしだった気持ちが、少しだけ萎んでしまったのを感じた。…早く信介くん、来ないかな。そしたらこんな気持ち、すぐになくなるのに。

それからまたしばらく待って、連絡が来ないスマホを見つめて…ってしていたら、「名前?」待ち望んでいた声が聞こえて、反射的に顔を上げる。

「信介く!…ん…」
「ここまで来てくれたん?すまん、えらい待たせてもうたな」
「いや…大丈夫、お疲れ様」

待ち望んでいた信介くんなのに、その隣に女バレの主将がいたことに笑顔が引きつるのが分かった。

「あ、北くん、今からデートやったん?それやのにほんまごめん、でも助かったわ」
「別に普通のことしただけやし全然ええで。じゃあ、気をつけて帰りや」
「うん。ほなまた学校で!」

目の前で行われるやり取りに、顔が歪む。…分かってる。信介くんは、手伝いをしてあげてただけ。
でも私が一人でここで待っている間あの子は信介くんと一緒にいられて、それで、もしかしたら今日楽しみにしていたのは私だけだったのかもなんて酷い被害妄想までしてしまう。

「名前?」

それからあまりにもぼんやりとしてしまって、私は信介くんに呼ばれるまで全く会話すらしていないことに気付いた。

「どうしたん?待たせたから疲れてもうた?」
「…ううん」
「ならどうしたん?なんかあったんか?」
「…なんかあったっていうか…」
「なんかあったなら、ハッキリ言いや」

ピシャリと言われた言葉は、信介くんのいつも通りのトーンなのに今はやけにキツく聞こえてしまって。私は思わず、モヤモヤしていたことを口にしてしまった。

「…私、今日楽しみにしとったのに」
「それは俺もやで」
「…せやのに、信介くんは、他の女の子と楽しそうにしとった…」
「重いもん運んどったから手伝っただけや」
「…ほんまに?ほんまはあの子とおる方が、信介くん、楽しいんちゃう?」
「アホか、んなわけないやん」

信介くんが言ってることは間違っていないのに、分かってるのに、自分の気持ちを少しも理解してくれないことに胸の中の真っ黒い何かが大きくなる。

「せやったら私のこと待たせてんの分かってあんな風に二人で帰ってきたりしやんといてよ!…私の方が、先に約束しとったのに」
「普通に道一緒になっただけやろ?それに困ってる人がおったら手伝うのも当たり前やん」
「…分かってる、けど」
「じゃあ名前は困ってる時に誰にも助けてもらわれへんくてもええんか?」
「…嫌や、けど…!」

信介くんが小さくため息を吐いた。投げられる正論に、じわじわと涙が滲む。分かってる。私が言ってるのは、ただの我儘。でもそうじゃなくて、私は信介くんに気持ちを少しでも分かってほしかっただけで、今欲しいのはそんな言葉じゃなくて。

「もういい、帰る」
「まだ話してる途中や」
「今日は話したくない!」

結局私は耐えきれなくなって、そのまま信介くんを残して走って逃げてしまった。
しばらく走って、後ろを振り返ってみたけど当たり前に信介くんの姿はなくて、それで更に涙がぼたぼたと落ちてくる。ああ、こんなはずじゃなかったのに。
そのまま真っ直ぐ家に帰って、ぼふんとベッドに飛び込んだ。

それからどれくらい時間が経ったんだろう。もしかしたら少し眠っていたのかもしれない。インターホンの音で意識が浮上して、無視しようとしたけれど何度か鳴らされるそれに私はのろのろと玄関へ向かった。

「信介くん…」
「おるやんか」
「………」

さっき会ったときとは違い私服姿の信介くんは、一度着替えに帰ったんだろう。私はせっかく気合を入れて選んだ服もそのまま寝てしまったせいで少し皺になっていて、それがまた悲しくさせた。

「人と話してる途中で逃げたらあかんやろ」
「………」
「名前」
「うん…」
「まだ怒ってんのか?」
「………」

怒ってるんじゃなくて、悲しいんだけど。そう言ったら、信介くんはどんな顔をするんだろう。でも私は自分の気持ちをうまく伝えられなくてやっぱり口を噤んだ。

「…俺は別に間違ったことはしてへんと思ってんねんけど」
「………」
「でも、…名前が面白くなかったんも、分かった。やから、ごめんな」
「え…」
「何で分かってくれへんねんやろって思ったけど、でも俺が逆に待ってた立場やったら、おもんないってちょっと思うかもしれへんって分かってん」
「…う、ん」
「せやからごめんな、名前。せっかく今日楽しみにしとったのに」
「う、うっ…ごめんなさいぃ」

優しくなった信介くんの声に、気付けばまた涙が溢れた。ゆっくり私を抱き締めてくれる信介くんに、くだらない嫉妬で抱いたモヤモヤが浄化されていく。ああこんなことで今日の時間を無駄にしちゃったなんて、勿体ないことをしたなぁとすら思えた。

ゆっくり、背中を手でポンポンとしてくれる信介くんに安心して、顔を上げると穏やかな顔の信介くんと目が合う。そのまま数秒見つめ合って、一瞬だけ唇がくっ付いた。

「…これ以上は、外やからあかん」
「う…ほんなら…私の部屋あがる?」
「ええんか?」
「うん…信介くんと一緒にいたい」
「せやったらお邪魔するわ」

だってあんなに楽しみにしていた一緒に過ごせる貴重なお休みだし。まだ終わりになんてしたくない。
今から始まる甘い時間に、私はまた期待で胸を躍らせた。

20.10.23.
title by 朝の病
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m様リクエストありがとうございました!
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