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夜更かし



「え、それ食うの?」

 暗闇に響いた声にビクンと肩が跳ね上がった。反射で振り返れば声の主である鉄朗がそこに立っていて、暗くてもわかる……半笑いの表情は『こいつまじか』って思ってんでしょどうせ!
 悪いことがバレたみたいな気持ちになって沈黙。だけど結局手の中にあるカップラーメンの誘惑には勝てず、私はそのまま立ち上がった。

 「起きてたの?」なんて、質問に質問で返してしまったのはなにも意図せず。それに鉄朗はやはり苦笑いで、「なんか物音するから目が覚めた」って答えてくれた。

「ちなみにそれ、カロリー高めの特盛りラーメンですけど」
「……」
「ぶっ、ふは、……悩んでる悩んでる」
「……鉄朗も一緒に食べる?」
「巻き添えにするんかーい」
「い、一緒に食べれば」
「怖くない?」
「それ!」
「しっかり俺らの身体に半分ずつカロリーが蓄積されてくけどね」
「……」
「まぁ、お供しますとも」
「鉄朗……!」
「可愛い彼女の頼みだし?」

 電気ケトルを手に取る鉄朗は、いつもより眠そうな顔で笑う。そりゃそうだ、寝てたところを起こしてしまったのだから。
 いつもはバッチリ決まっている髪も今はそのなりを潜めていて、まだ眠りに着いてからそこまで経っていなかったことがわかる。
 そう思うと起こしてしまって、しかも付き合わせてしまって申し訳ないなぁって思うのに、明日は珍しく二人とも揃ったお休みだし。それが免罪符となってしっかりと二人分の箸を準備する私。

 同棲してもう結構経つけど、こういう夜は珍しい。私も鉄朗も比較的夜は早く寝る方で、『良いパフォーマンスは良い睡眠から』なんて、バレー部の主将とマネージャーであった高校の時からお互いのそういうところは変わっていなかった。

 でもだからこそ、こういうことをしているとまるで修学旅行の夜みたいなワクワク。大人になってもこれはどうなんだって感じだけど、ちょっと楽しいことを素直に認めれば夜中にカップラーメンを食べる罪悪感も少しなくなる。いやあるけど。

「すげえの買い置きしてたね」
「あれ、知らなかった?」
「うん、今初めて知った」
「そっかぁ。普通に鉄朗の分もあるんだけど」
「いや、今は一個にしときましょうよお姉さん」
「はぁい」

 お湯が沸けるまでの間、ぽつぽつと交わされる会話。キッチンに二人並んで、だらんと垂れ下がった手に私のそれを絡めれば横目でこちらを見た鉄朗も同じように指を絡めてくれる。
 ぎゅ、ぎゅ、って握ったり開いたり、たったそれだけが心地良い。だけどお湯が沸けてしまえば自然にその手は離されて、ケトルの持ち手に奪われてしまった。

「それはなんていう顔?」
「え?」
「腹ぺこ?」
「は、……ふふ、なに?」
「変な顔してるから」
「してないよ、失礼な」
「いーやしてたな」
「してない」
「してた」
「してない」

 カップにお湯が注がれて、ここからまた三分。するとまたさっきみたいに繋がれた手は、まるで小さい子をあやすようにさっきより強めに握り込まれる。
 かと思えば私を覗き込んだ鉄朗と目が合って、無言で三秒。え、なに。あと一秒遅かったらそう聞いていた。実際は唇に奪われてしまったけど。

 ちゅ、って一瞬触れ合った唇はすぐに離れて、それからまたひっつく。突然のキスに目を閉じるのも忘れていると、視線が合ったままの鉄朗が低い声で「好き」って呟いた。

 なに、急に。そう思うのにドキドキと高鳴る心臓は正直だ。

「……」
「……なに」
「いーや? 嬉しそうだなって」
「……」
「わかりやす」

 鉄朗がくくっと喉を鳴らすのと三分でかけていたタイマーが鳴るのは同時だった。すると真夜中の静寂の中にあったなんとも言えない甘い空気は弾けたように消えて、いつもの私たちに戻る。

「ほら、食お」

 それがちょっぴり寂しい……なんて思いながらも、目の前に出てきた良い香りには敵わなかった。


22.05.01 -
title by コペンハーゲンの庭で
ひらがな44題より(よ)「夜更かし」

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