短編

塗りたくったロマンスタイム




鉄朗は強豪といわれる男子バレー部の主将で、毎日部活で忙しかった。それは付き合う前からわかっていたことだし、仕方ない。実際にデートらしいデートなんかほとんどしたことがなくても学校で毎日会えるし、夜はたまに電話もしてくれるし、不満なんてひとつもなかった。それでも、日曜日がオフらしく久しぶりにデートに行こうと誘われた日には、まだ週の初めだったにも関わらず天にものぼる気持ちで、その前日なんてそわそわ、そわそわ。そう。浮かれまくっていたのだ。


「早く着きすぎちゃった…」


待ち合わせは13時だけど、今は12時半。おろしたてのワンピースに、学校では申し訳程度にしかしていないメイクも今日はバッチリ。髪型もネイルもセルフだけど雑誌を見ながら四苦八苦しただけあって、自分で言うのも何だがなかなか上出来だ。

まぁ、遅刻するよりいっか。早く鉄朗来ないかなあ〜。なんて思っていた時は、まだ楽しかった。


「…遅い」


13時半。まだ鉄朗はそこに姿を表さない。張り切ってヒールのあるパンプスなんか履いてきちゃったから、だんだんと足が鈍く痛み始めている。ケータイを見ても鉄朗からの連絡はもちろん、

"13:05 鉄朗まだ〜?"
"13:21 もしかして寝てる?"
"13:28 おーい"

そのどれにも反応はないし読んだ形跡すらない。
え、ほんとに寝てるのかな?お疲れなのはわかるけどもう昼過ぎだよ?

それでも来ないものは仕方ない。鉄朗は寝坊であると判断した私は、近くのカフェに入りここが見える席で時間を潰すことにした。



それから4時間半。私はどうして今ここに私がいるのかわからずに、呆然としていた。目の前にはとっくに中身がなくなったマグカップ。手には、鳴らないケータイ。

向こうからの連絡はない。電話しても出ない。さすがにもう夕方だし、寝てるとかいうことは考えにくい。何も言わず、ドタキャン?鉄朗が?喧嘩した覚えもないし、つい昨日の夜だって電話したところだ。

どうして鉄朗が来ないのか、その理由が本当にわからなくって途方に暮れる。あんなに楽しみにしていた一日はもう終盤に差し替かっていて、あんなにワクワクしていた気持ちは嘘のように萎んでしまっていた。

なんだかバカみたいじゃないか。浮かれていた自分が。この日を心待ちにしていた自分が。すっかり気持ちは沈んだまま、日曜のカフェにドリンク一つで何時間も居座る女への店員さんの目も痛いし、もう帰ってしまおうかと店を出た。

最後にもう一度、待ち合わせ場所に立ってはみたけどやっぱり鉄朗はいなくって、無性に悲しくなって涙がこみ上げてきた。


「あれ、名前じゃん」
「…てつ、ろ」
「何してんの…って、おま、泣いてんの?」


後ろから声をかけられて振り返ると、あんなに待ち望んだ人がそこに立っている。言ってやりたいことは沢山あるのに、その姿を見た瞬間私の涙腺は決壊してしまった。


「て、てつろ、うえええええええん」
「ええ!?や、まじどうした?」
「鉄朗、の、ばかあああ!!!!」
「なんで!?」


歪んだ視界で珍しくワタワタと慌てている鉄朗が見えるけど、私の涙は収まらない。だってしょうがないじゃないか。私は悪くない。私は今日をとてもとても楽しみにして、お洒落して、それなのに約束をすっぽかされて、それでも何時間も待っていた私に「何してんの」だなんて、こんなにひどい仕打ち。


「なん、で、ケータイ出ないのっ…!」
「ケータイ今日忘れちゃったんだよごめん」
「でも、なんで、…なんでええ」
「ちょ、落ち着け名前。何があったか、ゆっくり教えて?どした?」
「私、ずっと待ってた、のに…っ」
「え?」
「デート、!楽しみに、してたのに、鉄朗こなかったじゃん…!!」
「デート?誰と?」
「鉄朗に決まってるでしょお!?バカ!!!」
「俺?」


なんて、この男は。ここに来てとぼけようとでも言うのか。私はじっくりたっぷり責めるように鉄朗を睨む。


「デートって来週の日曜のやつ?」
「そう、そのデー……………、え?」
「あれ?」
「来、週…?」
「来週」
「来週…?」


来週。来週。その言葉が理解できなくて、繰り返す。え………えええ!?来週???
私はすぐにケータイを取り出し、鉄朗とデートのやりとりをしたメッセージを遡る。誘われたのは、今週の頭だったはずだ。すぐに辿り着いたそこには、

"23:45 来週の日曜オフになったんだけど、久しぶりにどっか出掛けようぜ"

そこで私はやっと理解した。来週。来週の日曜。私が、勘違いしてたんだ。そろり、と顔を上げて改めて見た鉄朗は、音駒バレー部の赤ジャージに身を包んでいて明らかに部活帰り。そういえば、さっきまでその後ろに鉄朗の幼馴染みで同じくバレー部の研磨くんもいた気がする。


「あ…」
「解決?」
「…うん」
「ああ、だから…昨日の夜なんかいまいち話噛み合わねーなって思ったんだよね」
「え!?」


言われて、昨日の夜。寝る前の会話を思い出した。

「デート楽しみすぎて寝れないかも〜」
「嬉しいけど早くない?」
「えー、早くないでしょー」


「なんかところどころ…眠いのかと思ってあんま気にしてはいなかったんだけど」
「うわあぁ…」
「もしかして、今日ずっとここにいんの?」
「………」


穴があったら入りたい。勝手に勘違いして、勝手にキレて勝手に泣いて、今日昼からの自分を思い返すとなんて間抜けなのか。

どんな顔をすればいいかわからなくて自然とまた目線は下がっていく。


「名前ちゃんはおっちょこちょいですネ」


さらりと私の右手が攫われた。その犯人はなんでもない風にそのままゆっくりと歩き始めるので、私もそれに着いて行く形で引っ張られる。


「んな可愛い格好して、変な男に捕まんなかった?」
「…そんなのあるわけないじゃん」
「ごめんな?ケータイ忘れてなかったら休憩時間に連絡返せたのに。めちゃくちゃ電話くれたんじゃね?」
「…ストーカー並に」
「ぶっ…!…ストーカって…!!」


ぶひゃひゃひゃ、と変な笑い方をする鉄朗は、本気で面白いと思ったのだろうか。そういえばどこに向かってるんだろう。こっち、私の家とは真逆、鉄朗の家の方なんだけど。


「ねぇ、どこ行くの?」
「ん?俺の家だけど」
「え、ど、どうして」
「だって何か名前に泣きつかれてる間に、研磨帰っちまったし」
「ご、ごめんなさい…」
「俺のために可愛い格好してきてくれた名前ちゃんを、そのまま帰すわけにはいきませんし?」


ニヤリ。意地悪く笑った鉄朗は本当に高校生なのかと疑いたくなるくらいの色気に溢れてて、私はこの後の展開を瞬時に想像してしまう。
その雰囲気に当てられて頬を染める私に、今度は不意打ちで唇が落とされた。一瞬の、触れるだけのキス。


「…鉄朗」
「なんでしょうか」
「来週のデートも、楽しみだね」
「まだこの後もお楽しみがあんのに、もう来週のこと?早くね?」
「……全部楽しみなのー」


とりあえず今は、今日勝手に勘違いして待った分鉄朗の家でいっぱい構ってもらおう。



2019.11.30.
title by 草臥れた愛で良ければ

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