短編

君のことが知りたい




「あ、それ流行ってんだろ」
「よく知ってんね」
「姉ちゃんも言ってたから」
「姉ちゃん!?」
「え?なに」
「黒尾お姉さんいんの!?」
「うん、いるけど」
「意外だ…」

クラスメイトの黒尾は、運動も勉強もできてコミュ力もあっていつも沢山の人に囲まれいる。最近の席替えで席が近くなってよく話すようになった仲だけど、話が途切れないようにさり気なく話題を振ってくれるので黒尾と話すのは好き。

そして今日も、授業間の休み時間に前の席の黒尾がこちらを振り向く形で話していた中で知ったのは意外な事実だった。
確かに黒尾の兄弟関係を聞いたことはなかったけど、部活でも主将をやっているらしいし面倒見のいい黒尾だから、兄弟がいるなら妹か弟だな、と勝手に思っていたのに。

「黒尾弟なのかぁ…何か想像できないね」
「どうしてよ」
「だって勝手に黒尾はお兄ちゃんだと思ってた」
「もう一回言って」
「?お兄ちゃん?」
「もっかい」
「お兄ちゃん」
「いいね」
「変態か」

机越しに軽く腕を叩いてやれば、大袈裟に痛がる黒尾を笑って、弟な黒尾を想像してみた。けどやっぱり思い浮かぶのはいつものニヤリと不敵に笑う黒尾で、およそ弟らしさは想像できない。身長も高いし、可愛い弟でないことは確かだな、うん。

「お姉さんってどんな人?」
「んー…傍若無人」
「?」
「俺のことは多分召使いか子分、又は舎弟だと思ってるなアレは」
「あっははは、黒尾、舎弟なの?」
「姉ちゃんには頭が上がらねぇんですよ。可哀想デショ」
「うそぉ、想像できなーい」
「苗字サンは俺をなんだと思ってんの?」

黒尾は私のペンケースからシャーペンを一本取り出し、その長い指を使ってくるくると回し始めた。私はペン回しが出来ないから、その器用な指使いを眺めながらやっぱり笑ってしまう。

「だって、…ふふっ…でもそっか、じゃあお姉さんこわいんだ」
「んーこわいっつーか…今はちょっと、ね」
「…うん?」
「色々相談とか乗ってもらってるんで。余計な口聞けない立場なんですよ」
「黒尾が?相談?」
「うん」
「黒尾って悩んだりすんの?」
「だから苗字は俺を何だと思ってるんですかぁー」

今度は私がペシっとおでこにチョップを入れられた。全く痛くはないけど、軽く触れられた感覚のあるそこが妙に熱を持っているように感じる。

「ね、黒尾はお姉さんにどんな相談すんの?」
「興味津々じゃん」
「だって気になる、黒尾って相談される方なイメージがあるから」
「俺だって人並みに悩みもありますよ」
「だから、どんな?」
「んんー…」
「言えないようなことなの?」
「っていうか…」
「うん?」
「…そんなに俺のこと知りてえの?」

ワントーン低くなった黒尾の声に、ぐ、と言葉に詰まった。何か、そう言われてしまえば恥ずかしいじゃないか。
別に、そんなに黒尾のことばっかり知りたいとかじゃないけど…でも、最近いつも黒尾と話す時間は楽しくて、今日は沢山話せるかなとか楽しみにしてたりして、だから色んな黒尾を知ってみたくて…あれ、これって黒尾のことが気になってる、ってことになるのかな?

私が何も言えないでいると、黒尾はフッと小さく笑っていつものような意地悪な表情をした。

「俺が姉ちゃんに相談してんのは、気になってるオンナノコのこと」
「へ?」
「毎日頑張って話しかけてんのに中々こっち向いてくんねぇから、どうすればいっかなーって」
「そ、れ、…え?」
「もうちょっと俺を意識して欲しいんだけどねぇ」
「ええ?」

困惑していると、黒尾はそんな私を置いて前を向いてしまう。
ああ、もうすぐチャイムが鳴るのか。休み時間ってどうしてこんなに短いんだろう。なんて頭の中ではどこか冷静で、でも、黒尾の言った言葉は私の中でぐるぐる回り続けている。

すると黒尾は首だけこちらに振り向いて、さっきから持っていた私のシャーペンをゆらゆらと振りながらこう言った。

「苗字、これ、借りんね」
「え…あ、うん」
「返すまでにさっきのどういう意味か考えといてくださーい」
「えっ」
「じゃ」

それで、今度こそ本当に前を向いてしまった黒尾に何か言う間もなくチャイムが鳴って先生が入ってきてしまう。
バクバクと、心臓が鳴っている。なにこれ、熱い。

黒尾の言葉のせいで授業には集中できないし、そのくせして黒尾の後ろ姿を見ていたらその耳が赤く染まっていることに気付いてしまうから本当にどうしたらいいか誰か教えて欲しい。

ねぇ黒尾、今私すっごい黒尾のこと気になってるよ。



20.11.05. Twitter 掲載.
20.11.10. 加筆修正.

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