短編

陽炎と約束



「俺がお前を全国へ連れてってあげるよ」

フフンって自信満々で徹がそう告げたのは、徹が主将になってしばらくしてのことだった。

「ほんと?」
「俺が名前に嘘ついたことある?」
「ない!」

いつもは沢山の人がいて、だからこそ放課後の体育館はいつもとは違う場所のようで少し特別で。
たまにある、徹と私だけが最後まで残って自主練をする日。子供の頃から私と徹と岩ちゃんとほとんどを三人で過ごしてきた中でも、ほんの少しだけ二人だけの思い出がある場所。

幼馴染の一人は主将として誰よりも勝ちにこだわって、努力を惜しまない。徹はいつだって皆や私を引っ張って、そして照らしてくれる。

「なんかあれだね」
「?」
「たっちゃんと南ちゃんみたいだね」
「いやお前それ野球漫画」
「最近ハマってるんだぁ、徹読んだことある?」
「あるけど!それ今じゃないよね!?」
「え?甲子園って全国じゃないの?」
「そうだけどそうじゃない!」

結局一度も叶わなかった全国行き。あんなに泣いたことって、後にも先にもないかもしれない。

連れて行ってもらえなかったから?ううん、違う。徹のバレーをもっともっと見ていたかったから。
もしかしたら徹が……ここでバレーを辞めてしまったらどうしようって、一瞬ありもしないことを考えてしまったから。

「ごめん」
「なん、で……徹が謝るのっ……!」
「嘘になっちゃった」
「……徹は、嘘つかないもん」
「……うん」
「まだ終わってないもん!」
「…………」

ボロボロと落ちる涙を拭うこともせずもう着ることのない部活のジャージを抱き締めると、徹の指が私の頬を滑る。
いつも綺麗に手入れされていたそれが私の代わりに涙を拭って、そのまま優しく頬をなぞって。

私を見下ろすその瞳も触れる温度も、昔から何も変わっていないのに。どうかその光を消さないで。まだまだ私たちを引っ張って照らし続けてよ――――


"――――日本に居た学生時代はほぼ無名の選手で全国大会出場経験もありません"

割れんばかりの拍手と歓声、会場を包む熱気。今日この日のチケットが当たったのは奇跡だと思う。
二〇二一年・東京オリンピック。日本対アルゼンチン。ずっとずっと、強烈に焦がれ続けた景色。

自信満々な目線が、丁寧で考え尽くされたセットアップが、懐かしい声が……その全てがあの夏の日の体育館を思い出させてくれる。

高校最後の試合。私達の前に立ちはだかった烏野の変人一年生コンビ。徹をそんな表情にさせるの、君らしかいないんだよ。




「お待たせ。約束、果たしに来たよ」
「あはは。……もう全国どころか世界だね」
「いいじゃん。お前はどっかの野球部の南ちゃんじゃないでしょ」
「……うん。バレー部の名前ちゃんだよ」
「俺がお前を世界に連れて行くから……着いてきてよ」
「……うん!」

差し出された右手はあの日涙を拭ってくれたあの時よりも、もっとずっと輝いていた。


21.07.20.
及川 徹 2021's birthday.
ameさん リクエストありがとうございました!

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