短編

策士のメソッド




クラスメイトの赤葦くんが、もうすぐ誕生日らしい。この情報を何気なく世間話に出してくれた友人を、これほど感謝したことがあっただろうか。

何を隠そう赤葦くんは、私の好きな人。二年になってから同じクラスになって、周りより大人びた雰囲気に惹かれた。ただそれだけで、特に私と赤葦くんの間に接点があったわけではない、ただのクラスメイト。その関係に少し動きがあったのは、夏休み明け、席替えで赤葦くんと隣同士になれたのがキッカケだった。朝挨拶したり、テストの範囲を確認しあったり、他愛もない会話だけど少しずつ話せるようになれたのが私にとって大きな進歩だった。

「あ、赤葦くん、おはよう」
「おはよう苗字さん」
「あの、さっきたまたま聞いたんだけど、赤葦くんってもうすぐ誕生日なの?」
「うん。12月5日」
「へぇ、…ふ、冬生まれっぽいね」
「そうかな?」

首を傾げた赤葦くんを見て、なに自分意味不明なこと言ってるんだ!と心の中で叱責した。それでも私は、誕生日の話題という名の、こちらから話しかける滅多にないチャンスに必死なのだ。

「誕生日、は、どういうご予定?」
「うーん…別に普通に学校もあるし、部活して帰ってケーキ食べるくらいかな」
「そ、そうだよねぇ」
「どうして?」
「いや…なんとなく?」
「ふふ…苗字さん、変だね」
「ええ!?ど、どのへんが?」
「なんか、俺と話す時いつも挙動不審だから。見てて飽きないよ」
「そ、れは…喜んでいいのか悪いのか…」
「褒め言葉のつもりだけど」



なんて、あの時私にしては頑張った会話をしたもんだ。ちょっと無理があったけど、誕生日について触れたんだから。これを渡しても、別に変ではないはず。

赤葦くんの誕生日当日。私の手にはしっかりと誕生日プレゼントが入った紙袋が提げられていた。中身は面白味もないスポーツタオルだけど、まぁ"ただのクラスメイトから貰うんだからこれくらいでちょうどいいでしょ"なんて、心の中で自分を奮い立たせるだけの言葉を何回呟いただろう。
そこまでしても何とか赤葦くんにプレゼントをあげたかった私。大好きな赤葦くんと誕生日、お祝いしたい。でも誰かいるときに渡すのはなんか恥ずかしいし、そうなるとそのタイミングは掴めず…遂に放課後になってしまっていた。

隣の赤葦くんをチラリと見ると、ちょうど席を立って鞄を持ったところで。"ああこのまま部活に行ってしまう!"焦った私は、今日まだ一度も出せていない勇気を振り絞って、赤葦くんを呼び止めた。

「赤葦くん!」
「どうしたの、苗字さん」
「あ…あのね、えと、その…」
「?」
「た、誕生日!おめでとう!」

言えた!赤葦くんを見ても、その顔は普段と変わらず感情はわからなかった。

「覚えてくれてたの?」
「ま、前、話してたよね」
「うん。あんなの忘れられてると思ってた」
「そ、そんな…あ、それでね。これ…」

おずおずと誕生日プレゼントが入った紙袋を差し出す。少し手が震えていた。中々受け取ってもらえなくて不安になって赤葦くんを見やれば、右手で口元を覆った状態でそれをジッと見つめていて、その頬は薄っすら赤みがかっている。嫌がられてはいない…かな?
普段の赤葦くんを考えればこれくらいのことで別に嫌がったりはしないはずだし、普通に"ありがとう"だなんて言って、受け取ってくれそうなものだけど。それでも迷惑だったかも、と少しでも考えてしまうのはきっと私がこの人に恋をしているから。

「赤葦くん…?」
「あ、ごめん。嬉しくて固まってた」
「え…あ、赤葦くんでもそんな反応したりするんだね」
「ふ、どういうこと?」

あ、赤葦くん笑った。紙袋を受け取ってくれたその表情は私でもわかる、喜んでくれてる。

「まさか、本当に貰えるだなんて。試してみる価値はあったな」
「試してみる…って?」
「俺の誕生日を、さりげなく苗字さんに伝えてもらう作戦」
「え?」
「どうしてか、わかる?」

言われたことがよくわからなくて、素直に首を傾げた。

「苗字さんに、誕生日祝ってもらえるかなって」
「な、…どう、して?」
「どうしても祝ってもらいたかったから」
「…どうして?」
「少しは苗字さんも考えてよ」

私を見つめる赤葦くんは、もう普段の表情に戻っている。わかんないよ。だって私、赤葦くんにそうやって真っ直ぐ見られるだけで、冷静に考えることすら出来ていないのに。そもそも声をかけるところから、いっぱいいっぱいだったのだ。私の頭はもうとっくにキャパオーバーである。

「じゃあヒントね。俺、今日苗字さん声かけてくれないのかなって、ずっと待ってたよ」
「嘘だぁ…」
「…もしどうしてなのか正解聞きたかったら、部活、終わるの待っててよ」
「え、」
「教えてあげるから、一緒に帰ろう」
「え、あ…はい!」
「これ、ありがとう」

返事は反射的だった。私の返事に満足気に頷くと、今度は本当に教室を出て行ってしまった赤葦くん。バレー部って、何時までやってるのかな。私、どこにいればいいのかな。

顔が熱い。きっと面白いくらい赤くなってるんだろう。さっきの赤葦くんの言葉を思い出して、ちょっと期待してしまう私はかなり図々しい。でも、それくらいしか思いつかないのは、私の頭が悪いせい?考えたところで正解なんてわからなくて、また数時間後に対峙する赤葦くんとの時間を想像しては悶えるしかできないのだった。



19.12.05.
赤葦 京治 2019's birthday.

- ナノ -