短編

夜に解けるビー玉みたいな




烏野高校男子バレー部マネージャーの2年生、苗字名前。入って二年目、最近は色んな学校との交流も増え、ついにこの夏、はじめての合同合宿に来ております。
一年生も入り、私から見てもみんな進化していってると感じる。それでも毎日厳しい練習、気力を奪っていく高い気温。選手ほどじゃないにしろ日中動き回ってサポートに回る私も、初めての環境だということもあって体力的にかなりキツいと感じていた。

そんな合宿の三日目、明日で折り返し。練習もご飯もお風呂ももうみんな済ませた時間。マネージャー部屋ではまだまだ女子トークに華を咲かせる中、私は飲み物を買いにそこを抜け出した。
暗い校内を、記憶にある自動販売機の方向への歩く。こわいなぁ、誰か着いてきてもらえば良かったかなぁ、なんて思うと自然と早足になった。

「あれ?烏野のマネちゃん」
「ぴゃ!!!」

本当に、心臓が止まるかと思った。曲がり角から急に現れた人影に声をかけられ、見上げるとその声の主は音駒の主将さんだ。

「おつかれー」
「あ、お疲れ様です!」
「てか"ぴゃ!!!"って…!」

私のさっきの奇声はバッチリ聞かれていて、主将さんは肩を震わせて笑いを耐えている。いや、耐え切れていないけど。若干の羞恥を感じながらも、我ながらさっきのはないなぁって思ったのでそこには触れないでいた。

「えと、音駒の主将さんですよね」
「あれ、よくわかったね」
「え?」
「風呂上がりだと気付かれねーんだよなぁ」
「あ、髪…」
「そ。あ、俺、黒尾。黒尾鉄朗デス」
「私、二年の苗字名前です」
「名前ちゃん。よろしくね」

うわぁ、男の人に名前で呼ばれるの、初めてかも。

「えと…よろしくです、黒尾さん」

動揺を悟られないように、私も同じように返事をする。さすがに他校の主将さんを名前で呼ぶことなんで出来なかったけど。

「名前ちゃんももしかして自販機?」
「あ、そうです。黒尾さんもですか?」
「うん。先輩が奢ってやるよ」
「え、い、いいですよ!そんな悪いです!」
「ほら、お近づきの印に」
「へ………」
「他の奴らには内緒な?」
「あ、…はい」

そのまま一緒に隣を歩く黒尾さんのお陰で、さっきまで感じていた恐怖なんかも消えていた。本当にジュースを奢ってくれた黒尾さんが、昼間の練習試合のときみたいなのじゃなくって何の含みもない笑顔をしていて、ほんの少しだけドキッとした。


そして次の日も、そのまた次の日も、夜同じ時間に部屋を抜け出すと黒尾さんが必ず同じ場所に立っていた。なんとなく、会える気がして。約束はしてないけれど、このほんのちょっとの時間が待ち遠しくなってしまった。

「黒尾さん、やっぱりお風呂上がりは雰囲気変わりますねぇ」
「最初スルーしたのにそこ触れるんだ」
「あ、すいません」
「いや、いいんだけど…こっちの方がカッコいい?」
「え!?…ど、うでしょう…」
「マネ部屋ってそういう話したりしないの?」
「うーん…結構しますよ」
「まじで。気になる」
「えー、誰がかっこいいとかそういうのです」

ジュースを買った後、いつも階段のところに座って少しだけお話しする。内容は大体部活のことで、今日は誰々が調子良かったとか、こんなこと言ってたとか、そんなたわいもない話。

「名前ちゃんは?誰推し?」
「…だ、誰推し…と言いますか、」
「黒尾さん、って言ってくんねーの?」
「え!……えー…と」
「なーんて、冗談…」
「…そう、言いましたけど…」
「……それって期待していいやつ?」

いつもの感じと少し空気が変わったのがわかる。既に心臓はバクバクいってるけど、私は隣に座る黒尾さんをを見て─────息を飲んだ。

顔が、近い。

「黒、尾さん…」

思わず目を瞑って身構えた、けど。

「…………っ」

予想していた感覚はいつまでも落ちてこないで、ゆっくりと目を開ける。
するとさっきより少し距離をとった黒尾さんが気まずそうに視線を逸らしていて、何か勘違いしたことに気付いた。うわ、私いま、期待してた…?恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
私は直前までの自分を思い浮かべて今更ながら顔に熱が篭る。

「…そろそろ部屋、帰ろっか」
「…はい」

こうしてなんとも微妙な空気のまま、私たちはお互いの部屋に帰ることになってしまった。




「…お、来た」
「…お疲れ様です」

次の日の夜。もう黒尾さんは来てくれないんじゃないかと思ったけど、変わらずそこにいた。そのことに安心をしたけれど、今日はここで過ごす最後の夜。正真正銘、二人で会うのもこれが最後だった。

いつも通りなんでもない話をしながらジュースを買って、階段に向かう。そこまでは良かった、いつも通りだったから。でも階段に座った途端、昨日のことを思い出して…黒尾さんもそうなのか、お互い黙り込んでしまい沈黙に包まれる。
今日で終わり、なのに。焦れば焦るほど何も言葉が出てこなくて、さっきまでどうやって話していたか思い出せなかった。先に口を開いたのは、黒尾さん。

「昨日……ごめんな」
「え……いえ、」

まさか昨日のことに触れてくるとは思わなかった。

「えと、目を瞑ってこっち向いてる名前ちゃんが可愛くって…つい、我慢できなくなりそうだったんだけど」
「っ」
「でも、順番ミスったらダメだよなぁって思いとどまって………あの、明日には烏野帰っちゃうから、言っときたいんですケド」
「はい…」
「俺は、名前ちゃん推しだから」
「へ?」
「名前ちゃんも、俺推しだったら嬉しい」
「な、んですか、それ…」
「昨日の続き」

隣を見上げれば、黒尾さんは赤くなりながらニッと笑ってる。でも、赤いってことは。冗談じゃない、そういうことだって捉えていいんだよね?

「私も…黒尾さんがいい、です」
「…まじでその顔反則だからな」

そのまま、黒尾さんの顔が近づいて…昨日はできなかったキスをした。柔らかく、私の唇の感触を確かめるように何度も啄まれるその口づけは酷く優しい。漸く離された時には私は力が抜けていて、黒尾さんにもたれかかるようになっていた。

「あーー…離したくないわ」
「……私も、です」
「澤村クンに、名前ちゃんうちに頂戴って言ってもいい?」
「……澤村さん、怒ったら超怖いですよ」
「それでも欲しいんだけど」


先ほどまでとは打って変わって和やかな空気が流れる。明日には私は宮城に帰らなきゃいけなくって、しばらく黒尾さんにも会えない。部活では敵同士。それでもなんだか黒尾さんとなら上手くやっていける気がした。そんな夏合宿だった。



19.12.12.

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