短編

焦がれ焦がされる日々



「あ、おはよ夜久」
「あけましておめでとうございます、だろ」
「……あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」
「夜久、早くない?」
「コラ」

 とくん、と心臓が跳ねた。全く痛くないチョップを頭に受けて、反射で目を瞑る。すぐに瞼を押し上げればやっぱり、呆れ顔の夜久がそこにいて、新年早々夜久を呆れさせてる私ってって反省。このあと沢山疲れるんだから今くらい休ませてあげなきゃなのに。

 ぐるぐる巻きのマフラーに顔を埋めた夜久は鼻の頭を赤くさせて、随分寒そうだ。まだ待ち合わせまで三十分以上あるのに。夜久らしくない、時間間違えたのかな?

「苗字も早いじゃねーか」
「オールしてそのまま来たからね」
「は?」
「さっちゃん家でみんなで年越しパーティーして、そのまま来た」
「……不良娘め」
「ぶはっ、不良って……夜久おじいちゃんみたい」
「あ?」

 夜久に並んで前を向けば、私たちと同じように初詣に行くんだろうか。同い年ぐらいの男女グループがワイワイと賑やかに前を通り過ぎていった。

「…………」
「…………」

 なんとなく無言。みんなが来るまで、まだ最低でも二十分はあるだろう。次に来るのは誰だろうか。海かな、それとも芝山あたりかな。
 音駒高校バレー部のメンツで初詣。「元旦まで集まって顔合わせるなんて、物好きかよ」って黒尾が笑いながら言っていたのを思い出し、だけど私は提案してくれたリエーフにこれ以上に感謝したことはなかった。
 マネージャーである私も当たり前に参加し、こうして夜久に会えている。もしかしたら夜久が一番に来るかもって。そんな根拠のない微かな希望を持って、予定より早くさっちゃんの家を出てきたのだ。本当にその通りになった、今年は幸先の良いスタートだ。

「……眠くねーの?」
「うーん……今はそんなに。アドレナリン出まくってるから」
「夜中に出歩いてないだろうな」
「ふっ、ふふ、夜久お父さんじゃん」
「誰が親父だ」
「大丈夫、寒いからずっと家ん中だったよ」
「んならいいけど」
「過保護だー」
「誰にでもそうじゃないけど」
「……」
「……」
「……吃驚した、夜久ってそういうこと言うんだね」

 ゆっくり隣に目線をやると、近い位置で視線が絡む。私より少しだけ高い位置にある夜久の顔は、マフラーのせいでその表情は読めなかった。

「…………」
「…………」

 えぇ、なにその表情。しっかりと見える眉がピクリと動いた気がする。変わらずそのまんまるの目を見つめ続ければ、先に耐えきれなくなった夜久の方が視線を逸らした。
 トクトクといつもより少しだけ早い心音に気付かないフリをして、私は一歩踏み出し夜久を覗き込む。はぁ、と白い息が空に登っていった。

「なっ、……んだよ」
「いやー?」
「……もうすぐ黒尾来るぞ」
「あ、そうなの?」
「……知らねえけど。こんなん見られたらアイツ絶対ウザいぞ」
「あはは、確かに」
「……ふざけてんの?」
「……ううん、心臓バクバクしてるし。触る?」
「触んねーよ!」

 いつもより厚着してきた、セーターの胸あたりを押さえれば少しだけ頬を赤らめた夜久。「えっちー」「触んねえって」夜久の腕辺りを小突けば夜久も同じように返してくる。こういうとこあるよね、夜久。
 こんな一瞬、もこもこに着込んだ上からじゃ触れたところで温度なんて感じないはずなのに、私の体温は上昇する。

 学校のときとも部活のときとも違う、早朝の澄んだ空気と元旦の朝っていうなんとなくの特別感も相まって、声が上擦る。
 はぁ、あと何分くらいかな。みんな揃って遅れてきてくれたらいいのに。やっといつもの調子を掴めてきたところだというのに、刻一刻と約束の時間は迫っていた。

「夜久、今日時間ミスったの?」
「え?」
「いや、早かったじゃん。私より」
「……」
「え、無視?」
「……」
「……苗字が時間ミスるかもしんねえから」
「え?」
「一人になんねえように来てやったんだよ」
「……」
「……」
「……夜久ってほんとツンデレだよね」
「うるせえ」

 そう言った夜久はまた視線を逸らすから、私も俯いて、足元の小石を蹴ったりして。知ってる?その「うるせえ」が、黒尾とかリエーフとかにいつも言ってるのとは全然違う「うるせえ」なこと。
 たまにこうやってなんともいえない空気が流れて、それが気まずい気もするし、まだずっと終わらないでいてほしいとも思ってしまうこと。
 私より少しだけ高い身長から降ってくる「わざわざ言うなよ」って、それ小声で言ってる?思いっきり聞こえてるし、今後も私の心の中で大切にしまわれてるんだってこと、

「……春高始まるね」
「……おー」
「……私、これ以上待てないからね」
「……おー」
「……わかってるんだか」
「わかってるっつーの」
「、」

 思いのほかはっきり言い切られて、ひゅ、と喉が鳴った。夜久を見る。絡まない視線は、それでも確かに甘さを感じさせて。夜久。呼ぼうとした私の声に被せるようにして、「苗字〜夜久〜」なんて聞こえてきたから、それは叶わなかったけど。

「黒尾、海!一緒に来たんだ」
「そこで会ったんだよ」
「研磨もいるぞ」
「あ、ほんとだ。あけおめ〜」
「あけおめ。俺ら一番だと思ったのに、やっくんと苗字は相変わらず仲のよろしいことで」
「は?蹴るぞ黒尾!」
「チョットやっくん、雑な照れ隠しやめてくんない?」
「うるせえ!」

 ウワッと一気にその場が賑やかになって、相変わらずの夜久と黒尾に呆れながら目線を逸らすと海と目が合う。研磨は知らんふりして手元のゲームに夢中だった。

「あけましておめでとう、苗字」
「……あけましておめでと、今年もよろしくね」
「仲が良いんだなぁ、二人は」
「……ちょっと、海までやめてよ」

 そう言いながら、私は火照った頬に手を当てる。それにも海はただにこにこと穏やかな笑みを浮かべていて、……なんだか居心地が悪い。
それでもさっきとは違う夜久の「うるせえ」に気付くのはきっと私くらいなのだから、どう頑張ったって頬は緩んでしまうのである。



22.01.01.
title by 星食

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