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曖昧



放課後。男子バレー部の練習を見学する私は、特に部活動に所属しない帰宅部だ。三年になったばかりの頃、仲良くなったバレー部主将の黒尾が「興味あるなら見にこれば」って言ってくれて、今ではすっかりその言葉通り見に来るのが日課になってしまった。

何を隠そう私はその黒尾に恋をしていて、特にマネージャーを募集していない(希望すれば入れるのかもしれないけど、もう三年だし)バレー部を見れるこの時間は一日の中の重要度でいえばかなり高いところにある。

いつも定位置からその練習風景を眺めている私に、黒尾はたまに視線をやって笑ってくれたりするもんだから私の心臓はいつも忙しい。レシーブやブロックを決めた黒尾は特にかっこよくって、こんなところを他の女子が見たらみんな黒尾のファンになってしまうんじゃないかと心配になる程だった。

「あ、終わった」

一日の練習が終わって、バレー部のみんなが部室に戻っていくまでが私の見学時間。今日も無事そこまで見届け、黒尾は多分いつも通りこの後も自主練していくけど、そんなところまで見ていくのは図々しいんじゃないかといつもここで帰ることにしている。

「黒尾!おつかれ!」
「お、帰んの?」
「うん。そろそろ帰る」
「送ってくわ」
「えっ」

だから、こんなことを言ってくれたのは初めてだった。私は自分より大分と背の高い黒尾を見上げて、「でも、」と上擦った声を出してしまった。

「自主練、いいの?」
「最近オーバーワークだって怒られちゃったからねー。今日は大人しく帰れって言われてんの」
「あ、そうなんだ」
「着替えてくるからちょっと待ってて」

え、ほんとにいいの?嬉しい。わかりやすく顔に出ちゃってたのか、黒尾は意地悪く口端を上げて笑いながら、部室に戻って行った。


「腹減った、なんか買って帰ろうぜ」
「い、いいけど、なんかって?」
「肉まん」
「黒尾の奢り?」
「バイトもしてない高校生男子のお財布事情舐めんなよ」

なんて言いながらも、コンビニのレジで肉まんを二つ注文してる黒尾に、私をどれだけ浮かれさせれば気が済むのかと尋ねてみたい。

「ほい」
「あ、ありがと」
「身体で払ってネ」
「なっ…!セクハラ!」
「荷物持ちだけどー?なーに想像しちゃってんの?」

ニヤニヤ笑う黒尾は、ほんとに意地が悪い。顔を赤くして怒る私に、「えっち!」なんてふざけて返してきながら、私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「ちょっと!髪ボサボサなんだけど!」
「いいじゃん、似合ってるって」
「黒尾にもおんなじことしてやる!」
「ちょ、俺の大事なセットが崩れるからやめてくださいー」
「寝癖のくせに!」

このやりとりが本当に楽しくって、私は今世界中の誰よりも幸せなんじゃないかと思った。ぶっちゃけ、脈はあると思う。何にも思ってない女子に、ここまでしないでしょ、なんて思っちゃってる。

それでも私はまだしばらく今のこの曖昧な関係に浸かっていたくって。
核心に触れる言葉を、今日も言えずにいるのだ。

「ねえ黒尾」
「ん?」
「明日も練習、見に行っていい?」
「いいよ、お前毎日来てんじゃん」
「ふふ。そうだね。私が来ると黒尾テンション上がるもんね」
「いやァ調子乗ってっけど、俺のカッコいい姿見てテンション上がってんのはそっちだろ?」

今日もまた。今はまだ。



19.11.28 - 22.05.01.
title by コペンハーゲンの庭で
ひらがな44題より(あ)「曖昧」


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