短編

辞書にのらないふわふわのこと




中学の頃から大好きなゲーム。当時ハマってたオンラインゲームでよく一緒にプレイしていた人と仲良くなって、まさかの同じ高校に入学したことが発覚ししかも同じクラスで、実際に会ってみたら更に意気投合。付き合いだしたのはそれからしばらく経った二年の春だった。

"帰宅。今日プレイする?"
"お疲れ〜。疲れてないの?"
"疲れたけどゲームはできる"
"分かった(笑) 今から繋ぐね〜"

テンポ良く行われるメッセージのやり取りは、彼氏の研磨とのもの。実はスポーツマンだった彼は部活で忙しく、二人空いた時間することと言えばやはりゲームで、付き合ったからと言って何かが変わることはなかった。

元々私も研磨もそんなに人付き合いが得意な方じゃないし、インドア派なのもあり改めてデートしたり、そういう普通のカップルらしいことはしたことがない。
ゲーム友達と大差ないこの関係をどうして付き合っていると呼んでいるのか。そのキッカケはやっぱりゲームだった。


* * *


「研磨、次のウエディングイベントのアバターコスチューム絶対欲しいから協力してね」
「いいけど…あれそんなにステータス強くないよ」
「そうだけど可愛いじゃん。欲しい」
「…名前も一応そういうの興味あるんだね」
「え〜、ありますよ。アバターでぐらい夢抱かせてよ」
「ふっ…なにそれ」

毎日ゲームでは話すけど、実際教室にいる時にはあまり会話しない。お互いクラスでは目立たないポジションで、そんな私達が特別につるんでいたら高校生という多感な時期になんて噂されるかわからないし。目立つのは本意ではない。

せっかく前とは違って直接話せるのに、顔は見えない会話だけの方が落ち着く。…はずなのに、その時耳元で小さく研磨が笑った気がして、胸がギュッとした。
…どうしてギュッ?

「…研磨、笑わないでよ」
「え…俺も笑うことくらいあるよ」
「違うの!なんか…なんか」
「?」
「研磨が笑うとこう…胸がぎゅううってする」
「え」
「なにこれ、病気かな…」

そう言うと研磨は珍しく声に出して笑うから、私はますます意味がわからない。「ちょっと研磨、」私の言葉は研磨に遮られた。

「俺も名前が笑うとギュウッてするよ」
「え!研磨も!?」
「うん」
「えぇ〜!何なんだろう、私達よっぽど気が合うのかな?」
「…じゃあ、付き合う?」
「えっ?」
「俺と名前、気が合うんでしょ。いつも一緒にいるし付き合っても変わらないでしょ」
「そ、そうなのかな?」
「うん」
「でも研磨が言うならそうだよね、うん!研磨といるの楽しいし、付き合お、研磨!」


* * *


…なんて感じで始まった私達の交際。だからお互い告白もなかったし、普段と変わらなくて当たり前なのだ。ただ一つわかるのは、私と研磨は気が合う、一緒にいて楽しいし楽だということ。

そんな研磨との関係だから誰にも知られていないし、知って欲しいとも思わない。…そう思ってたのに、そんな私に気持ちの変化が現れたのはつい最近のことだった。

研磨が所属する男子バレー部は全国大会出場を果たし、それを見たみんなの研磨に対する評価が明らかに変わって、"クラスの大人しい男子"から、"実は全国出場できるくらいのチームのレギュラーで凄い奴"になった。
密かに女子からの人気も上がり、隠れ研磨ファン、みたいな子もちらほら聞く。「孤爪って最近なんかいいよね」「孤爪くんって意外にかっこよくない?」そんな言葉を聞くたびに、何故か私は内心モヤモヤしていた。

「名前?」

ヘッドセットから聞こえる研磨の声に、自分の意識がどこか遠くへ飛んでしまっていたことに気付いた。画面は一緒に挑んでいたクエストが終わった報酬画面で止まっている。

「あ、ごめん」
「…なんかあったの」
「え?ないよなんにも、ちょっとボーッとしちゃっただけ」
「…ふうん」
「あー…あの、そういえば今日、クラスの子が研磨の話してたよ」
「へぇ…」
「し、知ってた?」
「知らない」
「そ、そうだよね…」
「…今日はもう辞めよっか」
「えっ」
「明日の課題、するの忘れてた」
「…それは…やばいね。あの先生こわいし」
「うん。だから、また明日でもいい?」
「あ、勿論、頑張って」
「うん。じゃあね」
「はーい」

切れた通話に、なんだか心がざわざわした。…なんか変な空気になっちゃったな。私がぼんやりしていたのを研磨が不審がっているのが伝わったから、無理矢理話題を変えたのがいけなかったのかな。
でもだって、じゃあどうしてって言われても説明できないんだもん。本当に、何でもないとしか言いようがなかった。

「…もう一周しよ」

どうしようもないから、研磨のアバターがいなくなった世界で私は考えることをやめてゲームに集中することを選んだ。
それからちょうど、ぴったり一時間ぐらい。スマホがメッセージの受信を告げて画面を確認すると、相手は研磨だった。

"寝た?"
"全然起きてるよ"

それだけ送ると、すぐに今度は電話がかかってくる。…さっきはゲームだったけど、でもいつもは平日の夜に何度も通話することなんてないのに。

「もしもし」
「もしもし、どうしたの?あ、課題わかんないの?」
「…今、家の前、出れる?」
「えっ」
「名前の家の前にいるんだけど」
「えっ!」

研磨の言葉に、びっくりして。私は通話を繋げたままドタドタと部屋を出て、後ろからお母さんがこんな時間にどこに行くんだとかけてきた言葉に返事すらせずに急いで玄関の扉を開けた。

「…研磨っ」
「ふっ…慌てすぎ」
「だって…急に、来るから」

なんか研磨、いつもと違う気がする。どこがと聞かれると分からないけど。ドギマギしながら研磨を見ると、部屋着のパーカーとスウェット姿で、それもまた見慣れなくてキュンとする。そういえば私達、一年くらい付き合ってるのに本当にゲームばかりで休みの日会うこともなかったや、なんて今頃気付いた。

「…さっきの話の続き、してよ」
「え?」
「クラスのなんとかさんが俺の話してたんでしょ」
「えっ、あ、うん…」
「それでどうしたの」
「それで…」

もしかして。研磨は、さっきの私がなんか変だったから来てくれたの?お互いの家だってまぁまぁ遠いのに。しかも、住所は前に機会があって教えたかもしれないけど、実際に来たこともないのに。

「それで…なんか、研磨がかっこいいって」
「…へぇ」
「…そんなの…私だって、…私の方が、知ってるのに」
「そうなの?」
「当たり前だよ!研磨は、ずっと前から凄くて、かっこよかったのに!なのにみんな、研磨が春高出たからって今更やっとそれに気付いてるのになんかモヤモヤして…!」

そこまで言って、研磨を見ると驚いたような顔をしていて。ああ、無意識にヒートアップしてしまったから。私はゆっくりと息を吸って、吐いた。
でも研磨はそうじゃなかったらしく、私の腕を少し引っ張って距離を縮める。いつもより、もう数センチ近い距離。私は研磨を見上げる形で、やはりいつもとは少し違う空気の研磨に非日常を感じた。

「それ、……無自覚だよね」
「?」
「…何でもない。気が合うなぁって」
「え?」

そのまま研磨は私を腕の中に閉じ込めた。どくんどくんって、どっちのものか分からない心臓の音が聞こえる。知らなかった。研磨って、もっと華奢に見えるのに意外にちゃんとがっしりしてるんだ。…知らなかった。研磨ってこんなに、あったかいんだ。

オンラインじゃない、リアルの出来事。こんなゼロ距離は初めてで、今までも別に興味はなくて…でも今、悪くないと思ってしまう自分がいる。

「名前は俺が、絶対攻略するね」
「ど…どういうこと」
「そのうち分かるんじゃない」
「ええ…」

私の頭の上で研磨が小さく笑うから、その振動が伝わってくる。それで私の心臓は、またぎゅううって痛くなるんだ。



20.10.16.
title by ユリ柩.
孤爪研磨 2020's BIRTHDAY!

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