短編

何度でも言わせて



「はぁっ、ねぇ!黒尾、聞いてる?」
「あー……っもう、聞いてるって」
「うそ、絶対ちゃんと聞いてない!」
「聞いてますぅー」
「じゃあこっち向いてよ!」
「向いてるって」
「目ぇ!合わない、じゃんっ!」
「いった゛!?おま、無理やり顔掴むんじゃありませ、……ん、……」
「……好き、黒尾」
「…………」
「私は黒尾のことが好きです」
「…………はぁ」

ズキン。黒尾が大きく吐いたため息に、胸が痛む。そんなに困った顔しなくてもいいじゃない。例えそれがどんな意味を含んでいたとしても、黒尾なら上手く誤魔化せるはずでしょ?ごめん、でもありがとう、って。そう言ってくれたら、そうやって笑ってくれさえすれば私もここを去るまでは泣かずに済むのに。

ずっと想い続けていた相手に告白するぞと決めて、それで勇気を出して告げた言葉。笑っちゃうくらい震える手を握り込んで漸く伝えたその想いは、黒尾の「……は?」って間抜けな音に呆気なく掻き消されてしまった。

「だから、」
「お前さぁ……いくら俺とお前の仲だからって、言っていいことと悪いことがあんじゃないの?」
「なっ、にそれ、どういうこと」
「それくらい自分で考えてくださーい」
「はぁ!?なに、勝手にキレられてわけわかんないんだけど、」
「俺の方が訳わかんねーわ!」
「はあぁ!?」

告白って、なんかもっと甘酸っぱい空気になるもんじゃないの?それなのにこの殺伐とした空気は何?
それに黒尾が言った言葉。それって、私は黒尾に想いを伝えることすら許されないの?迷惑だって言いたいの?なんで?

「……ちゃんと、答えくらい欲しいんだけど」
「答えるもんないデショ。お前の気持ちがわかんねーのに」
「え?……いやだから、」
「もういいって」
「あ、ちょ、待て黒尾!」

勢いよく飛び出した空き教室、廊下を駆ける私達。放課後だからあんまり人はいないし障害物は何もないそこで、運動部男子の黒尾に勝てるわけなんてない。
だけどこんな時でも女子に本気になろうとしないのが黒尾で、あんまり全力で走ったら危ないとか、多分そういうことを考えてくれてるんだろう。自分たちの教室に帰ってきてしまったところで走るのをやめた黒尾に私が吐いた、冒頭のセリフ。

気持ちがわからないって何。私、ちゃんと言ったじゃん。黒尾だって聞いてたのに、どうしてそんなこと言うの。そのため息にどんな意味があるの。

「……迷惑ならそう言ってくれたらいいのに」
「……そんなんじゃねーけど」
「そんなんじゃないなら何!?……黒尾、困ってる、じゃん」
「…………」
「……うん、もういい。ごめん、忘れて、やっぱ何も聞かなかったことに」
「お前が!」
「?」
「……罰、ゲームで……そういうこと言ってくる、から」
「…………え?」

罰ゲーム。その単語に聞き覚えがあるのは、仲の良い友達数人で数十分前にそんな話をしていたから。でもどうして黒尾がそれを?

「さっきたまたま聞こえた。お前がなんかの罰ゲームで告るって」
「え、あ、」
「……そんなんで告られてネタにされんの、まじで気分悪いんですけど」
「……え?あ、ちょ、っと」
「俺なら笑って許すとでも思った?悪ぃけどそんな心広くはねーんだわ」
「待って、それなんか、違う、聞いて」
「あ゛?」

黒尾が言っていることに若干の違和感を感じて、もしかして、って浮かぶ可能性。友達としていた、ゲームで負けた人が好きな人に告白するって罰ゲーム。もしかして黒尾、好きな人、じゃなくて誰でもいいから告白したと思ってる?

もしそうじゃないって知ったら……どんな反応する?

「黒尾」
「………なに」
「罰ゲーム、してるんだけど。私。」
「知ってる」
「好きな人に告るって罰ゲーム、なんだけど」
「だから知ってるって…………え?」
「…………好きな人、黒尾、なんだけど」
「…………え?」
「ネタじゃないよ、黒尾が好き」
「…………マジ?」
「マジ。大マジ。」

ぶわわわって黒尾の頬が赤く染まっていって、耳まで真っ赤で、それを見て私も急激に身体の熱が上がっていく。嘘、なにそれ?黒尾ってもっと飄々と受け止めてくれる感じだと思ってた。
さっきまでもうちょっと普通にいられたのに、黒尾がそんな反応するだけで私まで耳にも心臓がついてるんじゃないかってくらいバクンバクンと大きな音が響いていて。

「…………答え。欲しいんですけど」
「…………俺のこと、好きなの?」
「だからそう言ってんじゃん……」
「うわーやべ……えー、ちょ待っ…………嬉しすぎて言葉が見つかんない」
「な、なにそれっ……」

そうだよ、これだよ甘い空気。放課後の教室、夕日が差し込むそこに二人分の影が伸びて、黒尾の頬を挟んだままの私の手に黒尾の手も重なって。
ゆっくり屈んで私との距離が近付いた黒尾に、もう心臓は壊れてしまいそう。

「……あー……ごめん、勘違いしてた。完全にネタにされてんなって、俺の気持ちどうすんのよってキレてたわ」
「…………だから、怒ってたの」
「ん。……俺もお前のこと好き。だからめちゃくちゃ嬉しい、今」
「…………」
「あれ?照れてる?」
「うう、う、うっさい!なんで顔近づけて言ってくんの!」
「えー……そりゃあ、ねぇ?」
「ねえ、じゃないよ!」
「へぶっ!」

好きって想いが漸く伝わって、黒尾の気持ちも教えてくれて。甘い空気に憧れていたくせにそうなりそうになると照れてやっぱりもうちょっといつも通りでいたいかもしれないなんて、我儘かな。だけどゆっくり絡められる手だけは頑張って振り解かず私も握り返したいと思うのは、黒尾ことがずっと本気で好きで、どうにかして友達から抜け出したいと思ってたからだよ。


21.06.20~21.06.26.
アンケ御礼。ご協力ありがとうございました!

- ナノ -