短編

メルティーメルティー





昼休み。購買部でいちごジャムパンと牛乳パンを買った私は、さぁ教室に戻ろうかと歩き出したときだった。向こうに背の高い、トサカみたいな髪型をした男子生徒の後ろ姿が見えて、

「先輩だ!」

その姿を確認した私は、全力で走り出した。こんなところで会えるなんて、嬉しい!このまま勢いで突っ込んじゃえ!!

「黒尾せーーんぱーーーい!!」
「うぉ!!びっ、くりした…名前ちゃん」
「黒尾先輩、こんにちは!」
「今日も元気すぎるね名前ちゃん」
「先輩が見えたんで、走ってきちゃいました!」

後ろから走って突進してきた私に驚きながらも、ニッ、といつもの怪しい笑顔を見せてくれるこの人は黒尾先輩。私より二つ年上の3年生。委員会で知り合って、そこでしか接点のない後輩の私なんかでも可愛がってくれるとってもいい先輩だ。

「黒尾先輩、今日もかっこいいですね!」
「どうもありがとうございます」
「いえいえそんなそんな」
「名前ちゃんも今日も可愛いね」
「い!?いえいえ!そんなそんな!!」
「おもしれー」

いつもこんな風にからかってくるけど、全然気にしない。むしろ冗談でも"可愛い"なんて言われて、今日は特別いい日だと神様に感謝するレベルだ。

「先輩今日はお一人ですか?」
「弁当足りなくって追加で買いに行こうかと」
「あ、購買、もう売り切れちゃってますよ」
「えー、早くね?」

首の後ろをガシガシと掻いて文句を言う先輩もかっこいい。でも、そうか。先輩、お腹空いてるのか。黒尾先輩は午後の授業が終わった後もバレー部の練習があって体力を使いまくるし、これってもしかして一大事じゃないだろうか。…あ!

「先輩!私いいこと思いついちゃいました!」
「言ってみなさい名前ちゃん」
「ここに、いちごジャムパンと牛乳パンがあります!」
「名前ちゃんのお昼ね」
「これ、どっちか一つ差し上げます!」
「え…や、流石にそれはいいよ」
「私、一個で足りるんで大丈夫です!」
「いやでも…」
「先輩に食べられた方がきっとパンも喜びます!!」
「ぶっ…!ひゃっひゃっひゃ!!なにそれ!」

吹き出した先輩は変な笑い方をしてるけど、そこは気にしない。私は先輩の手にしっかりと牛乳パンを握らせた。

「名前ちゃん」
「はい?…あ、いちごジャムの方がいいですか?」
「いや、そうじゃなくて…じゃ、有り難くいただくな。今度なんかお礼するわ」
「お、お気になさらず!黒尾先輩の役に立つために生きてますので!!」
「だからなにそれ」

笑いながら、くしゃりと私の頭を撫でた先輩。もう一度お礼を言いながら、教室に帰って行った。頭撫でられちゃった…もう頭洗えないよ…。ほんとに今日は素敵な日である。そうして私も、スキップをしながら教室に戻った。




次の日の放課後。黒尾先輩は、私の教室に現れた。

「名前ちゃーん」
「は、わ…!黒尾先輩!!どうされましたか!」

それだけでもうテンションが上がり切ってしまう私は、急いで先輩がいる入り口の扉のところへ駆け寄る。

「今日ひま?」
「何にもないですけど…」
「良かったら一緒に帰らねぇ?」
「え、でも先輩部活は?」
「今日はオフなの」
「貴重なオフに、私と?」
「だって俺、名前ちゃんに借りがありますし」
「先輩…!!」

キラキラ。擬音にしたらそんな感じの目で先輩を見る私。これはもう、何のご褒美だ。前世でどれだけの徳を積んだらこんな良いことが起こるのだろう。私は急いで自分の机に置いてあった鞄を取り、先輩の隣に並んだ。

「はー、私今日死んでもいいです…」
「ぷっ、名前ちゃんは相変わらず大袈裟だな」
「ま、まじですよ!本気と書いてまじですよ!」
「はいはい、こんな可愛い後輩を持てて俺も幸せですよ」

ああ、そんな風に笑わないでください。黒尾先輩のかっこいいパワーが私をどうにかしてしまいます。

「名前ちゃん、クレープ食べる?」
「クレープ、?」
「今日駅前にクレープの車?ていうの?来てるらしいから」
「え、でもいいんですか」
「いいのいいの、牛乳パンのお礼だからね」
「じゃ、じゃあいただきます!」

駅前で、私は苺のクレープ、黒尾先輩はチョコバナナのクレープを買ってベンチに座る。先輩と、放課後に、クレープ食べてる!私!これって一歩、いや、何歩か間違えたらカップルみたいに見えちゃったりしないだろうか。そわそわしながら目の前のクレープに齧り付いた。

「先輩!美味しいですー!」
「はは、良かった」
「先輩は甘い物好きなんですか?」
「まぁ普通にあったら食べるって感じだけど…名前ちゃんは、好きかなって思ったから。昨日甘いパンばっか持ってたし」
「わわ、ありがとうございます」
「な、俺ら今周りから見たらカップルみたいじゃね?」
「!」

数分前に私が考えていたことを黒尾先輩が口にすると、改めてその破壊力は凄まじい。私と先輩が、カップル。顔が火照って赤くなるのが自分でもわかった。

「ど、どうですかね…!実際には、ただの先輩後輩ですけど!」
「名前ちゃん顔真っ赤だよ」
「うう…先輩は意地悪ですね…」
「でも?」
「そんな先輩もかっこいいです!!」

私の言葉を聞いてニヤリと笑う先輩は、本当に本当にかっこいい。

「名前ちゃんも、負けず劣らず可愛いですけどね?」
「め、…!」
「め?」
「滅相もございません…」
「ぶ、ふっくっくく…なにそれ…」

何がそんなに面白いのか涙目になるまで笑う先輩と、恥ずかしくて先輩の顔が見れない私。

「名前ちゃん、俺、割と本気で言ってるからね?」
「え、え?」
「俺が、名前ちゃんのこと、可愛いって思ってるってこと」

さっきよりも顔を赤くする私に、「今日はここまでにしといてやるわ」だなんて笑って言う先輩。
私はまだまだ、黒尾先輩に振り回されそうです。


19.12.01.
title by 草臥れた愛で良ければ


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