短編

甘い子どの子




「もうすぐバレンタインやなー」
「せやなぁ」
「侑も治も、今年も凄いんやろなあ」
「……お前、去年の約束覚えてるやろうなぁ」
「え?」
「今年はちゃんと用意せえよ」
「あー…そんなことも言っとったなぁ」

幼馴染の侑と治は、昔からまぁモテる。それがバレンタインともなれば学校中の女子達…いや、高校生になった去年からは他校の女子からも大量のチョコレートを貰っとった。

せやから私からのなんかいらんやろ、って思って、今までは毎年欠かさずあげとったのにあげへんかったんも去年。その日の夜は、大変やった。

チョコがないと知った治は怒りだして、あの侑が、止めに入るほどで。え、そんな怒る?ってぐらい怒って…ほんでその後は、めちゃくちゃ拗ねられた。

せやかて私だってあーんな可愛い子に美味しそうなんとか、高そうなんとか…とにかく、私には到底用意できひんようなチョコいっぱい貰ってるのにあげる気ならへんやん。
私かてほんまは渡したかったよ、特に治には。だって好きやもん。ずっと、ちっちゃい時から好きやってんもん。

「来年は絶対用意してや」
「いい、けど…でも治いっぱい貰うやん」
「名前からのが欲しい!」
「ええ…でもそんなん、…他の子のやつの方が絶対美味しいで」
「んなことないわ!むしろ名前のだけだええし!」
「…ほんまにぃ?」

言いながらも、思わず口元が緩んでしまう。なに、それ。もしかしてって期待させるような治の言葉に、そんなら来年はじゃあ用意しよう、って思った。

そんで、今年。治は当日になるまでに何度も何度も念を押してきて、いやもう分かったから!ってやりとり何回したか。
治が私のチョコ欲しいって言うてくれてる。あんなに言ってくれんねんから、絶対美味しくて心のこもったやつ作って渡そ!って。気合は十分、やったはずやのに…

「…なんこれ」

スマホで調べたレシピの写真とは、およそ同じもんとは思われへん完成品。なんで?材料も、分量も、手順も、ちゃんとやったのに!全然ちゃうやん!
見た目あれやけど味は美味しいかも、ってほんのちょっとの望みも、余分に作った味見用のやつを口に入れて飛んでいった。

…まっず。こんなん渡せるわけない。やからと言ってもう作り直す時間も材料もない。こんなんやったらもっと早く作っとくんやった…もう店も閉まってるわ…

せっかくのバレンタインデーっていうチャンス。あんなに治が言うてくれてんから、私も美味しいチョコ渡して、そんで…告白も、しようと思っとったのに。こんなんじゃ無理や。

解決策も何も見つからんまま、現実逃避するようにベッドに入り眠りに落ち、そんで次の日、バレンタインデー当日。
昨日チョコを作り始めるまでは、あんなにワクワクしてたのが嘘みたいに憂鬱で、のろのろと準備をして学校に行くことになるなんて。教室についても自分の机に伏せて項垂れていると、ホームルームが始まるちょっと前、朝練終わりの治と角名くんが教室に入ってくると周りが騒ぎだして、顔を上げて見んくても凄いことになってるんが分かった。

「お前ら既にめちゃくちゃチョコ貰ってるんやんけ!バレー部はみんなこうか!」
「宮ツインズだけやない、角名まで…」
「侑の方も凄かったよなぁ、さっき廊下ですれ違った時めっちゃドヤ顔やったわ」

男子達の会話が気になって、ちょっとだけ顔を上げて治達の方を見ると、「!」その瞬間ばっちり治と視線が合ってしまう。
そのまま治はズカズカと私の机ん前までやって来て、

「ん」

その大きな手のひらを私に差し出した。

「…お、おはよぉ、」
「おはようさん。チョコは?」
「い、いきなりやな…」
「そら楽しみにしとったからな、名前のチョコ」
「…ごめん、ないねん」
「は?」
「や…ほら、だって!治いっぱい貰ってるやん!やっぱ私のより絶対そっちの方が良いやつやし、その赤い紙袋のやつとかめっちゃ美味しそ…お、…」
「………」
「…おさむ?」
「…もうええ」

治の表情を見て、ピシリと固まった。怒ってるんか、拗ねてるんか。去年とはまた違う、すんごいこわい目しとった。そうやんな。あんなに言うとったのに、…せめて来る時にコンビニでもええから買ってこれば良かった。

でもな、言い訳すると、告白するつもりやったのにそんなコンビニのチョコなんか渡せるわけないやん。そんな、美味しそうなんいっぱい貰ってる人に、渡せるわけない。…っていうか治だって、私のチョコだけでええとか言うとったくせに…!

無言で席戻っていく治を見つめながら、こんなん逆ギレもええとこ。せやけど、だってその言葉、めっちゃ嬉しかったんやもん。やのに普通に貰ってるやん。…そりゃそうか、治は食べ物大事にするもんな。貰えるもんは貰うし食べたいよな、うん。

「…はぁ」

チョコ作りを失敗した自分への不甲斐なさとか、他にもチョコいっぱい貰ってる治への苛つきとか。モヤモヤとした気持ちのまんま、私はまた机に突っ伏した。


* * *


「名前〜治くん来てるよ〜」
「…おらんって言うといてー」
「もう遅い、入ってもうたわ」
「え、おさ、!」
「チョコ貰いに来たったで」
「…ないって言うたやん」
「お前のおかんが昨日なんかキッチン占領して作っとった言うてはったけど」
「お母さん…!」

今日一日、朝のあれ以来治とは会話はおろか目も合わせず放課後早々と家に帰って部屋に篭っとったのに、いつの間に寝てしまってたんかあたりは真っ暗になっていて。
お母さんの声に目が覚めてぽやぽやと働かない頭で返事をすれば、ガチャリと部屋の扉が開いて今はあんまり会いたくなかった治が登場する。

いつもの感情があんま見えへん表情で私の元にやって来ると、そのまんま、また朝みたいに私に手を差し出した。

「…ないって」
「しょーもない嘘ええねん、用意しとんのやろ」
「ないよ。ていうか朝も言うたやん、治いっぱい貰ってるしええやろって」
「…ええ加減にせえよ」
「…治の方が」
「去年も言うたやろ!俺はお前のが欲しいんじゃ!」
「じゃあなんで!」

段々とイライラしてきてんのは自分でも分かっとった。…ほんまにこんなはずちゃうかったんやって。せやのに感情は抑えきれへんくて、私は治の言葉に大きな声を被せてまう。

「…私のだけでええって言うてたのに!なんであんないっぱい貰ってんの!言うてることとやってることちゃうやん!」
「はぁ?」
「…私だって治にあげたかったもん!美味しいやつ!せやのに、失敗して…あんなん…あげれるわけない、やん…!」
「名前…」
「あほー!治のあほ!治なんかチョコ食べ過ぎてニキビだらけなってみんなからドン引きされればええねん!」
「名前」
「わ、!」

勢いのまま思ってることをぶち撒ければ、それを聞いた治は私を引き寄せる。急に腕を引っ張られて、座っとった自分のベッドから治の胸に飛び込んでまう。
そのままギュッて強く抱きしめられて、身動きもとられへんくなって固まった。

こんな、喧嘩しとんのに。ふわりと香る治の匂いに、倒れそうなくらいクラクラする。ドキドキ鳴ってうるさい心臓の音が治に聞こえへんか心配になった。

「な、に…」
「すまんかった」
「………」
「あれは、学校着いたらもうロッカーとかに入っとって…誰から貰ったか分からんから返すんもできひんし、捨てるわけにもいかんからしゃーなし持っとっただけやねん」
「え…?」
「直接渡されたんは、ちゃんと全部断ったで。悪いけど今年は貰う奴決めとるからって」
「…それ、」
「名前からだけ貰いたいって、俺ずっと言うとるやん。そろそろ分かってや」
「……分からん、よ」
「は?」
「…ちゃんと言うてくれな、分からん」

ドキン、ドキン。胸が痛い。

抱き締められてるせいで顔見えへん、でも耳元で聞こえる治の声だけが直接響いて、かかる息が熱くって。ぎゅ、って私も治の背中のシャツを握れば、治はゴクリと喉を鳴らした。

「…ほんまは分かっとるんやろ」
「…分からん」
「じゃあお前は何でチョコ用意してくれようとしたん」
「…去年あげへんかっただけで、一昨年までは普通にあげてたやん」
「でも前は買ったやつやったやん。今年は作ろうとしてくれたんやろ?」
「………」
「名前、料理なんかできひんのに」
「………」
「…俺とおんなじ気持ちやって思ったらあかんの」
「…そんなん…ずるいわ、あほ」
「ふっふ、…耳真っ赤やん」
「…あほぉ」

おんなじ気持ち。治の言葉に、多分治が言ってることと私が思ってることは同じなんやと思う。
長年想い続けてて、今年は遂に伝えようと思っとった癖に慣れへん空気感が照れ臭くてつい悪態をついてしまう。それでも治の声はさっきとは打って変わって嬉しそうで、それを聞いて私も耳元からビリビリと身体が痺れた。

「なぁ、名前」
「…ん」
「顔見てええ?」
「…嫌や、今無理」

治の胸に顔を押し付けたら、治からも私とは負けず劣らずの心音が聞こえる気がする。速い。治もドキドキしてくれとるんかな。

「じゃあそのまま聞いてや」
「…うん」
「好きや。俺と付き合うてください」
「………」
「おいこら。返事しいや」
「…わ、私も好き…や、から…お願い…します」
「………」
「…なんで黙るん」
「…これ恥ずいな」
「………」
「ちょ、ここで顔上げんな!」
「…治、顔赤い…」
「名前もな」

治がどんな表情をしてるんか気になってもうて上げた顔は、真っ赤になってる治と負けず劣らずらしい。そんでも今が信じられへんくて、胸がぎゅんって苦しくて、そんで…めっちゃ幸せで。私は再度治の胸に顔を押し付けてこの気持ちを噛み締めた。

「…なぁ」
「…なに」
「チョコほんまにないん?」
「…失敗してもうたから」
「それは?どうしたん?捨てた?」
「…一応ある、けど…」
「!なんやあるんやん!それ食いたい!」
「はぁ!?あ、あかん!それはあかん!それだけは無理!」
「なんで!名前のチョコ食いたい!どんなんでもええから!」
「無理!作り直すから!また今度にして!」
「嫌やぁ今日がいい!持ってきて!今食う!」
「な、なんなん…そんな拘らんでも…」
「好きな子のバレンタインチョコやで!?特別やん!今日食わな意味ない!それに」
「…なん」
「名前が一生懸命作ってくれたんやろ?ほんならそれ、食わして」
「…ほんっま…お腹痛なっても知らんからな」

…ほんま、いきなし心臓に悪いって。好きな子、とか。
私の返答に嬉しそうに笑ってる治に心臓を鷲掴みにされた気いして、私は未だきゅんきゅんと痛い胸を押さえて、そして冷蔵庫に走るのだった。


21.02.14.

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