短編

シュガーレイディ



メルティーメルティーの続き


俺には、とっても可愛い後輩がいる。委員会が一緒だったのがキッカケ。話してみれば人懐っこいその笑顔も、いつも弾んで明るいその声も、真っ直ぐに俺への好意を紡ぐその口も、全部全部可愛い。
きっとこれはとっくに後輩としてだけの気持ちじゃなくて、向こうもきっと俺を先輩としてだけでは見ていない。そんなのわかっていた。それでも今の距離感は心地良くて、無理に関係を縮めようとはしていなかった。この前少し突っ込んだ発言をしたけど、それこそが俺の気持ちに余裕がある表れでもある。

「あ、名前ちゃん」
「ああ!黒尾先輩!」
「移動教室?」
「そ、そうであります…!」

2限目と3限目の間の休み時間。廊下で見つけて声をかけた名前ちゃんは、俺の姿をその目に映すと慌てて少し乱れた前髪を直しはじめた。

「寝癖?」
「ち、違います!」
「寝癖は俺か」
「え、黒尾先輩のその素敵なセットは寝癖だったんですか!」
「素敵なセットじゃねえからそれは恥ずかしいんだけど…」
「先輩はどんなのでもかっこいいですよ!」

名前ちゃんは相変わらずだ。俺もいつも通りの俺贔屓な発言にニヤニヤを隠さない。ここで俺が「名前ちゃんもね」なんて言ったら、またその頬を真っ赤に染め上げるんだろうか。そんな期待を胸に、口を開きかけたとき。

「苗字!」

名前ちゃんの後ろから一人の男子生徒が声をかけてきたことで、言おうとしたことが音になることはなかった。見たことはないけど、名前ちゃんのクラスメイトだろう。近くまで来て名前ちゃんが俺と話していたことに気づいたのか、俺に礼儀正しく会釈するあたり運動部っぽい。

「次、実験準備しとかないと怒られるぞ」
「ああ!そうだった!!」
「ほら、走ろうぜ」
「あ、うん。じゃあ、黒尾先輩!また!」
「はいはい。頑張ってね」

手を振って見送ると、二人は走っていく。それを見届けて、俺も自分の次の授業が行われる教室へ向かった。

それからというものの、校内で名前ちゃんを見かけると必ずセットであの男がいることが多くなった。最初はたまたまだと思っていたその光景も、回数を重ねるごとにそれが偶然じゃないことを裏付けていく。だってあいつ、多分名前ちゃんに好意を待っている。

「クロ」
「なに?」
「クロが手出してる一年生いるじゃん」
「人聞き悪い言い方すんなよ」
「その子、さっき体育館裏に男子と一緒に歩いて行ったけど…」
「え、まじで」

部活前の部室で、研磨にそんなこと言われてきっと少し動揺した。思い浮かんだのは名前ちゃんとあの男。体育館裏は、この学校の告白スポットだ。名前ちゃんのことを研磨に話したことはないけど、校内で一緒にいるところを見られたことはあると思うし察しの良い研磨のことだ。きっと色々勘付いている。だからこそ、普段してこない話題を珍しく振ってきたんだろう。

「いいの?」
「いいのって?」
「行かなくて」
「つってもなぁ…」
「手遅れになっても知らないよ」
「…ちょっと部活遅れるっつっといて」

上手く乗せられたことはわかっている。でも研磨が面白半分でそういうことを言わないのも、わかっている。だから、俺の頭には名前ちゃんとあの男が楽しそうに笑い合っている光景が浮かんで、気付いたら部室を飛び出していた。

今いた体育館の裏側。1分もかからない、すぐそこ。突然角から飛び出してきて驚いたのは名前ちゃんだけで、男の方は予想していたのか「それじゃ、」なんて言って歩いて行ってしまった。どういう状況だ、今。今のこの事態を理解していないのは俺だけじゃなく名前ちゃんもみたいで、俺の顔を見て赤くなったり青くなったり忙しそうだ。

「黒、尾先輩…どうしてここに、」
「何してたの?」
「なに、って」
「ああ、告られてた?」
「見てたんですか!?」
「まさか。カマかけただけ」
「え、え、うわ」

今の名前ちゃんの言動が、何よりもの答えだ。慌てる様子に苛立ちが募り、無意識に舌打ちをしていた。名前ちゃんはそれに肩を跳ねさせて、目の前に来た俺を見上げる。いつの間にか俺は壁際に立つ名前ちゃんの両側に腕をついて、そこに閉じ込めていた。いわゆる壁ドンだ。

「…名前ちゃんって、俺のこと好きじゃなかったの?」
「へっ…?いや、えと、あの?」
「俺の勘違い?」
「えと、先輩…?」
「…はぁー……カッコ悪…」

俺を見上げながらオロオロしている名前ちゃんの気持ちが全然わからない。あんなに俺のことが好きなんだと確信を持っていた気持ちが見えなくなって、途端にこのザマだ。きっと情けない顔してるに決まってる。余裕かましてた今までの自分を殴ってやりたくなった。そんな俺を見て、名前ちゃんはどう思っているのか。その口から何を言われるのか、少し身構えた。

「あの、黒尾先輩…」
「…はい」
「あの、先輩は、いつでもかっこいいです…よ」
「ふ、…名前ちゃんはブレねぇな」
「あ、ありがとうございます…?」
「…名前ちゃんだって、いつも可愛いけど」
「ええっ」
「でも、他の奴にも可愛いって思われてんなら、ムカつく」
「せ、先輩…」

俺は苛立ちを隠さず告げると、小さな名前ちゃんを腕に閉じ込めた。胸のあたりに名前ちゃんの息が当たって、少し熱い。

「あの、先輩…私、さっき、告白されたんですけど」
「…で?」
「で、でも…ちゃんと、お断りしました」
「…ふーん」
「わ、わた、私には!黒尾先輩が、いますので!」

俺の胸に顔を埋めている名前ちゃんがどんな表情をしているのか、俺の位置からは見えない。けれども髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まってて、それに緊張か羞恥かはたまた両方なのか、少し震えている。それを見ると、ああ、やっぱり可愛いなぁって気持ちが溢れ出してたまらなくなった。

余裕ぶりたいプライドなんてもうとっくにどこか遠くへ行っていて、今はこの腕の中の可愛い後輩を自分の物にしたくて仕方ない。「名前ちゃん」って名前を呼ぶと真っ赤な顔を上げてくれて、無意識なんだろうけどでもお願いだからその涙目で上目遣いはヤメテクレって言いたくなった。

「俺、名前ちゃんのことめちゃくちゃ可愛いって思ってるんだけど」
「は、はい…?」
「後輩としてじゃなくて、女の子として、俺のものにしちゃいたいって思っちゃってるんだけど」
「せんぱ、」
「だから俺の彼女になって?」

ああ、クソださい。今絶対、名前ちゃんに負けず劣らず赤くなってるだろうし、こんなお願いするみたいなやつじゃなくってもっと余裕たっぷりの告白をする予定だったのに。それでもまぁ仕方ないか、って思っちゃうくらいには目の前で震えている名前ちゃんが愛おしい。俺は今できる精一杯の優しい声で、名前ちゃんの名前を呼んだ。

「名前ちゃん」
「は、い、」
「名前ちゃんは?」
「わ、私…こんなですけど…先輩の彼女、に、してくれますか…?」
「そうなってくれたら俺は嬉しいデス」
「わ、私の方が…嬉しくて爆発しちゃいます…」
「ぶふっ、…爆発って」

相変わらず面白いことを言う名前ちゃんに、思わず吹き出してしまった。ああ、ここでキスの一つでもしてやろうかと思ったのに。そんな空気じゃなくなってしまった。それでもあまり残念に思わないのは、俺に抱きしめられて幸せそうに笑う名前ちゃんが俺の彼女になった事実に胸がいっぱいだからだろうか。それで、忘れていたんだ。

「…クロ、もういい?」
「おわっ!研磨!」
「…監督が怒ってる」
「え、あ!部活!」

部活ほっぽりだして来てたんだった。慌てる俺を残して、研磨は嫌そうな顔で戻っていく。アイツいつから見てたんだ。戻りたくないけど、監督も怒ってるみたいだしそういう訳にはいかない。俺は、名前ちゃんになんて言おうか迷っていると、

「ふふ…先輩、部活終わるの待ってていいですか?」
「…いーの?」
「はい!良ければ一緒に帰りたい、です!」
「…じゃあ中で見てけば?俺のかっこいい練習姿、見れるよ?」
「え、いいんですか!?」
「まじで嬉しそうにすんのね」

俺は、もう一度ぎゅっと名前ちゃんを抱きしめると、一瞬だけその額に小さなキスを落とした。

「せ、先輩…!今の!」
「さ、練習行くかぁ」
「あ、ま、待ってください!先輩!」

そのときの顔はやっぱりめちゃくちゃに可愛くて。ああ、俺はこれからもこの子に振り回されるのかもしれないなんて思うのだ。



19.12.07.
title by コペンハーゲンの庭で

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