短編

素敵なことがいえない




社会人設定


「苗字、この書類コピーしといて」
「わかった。あ、これ部長から」
「おー、ありがとう」

社会人3年目。仕事にも慣れて後輩もできて、段々色んなことを任されるようになってきた頃。それなりにいい企業に就職した私は、それなりにこの仕事にやりがいを感じていた。でも毎日が充実してるなと感じるのは決して仕事のお陰、だけではなくて

「あ、あと。今日飲みに行こ」
「職場でそういうこと言わないでよ…!」
「いーじゃんこのくらい」

この男。同期で入社当時から仲の良かった黒尾鉄朗と、最近なんだか"いい感じ"になっているからである。仕事は出来るし、気配りもできるし、おまけにビジュアルもそこそこ良い。性格に難ありな気もするけれど会社の女子達に影でモテてることも自覚済みなこいつはきちんと裏表を使い分けている。



「じゃあ今日もお疲れー」
「かんぱーい」

ガチン、とジョッキを合わせてビールを煽る私たち。お互いの前では気張らなくてもいいし楽だから、出会ったばかりの頃から自然と二人で飲みに行くことも多かった。

隣のあの人が話してた話題。テレビでやってたオススメの店。仕事の愚痴。いつものようにあたり触りのないことを話していても、最終的に辿り着くのは恋愛話。そしてこの時間が、なんだか最近"いい感じ"なんじゃないかと思う理由でもある。

「苗字さんは今日もいい人できなかったんですかー?」
「そ、…んなに簡単にできるわけないでしょ!」
「じゃあ俺とかどう?」
「…黒尾はやだよ」
「えー、結構優良物件だと思うんだけどなぁ」
「自分で言う?」

ほら、こういうところ。どういうつもりか、いつも思わせぶりなことを言ってくる。その度に私はドキドキさせられていて、それを隠すのに必死なのだ。

「黒尾こそどうなのよ」
「ん?俺?俺も見ての通りですけど」
「人のこと言えないじゃん」
「でも俺はその気になれば彼女の一人や二人すぐ出来ますから」
「…否定できないのが悔しい…」
「そこは私はどうですか、って言うところでしょ」
「だからなんで私が!」
「えー、苗字なら考えるのになぁ」

ほうら。どうしてそんなこと言うの?

「あ、照れてる」

そんな意地悪に笑ったって、アルコールが入った私の頭ではかっこいい、としか思えなくて困る。その言動にいちいち心を跳ねさせる私とは対照的に、黒尾はいつも余裕たっぷりだ。

「モテ男くんは言うことが違いますね」

だから私は、照れ隠しにこんな悪態をつくことしかできない。

「俺はいい加減伝わって欲しいんですけどね?」
「なにが」
「自分で考えろよ」
「わかんないから聞いてるんですー」
「考えてないのバレバレですー」
「じゃあ当てにいってもいい?」
「おう」
「………黒尾が、」
「うん?」
「…私に夢中、なこと?」

呟くように溢すと、目を見開いて固まった黒尾。黒尾の出方次第では「なーんちゃって」なんて逃げを用意していた私も、それが何を意味するのかわからなくって、今日こそ核心に触れてみたい気持ちも相まってその目を見つめてしまう。後悔するかもしれない。でもいつまでも私ばっかりが攻められてる現状にももう耐えられないのだ。黒尾がなんて言うのか、緊張しながらその口が開くのを待った。

「…なぁんだ、気付いてんじゃん」
「…黒尾、酔ってる?」
「今日そんなに飲んでねえよ」
「…じゃあ、揶揄ってる、とか?」
「俺はいつでも本気の男ですけど」
「…えぇー…」

だって、笑ってんじゃん、黒尾。なんて思いながらも顔が熱い。お酒のせいなんて誤魔化せないほど赤くなってるのもきっと黒尾にはバレバレなんだろう。

「さすがに最近攻めすぎてた?」
「い、いっつもドキドキしてた…よ」
「なにそれ素直じゃん」
「…だって、そうだったらいいなって、思ってたから」
「大人の駆け引き的なね」
「それ言ったら急にダサくなるね」
「え、じゃあ今のなし」
「無理でーす」

恥ずかしいのを誤魔化して、必死にいつもの空気を取り戻そうとする私と、そんなの飛び越えてテーブルの上に置かれた私の手を握ってくる黒尾。

「じゃあ、そゆことでいい?」
「そ、そういうことって?」
「そこは察してくれねーの?」
「ちゃんと言って欲しいんだよ」
「じゃあ、」

こほん、と咳払いした黒尾は私の目をしっかり見つめながら、

「苗字が好きです。付き合ってください」

と言った。それは、あんなふうに思わせぶりな態度で外堀からいやらしく埋めてくる黒尾らしくない、ストレートな告白。

「私も好き、です。黒尾のこと」

だから私も同じように返事をした。まぁ私にはそれ以外のテクニックと呼べるようなものはないのだけれど。

「…なんかさ、両想いだと思うと、急になんも言えなくなるね」
「…黒尾は余裕そうに見えるけど?」
「んなことねーけど。……苗字の前では、いつも結構いっぱいいっぱいなってる」


もしかして黒尾も、格好つけたがりなだけで私と同じなのかな。なんてね。


19.12.03.
title by 草臥れた愛で良ければ

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