短編

見えないラインのあちら側



「ハァ!?侑先輩に告白する!?」
「う、うん……」
「アンタ本気!?」
「本気……やけど別に付き合える思てるわけちゃうで!?ただ、その、思い出というか」
「思い出」
「ほら、バレー部ってまた冬に向けて忙しなってくらしいやん?やから言うんやったら今がチャンスかなって!当たって砕けてこようかと!」
「……たまにびっくりするくらい勢いあるよな、名前」
「勢いって大事やん!?」

なんて会話をしたんは昨日、で、今日。私は想い人である宮侑先輩に告白しようと、朝の内に侑先輩の下駄箱に手紙を忍ばせといた。

"お話ししたいことがあります。昼休み、体育館裏で待ってます"

簡潔にまとめたその手紙に私の名前は書いてへん。私と侑先輩に接点なんてものはなくて、ほんまにただ一方的に私が好きなだけやから、名前を書いて知らん女やと知ったら来てくれへんかもしれへんって。
侑先輩は双子の治先輩と共にうちの学校のアイドルで、知らん人はおらん。顔も成績も運動神経も中の中、平凡すぎる私にぶっちゃけ望みはゼロやけど、いいやんか、人を好きになるのは自由やもん。

今日はもう朝から緊張で心臓もバクバクうるさくって、たまたま休み時間に見かけた侑先輩はいつにも増してキラキラしとった。周りに人が集まるのも大いに頷ける、あんなキラキラしとったらそりゃみんな寄ってっちゃうよ。

「ほな、頑張ってきいや!」
「うん!当たって砕けてくる!」
「私が言うんもなんやけど、もうちょっとくらい夢見てもええんちゃう……?」

友達のエールを背にやってきた体育館裏、緊張は最高潮。バクン、バクン、バクン。私の心臓って耳元に付いとった?ってなるくらいに響く心音に余計に落ち着かんなって、侑先輩の姿はまだ見えへんけどソワソワ、キョロキョロ。
前髪を直したりスカートの皺を気にしてみたり、そんなことをしてるうちにこちらに近づく足音に気づいて、俯い取った顔を上げるとそこにはいつもは遠巻きにしか見られへんかった、侑先輩がいはった。

「侑、先輩……」
「……君?俺んこと呼び出したん」
「は、はいっ!」

侑先輩が右手でヒラヒラと揺らす、そこにあるのは正真正銘私から侑先輩へのお手紙。
好きとも名前も書いてへんそれはラブレターとさえ言われへん、せやけど確実に私の想いの何パーセントかは染み込んでる。

「で、なに?」
「あ、」
「話したいこと、あるんやろ?」

ああ、侑先輩の瞳に私が映ってる。私にとっては人生で誰よりも、大人気のアイドルにもハリウッドスターにも勝たれへんくらい好きな人がそこにおる。私を見てくれただけで、もう満足ですってくらいに満たされてる。

せやけど今日はまだ終わられへんから。私は一度ゆっくり息を吸って、それから侑先輩を真っ直ぐに見つめた。

「私、一年五組の苗字名前、です!」
「苗字ちゃん」
「えぇ!?」
「え、なん、」
「侑先輩が私の名前呼んだ!?」
「そっちが名乗ったんやん」
「あ、す、すいません……」
「ほんで。何?」

ピクリと眉を動かした侑先輩。う、もしかしてちょっと怒ってはる……?せやんな、見ず知らずの後輩に大事な昼休みを現在進行形で潰されてんねんもんな。
これはサクッと告白してサクッと振られて、そんでサクッと解散せねば!

言う。言うぞ。今になってあの時の勢いはどないしてんってくらい、頭パニックなってるけど。でも言うぞ!

「侑先輩!」
「ん、」
「私、……侑先輩のことが、好き、です」
「…………」
「も、もし良かったら……私と付き合うてください……!」

言えたーーー!侑先輩に、告白した!脳内でこぉんな叫んどるけど、やばい、心臓痛い、破裂する!
期待はしてへん、だって望みはないし。そうは思ってるはずやのに、私は侑先輩が何を言うか、その口元から目を逸らされへん。
「あー……」って小さく息を漏らした侑先輩に、私はぎゅっと拳を握りながら次の言葉を待った。

「……そんだけ?」
「へ?」

せやけど……これは予想外やった。息が詰まりそうな私に返って来たんは、ごめんでも無理でもない、「そんだけ?」って……?

「え、っと……」
「なんか他に、ないん」
「他……ほか、?」
「プレゼントとか!なんか!あるんやろ!?」

ん、って勢いよく右手の手のひらを差し出す侑先輩に、私は瞬きを数回。プレゼント。

「え、え……すみません、そういうの、やっぱあった方がええんですか?」
「はぁ!?ないん!?わざわざ俺の誕生日に告ってきといて何もないん!?」
「え!?侑先輩、今日お誕生日なんですか!?」
「はぁぁぁあ!?おま、好きな男の誕生日も知らんのかい!」

私の言葉にそのまま勢いよくしゃがみ込んだ侑先輩を、私は呆然と見つめる。お誕生日って、侑先輩が生まれた日!?うそ!?ほんまに!?今日!?
苗字名前、一生の不覚。そんなん全っ然知りませんでした……

「ほんまに?え、ほんまにないの?」
「す、すみません……ないです……」
「今日俺めちゃくちゃ祝われとったと思うねんけど……見かけへんかったか……?」
「い、いつもより人に囲まれてるなぁとしか……あっ!それですか?」
「アッカーーーン!やばい!自分めちゃくちゃヤバいで!?俺のことほんまに好きなん!?」
「す、好きです!それは絶対好きなんです!けど……や、やっぱ侑先輩はキラキラしてはるからいっぱい人が集まってきはるんやなぁ、としか思ってなくて……」
「…………」
「すみません……」
「……なんや、それ」

侑先輩はしゃがんだそこから上目遣いでジッと私を見つめて、それからはぁ、とため息。とびきり大きなそれに私は申し訳ない気持ちになって、これ土下座とかせなファンにも殺されんちゃう!?って一気に冷や汗が噴き出す。

あああああやってしもうた!これはやってしもうた!望みがないどころちゃう、もう絶対嫌われた!!
私も慌てて侑先輩の前にしゃがみ込んで、膝に土の感触。そのまま手も付いて土下座の体勢に入ろうとしたところで……「何しとん何しとん!」侑先輩が私の手をガッと掴んですんでの所で止められてしまう。

「ご、ごめんなさい……!私、侑先輩のお誕生日知らんとかどうしようもないアホで……!」
「名前ちゃん、」
「な、名前!私に名前呼んでもらう資格なんかないですごめんなさいいい!もうすぐ消えるんで!即消えるんで!」
「ちょいちょいちょい、」
「とんだご無礼を、ほんと、申し訳ありませんでした……!!!」
「待てや!」
「うぐっ!」

掴まれてしまっては土下座こそ出来ひんけどもう私はここにおられへん!光の速度で頭を下げて、そのまま立ち上がる勢いで手を解いて逃げようとしたところでまた掴まれてしまった私は、勢い余ってこけそうになる。
侑先輩が引っ張ってくれはったお陰で何とか踏みとどまったけど、逃げることすら許されへんくてただただ泣きそうになった。

いくら当たって砕けろ言うてもこんなん最悪や。こんなことなるならせめて告白を今日にせえへんかったら良かった!なんて後悔しても後の祭り。
グンッと眉を釣り上げた侑先輩、せっかくこんな近くで見れるのにこんな表情なんて……!

「話聞けや!」
「は、はぃ……」

こわい!こわいこわいこわい!今この状況で何言われんの!?何言われてもしゃーないけど、罵倒も覚悟の上やけど。好きな人の誕生日を知らんかったっていうのは私ん中で結構なダメージ。
今月に入って一気に涼しくなった気温、吹いてる風は心地良いはずやのに握る拳にはやっぱりじんわりと汗。

「別に、怒ってへんから」
「…………え、」
「怒ってへんから、こっち見いや」

気持ち、少しだけ逸らしとった視線。ゆっくりと合わせると……そこにはなんとも言えない、といった感じの侑先輩。
侑先輩も私の顔を見て、はぁ、ってもう一回ため息を吐いて、それでもゆっくりとその眉間の皺は解かれていった。

「名前ちゃんって名前なんやな」
「へ、」
「名前」
「は、はい……苗字名前です……」
「知りたかってん」
「え?」
「名前ちゃんの名前、ずっと知りたかってん」
「…………え?」

侑先輩から飛び出したのは、まさかの言葉。侑先輩が、私の名前を知りたかった?ずっと?……なんで?

「……なんとなく」
「な、なんとなく……」
「気になっとってん!廊下で初めて見かけた時から、話したこともないのに!!」
「え、えぇ、」
「せやから今日来てあの子や!って思ってむっちゃビックリしたし、好きやって言われて嬉しかったし、……せやのに俺の誕生日知らへんて!ショックやわ!?」
「ご、ごめんなさい、!」
「……まぁでも名前ちゃん?が俺の彼女なってくれるならな、許したる。しゃーなし」
「彼女、!?」
「……自分付き合うて、言うたやん」
「い、言いましたけど、それは」
「嘘?」
「嘘じゃ、ないですけど……」
「ほなええやん。名前ちゃんは今日から俺の彼女、名前ちゃんがプレゼント、はい解決」
「えぇ、!?」

侑先輩の言うことが全然理解できひん。私、振られるんちゃうかったん?望みゼロじゃ、なかったん?
せやのに目の前の学校のアイドル、私の好きな人にもうさっきまでの拗ねたような顔はどこにもなくて、満足気に私の手を握り込んでる。……手、握り込んでる!

「ってことでよろしくな、名前ちゃん」
「あ、あ、侑先輩……!?」
「あ。いっくらプレゼントがないから言うて、おめでとうの一言くらいくれてもええんちゃう?」
「お、お誕生日おめでとうございます……?」
「そお。ありがとぉ」

ゆるっと笑った侑先輩は、また嬉しそうに繋いだままの私の手をブンブンと揺らして。か、可愛い……
まだまだ現状を理解できひん私は、侑先輩がこのまま私の教室まで送ってくれることによって早速学校中に私たちの新たな関係が知れ渡ることになるなんて、このとき想像もしてへんかった。


21.10.05.
宮侑 2021's birthday.
title by 確かに恋だった

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