短編

さいきょうの恋人



疲れることは嫌いだと何時かのタイミングで本人の口から聞いたことがあった。バレーだって疲れないのかな?それはいいの?って疑問に思ったけれど私はバレーに関しては全くの素人だし、多分それはまた彼の中では別物なんだろう。

国見くんとは高校生になって初めての席替えで席が隣同士だった。国見くんって静かだし最初はそんなに話すこともなかったけど、私が隣のクラスの金田一くんと委員会が一緒だったことからよく国見くんのとこにくる彼を介して国見くんとも話すようになって。そこから意外に好きな食べ物や音楽の趣味が似ていることを知り、その話を聞いたのもそれぐらいの時だったかもしれない。
そしてとにかくそれ以外のことで国見くんを疲れさせないようにしよう。心の中でそう誓ったのは、彼と付き合い出したばかりの時だった。

「……国見くん?」
「お疲れ」
「お疲れ……、え!?な、なんでいるの?」
「苗字さんが部活終わるの待ってた」
「え、ど、どうして……」
「俺が待ってたらいけないわけ?」
「だって……国見くん部活は?」
「体育館の緊急点検とかで急遽オフ」
「えぇ……」

私の反応にむすっと顔を顰めた国見くんは、制服のポケットに手を入れたまま私を見つめている。夏服のシャツから見えるその首筋には汗が滲んでいて、あぁ国見くんって本当に汗が似合わないよな……なんて今思うことではないんだけど。

夕方といえどまだまだ暑いこの時間、表情だけは涼しげな国見くんは緩い動作でスポーツバックを肩に掛け直し私に一歩近付いた。
校門の前。国見くんの姿を認めたときに同じ部活仲間たちは気を利かせて帰ってしまったから、今ここにいるのは私たちだけだ。

「帰ろ」
「う、うん」

慌てて先に歩き出した国見くんの隣に並ぶと、国見くんはちらりと一瞬だけこちらを見て何も言わなかった。
ジージーとこの時間でもまだ活発な蝉の鳴き声しかない帰り道で、二人でこうやって歩くのは付き合い始めてからも初めてかもしれない。

国見くんって何考えてるか分からないし、そもそも女の子に興味があるのかも分からない。だから友達の「国見って名前とはよく話すじゃん!脈あるよ〜」なんて安っぽい後押しに唆されて告白してしまったのも、「……よろしく」ってその告白に頷いてくれた国見くんも、全てが予想外だったのだ。

こうして無言で歩いている間も国見くんが何を思って、どんな感情で隣にいるのか分からなくて。それでも普段はそれもそんなに気にせず普通にお喋りできるはずなのに、今日ばかりは驚きと動揺の方が勝って言葉が出てこなかった。

「今日あんまり喋らないじゃん」
「え?、そう?」
「うん。俺のこと気にしてるの、バレバレ」
「え!?いや、そ、っ……うかもしれない……?」
「ふっ……そこは素直に頷くんだ」

あ、笑った。国見くんが笑うと胸の奥がきゅうんと甘く疼く。その表情がレアだから?それともいつものかっこよさとはまた違う、可愛さが垣間見えるから?好きだから?……ううん、多分全部だ。
ドキドキと鳴る心臓に胸を押さえると、国見くんはそんな私を気にもせずに「あちぃ」って言いながら制服の襟元をパタパタと仰いだ。マイペースだなぁ。

「その……国見くんと帰ってるのってなんか慣れないから、」
「ふぅん」
「い、嫌なわけじゃないよ!?」
「うん、知ってる」
「そ、そうですか……」
「苗字さんって分かりやすいからね」
「……そうかな?」
「うん。考えてること、大体わかるよ」
「ほんとに?」
「例えば今だったら……どうして今日は一緒に帰ろうと思ったのかな、とかでしょ」

前言撤回。国見くん、めちゃくちゃ私のこと気にしてくれてる?え、あの国見くんが?ドンピシャで私の考えていることを当てられてしまい、今度は驚きよりも素直に感心してしまう。

でも私の疑問は至極真っ当なはずだった。
だっていつもは約束なんてしないし、一緒に帰ろうと誘おうともしない。それが普通だったから。それは国見くんもそうだったと思う。それなのにどうして今日は私を待ってくれていたのか、しかも自分は部活がなかったのに……疑問を抱かずにはいられなかったのだ。
そんな私に、国見くんはまた小さく笑った。

「聞きたい?」
「うん、……教えてくれるの?」
「まぁ隠すことでもないし」
「うん?」
「苗字さん、今日友達に言われてたでしょ」
「なに?」
「付き合ってるんだからたまには一緒に帰りたくならないの?って」
「へ」
「昼休みいつも一緒にいる子、言われてなかった?」
「……言われたかな?言われた……かも。え、それ、国見くん聞いてたの!?」
「……まぁ」

そこでフイっと国見くんが目を逸らす。でもしっかり聞こえたその言葉に、じゃあまるで国見くんがそれを気にしてくれたみたいな……だから普段は帰るのに待っていてくれたみたいな、そんな風に思ってしまうなんて。流石に自惚れも良いところだろうか。でも国見くん、前に疲れるのは嫌だって言ってたし。わざわざ暑い中待っててくれるのって、結構疲れること……だよね?
そして、立ち止まった私に気づいた国見くんも三歩先で立ち止まりこちらを振り返った時……その考えは確信に変わる。

「……なに」
「え、」
「……ニヤニヤしてる」

国見くんは嫌そうな顔をするけど、でもそれは多分照れ隠しだ。だって髪に隠れたその耳が少し赤かったから。
同時に私の胸もまた、ドキドキとさっきより更に忙しなく動き出す。

「……へへ」
「だからなに」
「なんか嬉しいなぁって」
「…………」
「国見くんって意外に私のこと見てるんだね」
「……だからそう言ってるじゃん」
「ふふふ……嬉しい」
「……そう」
「また一緒に帰ろうね」
「……たまにならね」

って。そう言いながらもするりと指が絡められる。手。国見くんと手、初めて繋いだ。
こういうことを自然になんでもない風にしてくるのに、でもその本人も多分照れているんだと思うと私はどうすればいいの。だって国見くん、全然こっち見なくなっちゃった。

私達が溶けてしまいそうなくらい暑いのに、それよりもずっとずっと熱い私と国見くんの手は離されることはなくて。
私は嬉しくてまた、小さく笑みを溢した。


21.08.07.
title by 朝の病

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