短編

可愛いエゴセントリック




こいつ絶対俺のこと好きやん、って女はめんどくさい。少なくとも今まではそう思っとったし、今でもその考えは変わってへん。でも今一人だけ例外の女がおって、俺のこと絶対好きなんは分かってんのに、でも別にめんどくさいとか俺のバレーの邪魔やとか、そんなこと思わへん。いや性格はどっちかっていうとだいぶめんどくさいねんけどそんなとこすら可愛いと思えてしまう。つまりは俺も、そいつのことが好きやった。

苗字名前。おんなじクラス、おんなじバレー部でマネージャーの女。
口は悪いし、男子ばっかのうちの部でも負けへんくらいに勝気なこいつは普段俺らの周りに寄ってくる女とはどこかちゃうかった。変に媚びてへんし、本気でバレーに向き合ってくれるんは純粋に仲間として信頼もしとったし、俺からもそこそこ構いにいってもうてたんは事実。
お互い負けず嫌いでしょっしゅう言い争いをしては北さんにも怒られた。それでも苗字といる時間はなんかちゃうなって思い始めたんは二年になってから。それは多分向こうもおんなじで、二人きりになったときにたまに訪れる普段とはちょっと違う空気とか、甘酸っぱくて、なんかむず痒くて、でも嫌でもなくて。

「侑、今日ちょっと帰り付き合ってほしいとこあんねんけど」
「自主練してくけど」
「うん、そのあとでいい」
「わかった」

苗字はこうやって、たまに一緒に帰ろって誘ってくる。毎日やない、頻度で言えば週に一、二回くらい。その時間が実はちょっと楽しみで、でもそんなん言うたら絶対調子乗るやろからっていつもあくまでなんでもない風に返事する。
そんな俺を見て何を思ったんか、サムがフッて鼻で笑いよったけど今の俺は機嫌がいいから見逃したるわ。

そうして練習も自主練も終わって、この時間まで付き合って備品整理をしてた苗字に声をかける。そしたらまた嬉しそうに、周りに花が咲いたみたいに笑うから、それが可愛くって俺もちょっと口元が緩んだ。

「もうええの?いつもより早ない?」
「おん、昨日ちょっとやりすぎて北さんに怒られたから今日はもうやめとくわ。帰ろ」
「うん!」

荷物を持って走ってきた苗字は、俺の隣に並んで歩き出す。いつもとおんなじ道。苗字は寒いんか手こすり合わせとって、寒いんやったらまずその足しまわんかい、と思わんでもないけどそれも言わんかった。

「んで、どこ行くん」
「いっつも通るケーキ屋さんあるやん?あそこ寄りたいねん」
「誰か家の人誕生日なんか?」
「ううん、今日あそこの店カップルで行ったら焼き菓子プレゼントしてんねんで!侑も食べたいやろ?」
「なっ……」
「だから協力してや、ええやろ?」
「しゃ、しゃあないなあ。…特別やで?」
「ふふ、うん!ありがとぉ!」

そうやって笑う苗字に、やっぱりドキッてさせられるのが悔しい。くそ、なんでそんな可愛いねん。


* * *


平静を装って言った、つもりやけど内心はバックバク。週に何回か一緒に帰る侑を、今日はちょっと寄り道に誘ったんは私にとってはだいぶ勇気がいることやった。
別にここのお菓子がどうしても食べたいわけちゃう。でももしかしたら侑も私のこと好きなんちゃうかな、って何回も思わせられてる今の状況、動かすのには都合のいい理由やったから。

「苗字、もうちょいこっち寄っといた方がええんちゃう」
「え、なんで」
「だってカップルに見えなあかんねんやろ?ちゃんとフリせなお菓子貰われへんで」
「せ、やな」

手を引かれて、侑と肩がぶつかる。ち、近い!赤くなった頬、絶対に侑にはバレたくない。気持ちマフラーに埋めた口元をもごもごさせて、「こんなんずるいわ、」とつい呟いた。繋がれた左手がめっちゃ熱い。

無事お目当てのものもゲットして、店も出たのに左手はやっぱり繋がれたまんま。…侑、忘れてんのかなぁ?嫌じゃない、ドキドキしすぎて苦しいけどむしろ嬉しい。でも侑は?
侑にもドキドキして欲しくて、侑が何を思ってんのか気になって…そんで私は、いつもの悪いとこが出てもうた。

「カップルちゃうってバレへんくて良かったなぁ」
「あ?まぁそんな細かく見てへんやろ。カップルなんか証明できるもんでもないしな」
「ほー?じゃあなに、別に手繋がんくてもよかったんちゃうん?あ、もしかして侑、私と手繋ぎたかったん?」
「はあー?誰がお前なんかと!」
「じゃあこれは何なんよ!」
「別に意味なんかないわ!離せ!」
「うっわ」

つい強い口調で言い返してもうた、可愛くない私に自己嫌悪してももう遅い。ブンッ、と乱暴に振りほどかれた左手が行き場をなくしてぶらんと垂れ下がる。さっきまであった熱がなくなって、急にめっちゃ冷たく感じた。

「お前が彼氏おらんからしゃーなし俺がわざわざ付き合ったったんに、なーんやその態度は!もっと感謝せえ!」
「はぁ!?そ…そんな言われんでも、私にも彼氏くらいもうすぐ出来るわ!」
「ええよええよ、そんな強がり」
「強がりちゃうもん!きょ、今日だって告られたし!」
「は?」

言うつもりなかったのに、売り言葉に買い言葉で飛び出したのは別に嘘でもなんでもないほんまのことやけど。でも侑はそれを聞いた途端、急に周りの空気が変わったみたいになってギロリと私を睨んだ。


* * *


は、今なんて言ったこいつ。

「…誰にやねん」
「…隣のクラスの、サトウ、くん」
「ほぉ…で、どうすん」
「え」
「そいつと付き合うん」
「え、いや…」
「…まぁお前が誰を好きでも、俺には関係ないけど」

強がりとかやない。お前が誰を好きでも、俺以外を好きでも、俺はお前のこと好きやし。せやけどこいつも俺のこと好きや思っとったのに、それも俺の勘違いやったんか。あああむっちゃ腹立つ、誰やねんサトウって!

関係ないと言いつつも、イライラすんのは抑えられへんくて無意識に舌打ちまで出る始末。そんなやから、気いつかへんかった。

「あれっ」

苗字、おらん。隣を歩いとったはずの 苗字がおらんくて反射的に周りを見渡せば、だいぶと後ろの方で立ち止まっとる。…なにしとんねん、あいつ。
あーもうめんどくさい。ほかの奴やったら絶対置いてってる。置いて帰る。でもそれが、苗字やから。苗字やからそんなこと出来ひんの、ほんま分かってる?

渋々ながら引き返してまた目の前にした苗字は、さっきの位置で俯いてる。なに、なんなん。先吹っ掛けてきたんそっちやん。訳分からんくてため息を吐いたら、苗字の肩がぴくりと跳ねた。

「…帰らんの」
「…いい、先帰って」
「なんで、一緒に帰ろ言うたやん」
「…嫌や」
「なんでやねん」
「…だって」
「あ?」
「…だって、侑が…」

ぽつり、ぽつりと苗字の足元の地面にシミができていく。あ、ちょ、なんで泣いてるん。内心めっちゃ焦ってんのに、平然を装う俺多分めっちゃダサい。けど、苗字の前では余裕でおりたいやん。
どうしたらいいかわからんくて、俺は恐る恐るさっき放り投げた苗字の左手を取った。


* * *


侑が触れられたら、相変わらずそこだけめっちゃ熱い。ピリピリ痺れるみたいで、身体が言うこときかへんくて。せやのに今、それが余計に悲しくて、止まらへん涙が頬を濡らした。
関係ないって何?私が他の人を好きでも別にどうでもいいってこと?私があんなん言うたのが悪かった?…侑も私のこと好きや思てたんは、勘違い?

聞きたいのに、聞かれへん。だってこわい、侑に振られるんが。どうにも出来へんくて、こんなん見られたないから先帰って言うてんのに侑は頑なに首を縦に振ってくれへんし。
せやからもうどうにでもなれ、と言わんばかりに私は泣いた。

「…ひっ…ぐ、うっ…」
「…なんなん、なんで泣いてんの。言うとくけど泣き顔めっちゃブスやで」
「うっ…うるさ、い…っも、ほっといてよぉ…っ」
「…無理や、ほっとけるわけないやん」
「なんでっ…こんな、私がブスな顔で泣いて、よぉが…っ侑には関係、ないやろ…!」
「………」
「関係ないんやから、ほっといて…!」
「あああ!もう、うるっっっさいねん!!」
「!?」

子供みたいに、泣いて、喚いて。そんな私の頭の後ろに空いてる方の手を回した侑は、そのまま自分の方にぐいっと引き寄せる。そのままの勢いで侑の胸に顔から突っ込んだ私は「ぶへっ」と可愛気の欠片もない声が出たのに、侑はそんなん気にせんとばかりに更に私を胸に押し付けた。

「泣きたいのはこっちやねんけど!?」
「あつ…?」
「なんなんお前、何勝手に彼氏作ろうとしてんねん、なんで急に関係ないとか言うねん!お前俺のこと好きやったんちゃうん!?」
「え…」
「なんやねん!!!」
「…侑、が…侑が先に、私がサトウくん好きでも関係ないって言うたんやん…だから、私、…」
「はぁ?」
「侑が、好きやのに…侑も、私のこと好きや思っとったのに…関係ないとか、言うからぁ…!」
「そ、な、……はぁあ!?」
「え、侑、」
「あほ、こっち見んな!」
「ぶふっ」

勢いよく怒鳴る侑を見上げて言い返してやれば、侑は耳まで真っ赤にしてまた私の頭を抱え込んだ。ドクドクドク、ってめっちゃ早い侑の心臓の音が聞こえるけど、でも多分私も同じやと思う。勢いで言ってもうた、ずっと言われへんかった気持ち。

なあ、顔見せてや。今どんな表情してんの?期待、してもええの?


* * *


さっきまで泣いとったのに、いきなし爆弾発言かましてくる苗字はほんま俺をどうしたいねん。くそダッサい今の状況をどうしようか、必死に考えた。うるさいくらい鳴ってる心臓の音も、熱がのぼってあっつい身体もきっととっくにバレとる。試合中はあんなに頭回んのに今は全然なんも思いつかんくて、でもここまできたらちゃんと苗字に伝えたらなあかんのだけは分かってた。

「…苗字」
「…はい」
「そのまんまで、聞いてや」
「…うん」
「苗字が誰のこと好きでも関係ないって言うたんは…お前が誰を好きでも、俺はお前のことが好きやから…」
「え…」
「だから…いや、でも、お前俺のこと好きやん。だからやっぱさっき言うたのナシ。俺以外好きとか許さん。関係大アリ。俺のこと好きって言うて」
「な、んそれ…」
「俺は苗字のことが好き。…苗字は?」
「そんなん…私も侑のことが好きに決まってるやんかぁ…」
「あっちょ、なんでまた泣くねん!」
「う、うるさい…侑のあほ!どうせ、ぶっさいくな顔やもん…!」
「あーもう、ほら、上向きっ」

胸の中にしまい込んでいた苗字を無理矢理上向かせると、うるうると涙を貯め込んだ瞳と目が合う。もう、ほんま、なんなん。なんでそんな可愛いの自分。

「…世界で一番可愛いわ、あほ」
「なっ…」

うるさい唇に噛みついて、苗字の反論ごと飲み込んでしまう。ふわふわとした感触にも、甘く全身を包む苗字の匂いにも、頭がくらくらする。
どうせこの後やってお互い素直にはなられへんねんから、今、この瞬間だけは黙って好きや言わせてや。なんて思いながら、やっぱり言葉にはできへんねんけど。


21.01.06.
title by 朝の病

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