短編

すき間をみつけて居座っている




朝は旦那さんが目覚ます前に起きて、キッチンに立つ。炊きたてのほかほかつやつやご飯と具沢山の味噌汁、ふんわり綺麗に巻いた卵焼きの横に自家製の漬物も添えて、最後に焼き魚。ちょうど全部を並べきったぐらいにゆっくりと起きてきた旦那さんの寝ぐせにくすりと笑うのだ。

「おはよぉ」
「おはよ、今できたとこやで」
「めっちゃええ匂い……」

ってまだ半分寝ぼけているようなふにゃふにゃした声なのに嬉しそうなのが可愛くて、きゅんと鳴る胸に朝から幸せを感じて。

そんななんでもない日常が私の理想。……理想やった、のに。

「なぁんでうまくいかへんのーーー!?」
「んん……名前、朝から何騒いどん…ってうわ!?え、なん、何事?」
「お、おさむぅうう」
「……なに泣いとぉー」

半泣きの私に特徴的な眉をハの字に下げて、ちょっとだけ口元を緩めながらも私をその胸に収めた治はまるで小さい子をあやすように私の頭を撫でた。
髪の間を通る治の指がまだ起き抜けの体温で申し訳ないって思うのに、それが同時に嬉しくもなってしまう。

せやからて現状はなんも変わらん。目の前には相変わらず理想とはかけ離れた食卓が並んでるし、まぁ食べれんこともないぐらいやけどキッチンの方はもっとひどい。
何してたん?って見た人誰もが思うやろう惨状に、そら目も逸らしたなるわ。
やのに治はチラとシンクとコンロを一瞥して、ほんでまたポンって優しく私の頭に手を置いた。

「とりあえず食おや。冷めたら勿体ない」
「でも美味しくないかも」
「なんで?絶対大丈夫やて」

そんな自信、どっから来るんやろう。作った本人は自信なんてまるでないのに。
促されて渋々席に着いた私は、机の上に並べられた朝食を見てため息を吐くしかない。

味噌汁ん中入ってる具材は大きさもバッラッバラでそれだけで見栄えが悪いし、卵焼きは途中で破けてもうた。魚は案の定焦げてもうてるし、唯一無事やったんは漬物ぐらいで。

「美味そ」
「……お世辞ええよ。絶対治が作る方が美味しいって」
「お世辞ちゃう、ほんま」
「嘘やん……」
「彼女ん家に泊まって朝ごはん出てくんの、夢やってんもん」
「うっ……」

その言葉を聞いて、私はなんも言えんかった。そう、先週も聞いたそのセリフ。
そもそも、もう長いこと付き合っとんのに未だ私ん家に泊まりに来たことなかった治が言ったその一言があって、あれよあれよとこのお泊りデートの予定が組み込まれてしまったのだ。
家事、特に料理がめちゃくちゃに苦手なんを知られたくなくて今まで必死に隠しとったんに。終わった。最悪、ほんま最悪。

だってそんな風に言われたら、ちゃんと完璧なところ見てもらいたい思ってまうやん。もっと美味しそうなん作ってすごい!って思われたかったやん。
大袈裟やって言われるか知らんけどでもそんくらいに落ち込んでる私を見て、何を思ったんか治はフッフと笑ってる。
そしてそのままちょいちょい、と胸の前で私を手招いた。

「?」
「おいで」
「……うん、?」

素直に席を立って、向かいに座る治の隣に立つ私。見下ろすと、「わっ」治は急に私の腰に手を回して、そんでそのまま勢いよく引き寄せた。
バランスを失った私は治の膝の上に乗り上げて、至近距離で向かい合う。

「っ」
「およ。照れとぉ?」
「ち、近くで見んといて……スッピンやし」
「心配せんでも可愛いで」
「そんなんええからぁ……」

お泊りデートが初めて、イコール治の前でスッピンも初めて。一応早ように起きてマシにはしたつもりやけど、起きたてでも関係なくかっこいい治に見られるのは違う。そんな心の準備、できてへんし。そもそも朝からこんな糖度高いの耐えられへん。

せやけど治はそんなん関係ないとばかりに私の頬を両方からぎゅうっと挟み込んで、そんでそのままむちゅっと唇をくっつけた。

「っ、ん」
「んっふっふ〜〜」

ちゅ、ちゅ、って触れるだけのキスが何回も落ちてきてこしょばい。のに、治はほっぺを掴んでる手を後頭部に滑らせて、私が吃驚して開いた唇の隙間からしれっと舌を侵入させて。
熱い舌が私の舌を絡め取ってくらくらさせる、頭を固定されては逃げる術もない。

「ん、っ……、っ、」

いきなし、しかも朝から何すんの!って胸を押してもびくともせえへんくて、結局私はされるがまま。苦しくて小さく息を吐く度に治が嬉しそうに笑ってるんは、ちょっと気になって目ぇ開けたら合ってしもうた視線が教えてくれる。

じゅるって一際大きく舌を吸う音が響いて、ビクンと肩が揺れた。それに治が笑いを耐えきれへんくなって……漸く解放された私は思いっきり息を吸う。荒い息の私を満足気にニヤニヤ見とるのはどういう感情なん、ほんま!鬼か!

「はっ、あ、あほぉ」
「かぁわい〜」
「もう!」

起きて朝ごはんも食べんと、抱っこされてちゅーして。照れ隠しで睨んでみるけどこんなん治にはやっぱ効かへんらしい。

「美味そうな唇があったんでつい」
「意味わからん……」
「まぁ、あれや。ちゃんと名前の飯美味そうやし、俺飯のことで嘘つかんし」
「食べたら不味いかもやん……」
「ほな食べさせて?」
「え?」
「あー」

大きく開かれた口は、あーんってしろってこと?私がこの失敗作を、自らの手で食べさせろって言うん?
そんなん嫌やって拒否したくても、治の目が早よしろって訴えてる。

「……不味くても文句言わんといてや」
「言わへん」
「……食べたい言うたん治やからな」
「おん」
「……あーん」
「あーーーん、」

治の膝の上に乗せられたまんま身体を捻ってお箸で摘んだ卵焼き。いや行儀悪いな。一口サイズのそれをゆっくり治の口元に持ってって、綺麗に口ん中に収めて。
もぐもぐと咀嚼されてる間、謎の緊張感。だってずうっと治との視線は合ったままやねんもん。

「……ど、どう?」
「……んまい」
「……嘘のやつやん」
「いやほんま!ほんまめっちゃうまい!」

ジトって睨んだら治が慌てて身体を揺らすから、バランスの悪いこの場所から落ちそうになって私も慌てて治の首に腕を回した。
ぐっと近い距離でまた目が合って、ぱちぱちと瞬きした治が今度はふにゃって表情を崩して、

「めっちゃ美味い、ありがとぉ」

って笑う。

「ほ、ほんま……?」
「全然信じてくれやんやん。美味いって。卵焼きの味付け何使てるん?醤油?」
「うん、……え、治ん家違うの?」
「うちは塩か砂糖やなぁ。日による」
「うそぉ!醤油じゃない家あるんや!?」
「ぶふっ……そんなんいっぱいあるやろ」

言いながら治はまた口を大きく開けるから、今度はすぐに卵焼きを摘んでそこに放り込んであげる。
もぐ、もぐ、もぐ。咀嚼している間の沈黙と、その後のとびきりの笑顔。

それが子供みたいに可愛くって、きゅうんって胸の奥が甘く締め付けられた。
治の手がさっきみたいに私の頭を撫でて……それが凄い褒められてるみたいで、くしゃくしゃになっていく髪すらもなんか嬉しい。

「美味しいもん作ってくれてありがとぉ」
「……うん」
「名前は料理嫌いなん?」
「え?い、今更?」
「やってこんな美味しいもん作れんのになんでかなぁって。勿体無いやん」
「お、美味しいとは思えん見た目やけど……」
「まだ言うんか、頑固娘」
「ふぐっ、」

今度は私の口に捩じ込まれた卵焼き。……うん。まぁ……意外と美味しい。

「な?」
「…………」
「ま、別に苦手でもええやん。料理できんでも俺おるし、死なへんし」
「…………」
「せやけど俺は名前の朝ごはん、また食いたいけどなぁ?」

そう言って私を覗き込むように見る治は、ほんまずるい。だってそんな風に言われたら……頷くしかあらへんやん。

「…………たまになら」
「おん」
「…………また作ってあげてもいい」
「おん。頼むわ」
「……うん」

私の素直じゃない返事にも、治はやっぱり嬉しそうに笑って。さっきみたいに頬を挟まれたから、また来る!?って思って反射的に目を瞑るけど、いつまで待ってもその感触は来やん。

「…………?」
「フッフ。騙されたぁ」
「な、んっ、んんっ、」

パチッと目を開けた瞬間遅れて降ってきた甘く蕩けるキスは、またちょっと意地悪な目した治と真っ赤な私の視線を絡ませながら、私を骨抜きにしていくんや。
あほやん。朝からこんな体勢で卵焼き食べさせ合って何しとん、私ら。
そう思うのに、単純な私はせめてまあ次の機会があったら……そん時はもうちょっと美味しいもの作って治を驚かせたいなぁ、なんて思うのだった。


21.07.16.
title by ユリ柩
ranさんリクエスト ありがとうございました!

- ナノ -