短編

ロマンチックの作り方



「私、クロのことが好きなんだけど」
「は?」
「クロは私のことどう思ってる……?」
「あー……それはアレ?兄妹愛的な?」
「いつ私とクロが兄妹になったの」
「まさかラブの方とか言わねえだろうな」
「今の話の流れでそうじゃない方がおかしくない?」
「まじか」
「残念ながら」

頷いた私をクロが怪訝な表情で見つめてる。あの、クロさん?今の、一応愛の告白のつもりなんですけど。もうちょっとなんか、反応してくれませんかね。なんて、私は私でもう少し照れたり可愛らしいポーズをとれと言われればそうなんだけど、それが出来たら苦労しない。だってクロはクロだし。
この部屋での私の定位置、クロのベッドの上からじゃ今のクロの表情の意味を読み取ることは出来なかった。

「名前には悪いけど、」
「嫌だ」
「はぁ?」
「それもう絶対振るやつじゃん。嫌だ」
「いやそんなこと言っても、」
「嫌だ嫌だ嫌だ!それ以上何も言わないで考え直して!」
「聞けよ」
「いーやーだー!」
「待て待て俺の布団に入るな」
「もうここは私の場所だもん」
「お前俺が健全な男子高校生だってこと分かってる!?」

逃げ込むように捲った掛け布団からはふわりとクロの香りがして、そんなのもうずっと昔から嗅ぎ慣れたものなのに私の胸を擽っていく。
あぁ、悲しい。どうしてみんなこうなんだ。私はただ自分のことを好きだよって言ってくれる人と居たいだけなのに、これはそんなに贅沢なことなんだろうか。

「おいコラ名前」
「……なに」
「出てこいって」
「……嫌だ」
「いやマジで出てきてくださいお願いします」
「……何よ」

あまりにもクロが必死だから。頭まで被っていた布団から顔を出すと、そんな私にクロは口元をひくつかせながら何か言いかけて……ガチャリ。それはこの部屋に入ってきた第三者に遮られてしまった。

「……なにしてんの」
「お、え、なんでいんの」
「……うちを飛び出してった名前のこと回収しに来た」
「……デスヨネー」
「で、分かってるくせにこれは何」
「……それは一番お前が分かってんじゃねーの」
「……知らない」

クロの布団に収まる私を見下ろした研磨と一瞬だけ目が合ったのに、すぐにプイ、と顔を逸らされる。ふーん、へーえ、ほーん。そうですか。そっちがそんな態度ならもういい、私だって好きにやるから!

「今クロに告白してたのに、邪魔しないでよ研磨」
「…………あっそ」
「待て待て待てお前ら落ち着けって」
「見たらわかるでしょ、クロと私、良い感じなの。研磨今、邪魔なの」
「言われなくても帰るし」
「待て!ちょい待て!全然いい感じじゃねーから!欠片もこれっぽっちもそんな雰囲気ないから!」
「……流石に無理あるんじゃない」
「クロひどい……」
「ああもう!めんどくせえな!!!」

私を布団から引き摺り出したクロは、そのまま強引に研磨に押し付ける。え、わ。抵抗する間もなく研磨に預けられた身体、その胸が見た目よりもしっかりしていることなんて私が一番よく知っていた。
固い胸を押して私は研磨から離れると、痛い視線から逃れるように俯く。沈黙。そしてそんな私を見兼ねたのか、私たちの兄はそれはそれは大きなため息を吐く。

「ちゃんと話し合えば?二人とも意地張らないでさ」
「……張ってない」
「……私だって」
「じゃあ何?研磨は名前が俺と付き合い出しても良いわけ?この子俺のことラブの意味で好きだってほざいてますけど?」
「……」
「名前は名前で研磨のこと捨てて俺にすんの?幼馴染とはいえわざわざ男の部屋に来て好きだのなんだの騒いで布団にまで入ってんだからそれはもう何されても仕方ないよな?」
「す、捨ててって……」
「二人とも無理だろ?分かりきったことなのになんで毎回同じことするかね」
「……」
「……」
「……ちゃんと話し合えよ。そんで研磨は俺を睨むじゃねえ」

思いっきり呆れた表情でそう言い残したクロは、「俺ちょっと下いるから」って部屋を出て行ってしまった。幼馴染二人のいざこざに自分の部屋を明け渡すなんて世話焼きすぎないかと思うけど、クロっていうのはそういう人だ。昔から、くだらないことで喧嘩する私と研磨の仲を修復するのはいつもクロだった。

研磨と二人きりになってしまって、また沈黙が訪れる。研磨今何考えてるの。私は目の前にいる研磨を見上げて少しだけ様子を窺うと、研磨も同じことを思ったのかチラと私をみて私たちの視線はバチリと重なってしまった。

「……なに」
「……そっちこそ」
「言いたいこと、あるんじゃないの、」

……そっちこそ。もう一度そう言いかけて、やめる。こんなの堂々巡りだ。思ってることも言いたいこともある。だけどそれはきっと研磨も同じで、それが分っているのに先程の私は研磨との言い合いを回避できなかった。譲れないことは譲れないのだ。

「……」
「……」

お互いに牽制し合ってちっとも話し合いなんて出来やしない。相変わらずの沈黙。あぁこれは、またクロが来るまでこの状態かもしれない……なんて思いかけたところで。研磨の方がその重い口を開いた。

「……クロに告白したの」
「……そうだって、言ったら?」

あぁ、バカ。ほんとはこんな言い方をしたいわけじゃないのに。素直になれない私は未だ意地っ張りにそう返す。それを聞いた研磨は、眉間に皺を寄せて隠すこともなく不機嫌な表情で。

「俺と名前、一応付き合ってると思ってたんだけど」
「……そうだね」
「なのにそういうこと平気で言う名前は、嫌いだよ」
「っ……そう、」
「うん」
「……」

嫌い。その言葉がぐっさりと胸に刺さる。けど、研磨の言い分は最もだった。
私はクロが好きなんじゃなくて本当は研磨が好きで、研磨と付き合っている、正真正銘研磨の彼女だ。なのに喧嘩して当て付けのようにクロが好きだなんて言って、研磨がそんな私を嫌いだと言うのは当然だった。私だって逆のことをされたら怒る。それに泣く。嫌だなって思う。

そのようなことを自分がしてしまったこと、悪いことだって自覚しているけれど素直に謝れないのには訳がある。じくじくと痛む心臓を押さえて、私は泣かないように震える声を押さえつけて言った。

「……クロだったら自分の彼女に優しくするし、好きだってちゃんと言ってくれるもん」
「……」
「け、研磨がそういうの苦手だって知ってるけど……でも、」
「……でも?」
「たまには言ってくれなきゃ、不安になる、よ」
「……」

そんなこと、研磨だったら分かっていた筈でしょ?なんて。全部研磨に押し付けるのはずるいと思う。
喧嘩の理由なんて所詮くだらないもので、「研磨は私のこと好き?」なんて気まぐれに私が聞いたのに研磨が答えを渋っただけだ。
そんなの珍しいことでもなんでもないし、言わなくても研磨の気持ちはわかってるつもりだし、だからそこまで怒ることでも拗ねることでもなかったのに。普段なら。

今日は研磨の誕生日で随分と前から準備していた。研磨に喜んで欲しくて、幼馴染としてじゃなく彼女として研磨をお祝いしたくて。だから何日も前からクロに協力してもらいプレゼントを用意したり今日は朝から研磨の好きなアップルパイを焼いたり、私は自分の誕生日以上に浮かれていたのだ。
土曜だから部活終わりに合わせて学校へ向かい、昔から知ってる研磨の前では意味がないかもしれないとは思いつつも精一杯のお洒落をして研磨をお祝いした。

研磨の家に着いて部屋でプレゼントを渡して、自分でも自信作のアップルパイを二人で突きながら聞いたのがそれだ。
もしかしたら私は研磨がちゃんと喜んでいるのか、不安だったのかもしれない。そんなに嬉しそうに見えなかったし、私ばっかりはしゃいでるんじゃないかなって。だからそんなくだらないことを聞いて、「急に何……?」なんてちょっと嫌そうな顔して答えてくれない研磨にいつにもなく腹を立ててしまったのだ。

「今日、すごく楽しみにしてたの。喜んでくれるかなあって」
「……うん」
「だけど研磨、いつもより喋らないしあんまり嬉しそうじゃないし、」
「……」
「……いつも私ばっかりなんだもん」

ぽろりと零れ落ちた本音。研磨の誕生日を台無しにしてしまっている自覚はある。だけど口を出たそれはずっと思っていたことで、それがよりによって今日、爆発してしまったのだ。
そんな私に研磨はどう思ったのか……はぁ、とため息を吐かれたのにビクリと肩が浮いて、研磨はそんな私に「言っておくけど、」なんて言いながら私の手を掴む。

「他の男の人に好きとか言ってる時点で名前が私ばっかりとか言う資格ないから」
「……でもクロだもん」
「クロでも。クロだから余計に嫌」
「……なにそれ」
「同じことしたら名前は怒るでしょ」
「……うん」
「そういうことだよ」

うん。そうだね、ごめんなさい。思うことはできるのに、音にはなってくれない。私が悪いのは明らかなのに素直に謝罪できない口が本当に憎い。
不安も不満も全部、もうちょっと可愛く訴えることが出来たら良かったのに……いつまでも意地っ張りで頑固で、さっき研磨が言った「嫌い」が「だから別れよう」になったらどうしようかと思うとこれ以上何も言えなくなってしまった。

ツンと鼻の奥が痛くなる。泣くのはずるい、それも分かってる。だから必死に耐えているのに、研磨が掴んだ手をそのまま引っ張ってまた私をその胸に収めてしまうから……その衝撃で一粒だけぽろりとこぼれた涙が私の頬を濡らす。

「……ちゃんと好き、なんだけど」
「っ、」
「喜んでなかったわけじゃなくて……名前が、学校までその格好で来る、から、」
「え……?」
「……虎とかリエーフとかがうるさかったのが……」
「……そんなことぉ、?」
「……俺がそういうの嫌いだって分かってるでしょ」

抱き締められているから見れないけど、研磨がむんと唇を突き出し不貞腐れているのが分かる。そんなの見なくたって分かる、ずっと隣にいたんだから。
確かにいつもよりお洒落して迎えに行った先には部活終わりだから他の部員の人もいて、山本くんとかリエーフくんとか、会った人にはみんな挨拶した。私と付き合ってることも研磨が誕生日なことも皆知ってる上でそんなことしたから研磨が言うようにちょっとだけ騒がれたのを、クロが適当に収めてくれていたけど……やっぱり嫌だったんだ、あれ。

私はゆっくりと顔を上げる。至近距離で見上げた研磨はやっぱり想像通りの顔をしていて……だけどもゆるりと私に視線を合わせてくれたのに、とくんと胸が跳ねた。

ち、近っ……!幼馴染としてはこの距離感は慣れっこな筈なのに、恋人としては全然慣れっこじゃない。不機嫌な顔でもそんな近くで見られたらドキドキしてしまうなんて、私は本当に節操がないのかも。
こんな状況なのにしっかりとときめいてしまっていることに気付いているのか、いないのか。研磨はさらに眉間を寄せて、なのにコツンとおでこをくっつける。

「……その反応、なに」
「う゛……バレてる」
「まぁそんなに分かり易かったらね」
「……ごめんね、研磨」
「……」
「私が悪かったです……」
「まぁそうだけど」
「容赦ないぃ」
「でもまぁ……、俺も、ごめん」

そう言って研磨は目を逸らして、それからすぐにまた私に合わせてくれる。

「……誕生日、やり直してもいいかな」
「……」
「研磨、ちゃんとお祝いしたいよ」
「……俺だってちょっとくらい楽しみにしてたんだから」
「うぅ……研磨ぁ……」
「泣かないでよ……」

いやもうほんとごめん。今度こそ我慢できなくなった涙がボロボロと零れ落ちて、研磨はそれに困った顔をする。ごめんなさい、ごめんなさいって何回も呟く私に研磨は本当に気まずそうで、それでもそっと涙を拭ってくれるその手は優しくて。
それにきゅんと甘く胸が締め付けられたり、怒ったり泣いたり、ほんとに今日は忙しい。
これ以上涙が出ないようにギュッと目を瞑ると、唇に柔らかい感触。ふに、と一瞬だけ押し付けられたそれは目を開いた時にはもう離れていってしまった。

「け、けんま、」
「……なに」
「いま、」
「……クロの部屋でこんなことしたくないんだけど」
「う、うう、じゃあ早く研磨の部屋、」
「うん。名前のアップルパイも早く食べたいし」
「まだ食べるの……?」
「ちょっとしか食べずに出てったじゃん」
「う……」
「ほんと……しょうがないよね」

そう言って少しだけ笑った研磨に私はまた好きを重ねる。ずっと何年も積み重ねた想いを崩れないように、大切に。頬に添えられた手に擦り寄って、もう一度、なんて強請るためにまた研磨を見つめて、

「……もういいですか〜」
「!」
「!」
「お前ら俺の部屋だってことちゃんとわかってる?」

そのとき扉の外から聞こえてきた声に私達は弾かれたように身体を離した。もしかして、聞かれてた?いつから?きっと見なくても大体のことは分かっているんだろう、クロが呆れたように「健全な男子高校生の俺が泣いちゃうので続きは帰ってからしてくださーい」なんて言うものだから、研磨がまたちょっと不機嫌になってしまったりして。

ごめんね研磨、戻ってちゃんとお祝いしよう。扉を開く前に今度は私から、その頬に唇を寄せた。


21.10.16.
2021's 孤爪研磨 birthday.
title by icca


- ナノ -