短編

マーマレードの休み時間




「ツッキーおはよー!」
「…なんなの君、毎日毎日…」
「まぁまぁいいじゃん、私とツッキーの仲じゃん?」
「その呼び方やめてくれる…」
「おはようツッキー!苗字さん!」
「…おはよ」
「わ、お、おはよう!山口くん!」
「苗字さん今日も朝から元気だね」
「げ、元気だけが取り柄なので!」
「…君は変人コンビと同じ人種だよね」

毎朝特進クラスの月島くんのところに行くのが、私の日課。8時25分から5分だけ、バレー部の朝練が終わった後彼らが教室に戻ってくるこの時間が何よりも好きな時間。
でもそれは、月島くんに会いたいんじゃなくって。

「はぁあ…今日も山口くんかっこいいんだけどどうしよう…」
「…いつも言うけどそれ本人に言ってあげなよ」
「それは無理…!なにいきなり言ってんだ変な女って思われるじゃん…」
「僕は現在進行形でそう思ってるんだけど」
「あ、私教室戻らなきゃ!じゃあねツッキー!また昼休みに!」
「もう来ないでね」

教室を出る時もう一度振り返ると、目が合った山口くんが手を振ってくれる。うわぁ、やった!すこしぎこちなく私も手を振りかえして、踵を返すともう顔は緩み切って大変なことになっている。
そう、私のお目当ては月島くんといつも一緒にいる、山口くんの方。

あまり目立たないけど、背が高くて、優しくて、そしてたまに可愛い。
委員会で月島くんと一緒になって話すようになってから知り合った彼は私の好みドンピシャの男の子で、月島くんの近くにいたら自然に彼と話せることに気付いてしまい、そしてこのルーティーンが出来上がったのである。

はぁ、今日もかっこよかった、山口くん!朝から挨拶できたどころか、手まで振ってもらっちゃった!今日はいい日になりそう。スキップしながら自分の教室に戻った私は、隣の席のあまり話したことがないクラスメイトにさえ「何かいいことあったの?」と聞かるほどであった。


* * *


「ツッキー!来たよー!」
「あ、苗字さん」
「あ、や、山口くん!」
「ツッキーちょっと先生に呼ばれて出て行ったよ」
「あ!?そ、そうなんだ…」
「ごめんね、すぐに戻ってくると思うから待ってる?」
「えっ」
「ここ座りなよ」
「わ、ありがとう」

宣言通り、昼休みも特進クラスにやってきた私はまさかの山口くんと二人きり。月島くん不在という初めてのシチュエーションに不自然に吃ってしまい、それでも山口くんは優しく笑ってくれた。

な、なんでいないのツッキー!早く帰ってきて…!

山口くんと二人なんて嬉しいけど、嬉しすぎるを通り越して緊張して吐きそうだ。な、何話したらいい!?それとも話しかけない方がいい!?
正解が分からなくて、私の視線は右往左往。挙動不審の極みである。

「苗字さんってチョコ食べられる?」
「へ!?」
「これ。一個いる?」
「い、いの?」
「うん、どうぞ」
「あり、がとう…ございます」
「はは、急に敬語?」
「え、えへ…な、なんかつい」

やばい。やばいやばいやばい、私なんかキモくない?
山口くんが気を遣ってか私にくれた一粒のチョコレート。持って帰って家宝にして末代まで神棚に飾っておきたいけれど、せっかくくれたのだからとその場で口に放り込んだそれは甘くて口の中で蕩ける美味しさ。絶対これ、お高いやつだ。

「美味しい!」
「ほんと?良かった…まぁ俺が買ったやつじゃないんだけど」
「そうなの?」
「うん。今日誕生日で、クラスの子がくれたんだ」
「え!」
「え?」
「山口くん今日誕生日なの!?」
「うん…あ、なんかアピールしてるみたいになったね!?そんなつもりじゃ…」
「い、いや…え…!」

山口くんから聞かされた、衝撃の事実。頭の中で、月島くんが「君山口のこと好きなのにそんなことも知らなかったの?」と言っている。いや、その通りである。どうして私知らなかったの!

「ご、めん…私、知らなくって…」
「え!?いや、全然、知らなくて当たり前だよ!気にしないで!…あ、そうだ」
「?」
「苗字さん、ツッキーの誕生日知ってる?」
「?知らない…」
「ツッキーは、9月27日なんだよ。って言ってももう過ぎてるけど…」
「へえ」
「来年はお祝いできるといいね!」
「どうして?」
「え?だって苗字さんって、ツッキーが好きなんじゃないの?」
「え…ええ!?」

山口くんの言葉に驚いて、思わず大きな声を出してしまった。私の声に反応した周りの人からの視線を感じる。他クラスで注目を集めてしまい、我に返って居た堪れなさで少しだけ背中を丸めた。

「ど、どうしてそんなこと…」
「だって苗字さん、いつもツッキーに会いにくるから」
「ち、違うよ…!」

私は山口くんに会いにきているんだよ。言いたがったが、言えるわけない。
まさかそんなふうに思われているとは思わなかった。山口くんと少しでもいいから会いたくて、話したかった、ただそれだけなのに。
好意が伝わってしまうのは恥ずかしいけど、でも、勘違いされたままも嫌だ。

何て言えばいいのか分からなくて黙り込む私の言葉を、山口くんは不思議そうな顔で待っている。何か、言わなきゃ。考えれば考えるほど頭は真っ白で、教室の喧騒がやけに響く。

すると、ふと私の後ろに誰かが立って、影が出来た。

「ツッキー!おかえり!」
「また来てるの」

助かった!それは月島くんだった。山口くんの意識は私から月島くんへ移り、心底安堵する。ほんとは誤解を解きたかったけど、でも今はとりあえず仕方ない。
この状況での打開策はなかったし、私はまだ山口くんに想いを伝えたいだとかそんな段階じゃないんだから。毎日一回でも会えたら、それだけで満足できているんだから。
私はホッと息を吐いて、山口くんに促されて座っていた月島くんの席を立った。

「ごめんごめん、もう帰るよ」
「は?まだ昼休み終わってないけど」
「え。…まぁ、そうなんだけど」
「いつもは帰れって言っても帰らないのに」
「それとこれとは別っていうか…今日は、っていうか今はちょっと…」
「まさか君、今日山口の誕生日だって知らないの?」
「えっ、そ、それは、さっき聞いたけど…?」
「へーえ。さっき?さっきまで知らなかったんだ?好きな男の誕生日なのに?」
「ちょ、!」

不意に月島くんの口から飛び出した言葉に驚いて、私は咄嗟に月島くんの口を押さえた。
ちょっと待って、…ちょっと待って!何言ってるの?どうして今言っちゃうの?
ニヤリと笑った月島くんは、きっと確信犯だ。どうして!ほんと…どうして!?

これはきっと、月島くんによる強引なアシスト、なのだろう。というか、嫌がらせか。
私はそれまで私達のやり取りを静かに見ていた山口くんを見るのがこわくて、でも反応は気になって、もしかしたらきこえてなかったかもしれないし、なんて無理のある可能性まで考えて。
恐る恐る、それはもうゆっくりと、山口くんの表情を窺った。

「なっ…」
「山口顔真っ赤」
「だ、だって…!」

月島くんの言う通り、その顔はリンゴみたいに真っ赤に染まっている。かわいい…なんて思っている場合ではないはずなのに、一瞬思ってしまった焦っているのか余裕があるのかよく分からない私。ごくりと喉を鳴らして、そおっと山口くんに一歩近づいた。

「…と、いうわけなんですが」
「ええ、っと、どういう…」
「…私がいつもここに来てたのは、ツッキーじゃなくて、山口くんに会いたくて、だったわけです」

こうなりゃヤケだ。いつもは顔を見るのも恥ずかしいのに、なぜか今はしっかりとその目を見つめて伝えられてる。…すっごい震えてるけど。

だって本当のことだし、これこそ冗談にはしてほしくない。そして山口くんの反応が、私の背中を押してくれた。

「ド、ドッキリ、じゃない…?」
「…残念ながら」
「あ、お、俺が誕生日だから!?」
「…私なんかがプレゼントになるのなら」
「えっ………!」
「ぷっ…山口自爆」

山口くんはさっきより顔を赤くしていて、多分わたしだって負けず劣らずだと思う。それでももうこのタイミングを逃せないところまできていて、とりあえず昼休みが終わるまでずっとこのまま見つめ合っていたのは流石に月島くんに突っ込まれたのだった。


20.11.10.
title by 草臥れた愛で良ければ
山口忠 2020's birthday!

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