短編

ハロー、ハロー、届きますか?




結んで、ほどいての続き


朝練帰りの徹の両手には、大きな紙袋。肩から下げているスポーツバッグも相まってとても重そうだけど、実際はそうでもないのかしら。
教室に入ってくるなり、ジトっとした目で見つめる私と目が合った徹の表情はあからさまに「やばい」と言っていた。

「おはよう名前」
「…おはようございます徹くん」
「なんで敬語?」
「お誕生日おめでとうございます徹くん」
「だからなんで敬語!?」

分かってるくせに。私はわざとらしく徹の持つ紙袋を見てため息を吐く。

「…まだ約束してから3ヶ月ちょっとしか経ってないんだけど」
「い、いや、これほとんど部活の奴らからだし…ほら、朝来て靴箱とかに入れられてたのはどうしようもなくて…」
「…ふん」

バレンタインのとき、他の女の子からもチョコを貰いまくる徹と一悶着あったのはまだ記憶に新しい。それでも、誕生日となれば女の子だけじゃないし、それに純粋にお祝いしてくれた人だっているんだからプレゼントを貰うなとは言わないけど。でも、面白くないのは事実。それとこれとは話が別だ。

「そんなに貰ったんだったら私からのプレゼントはもういらない?」
「え、またその遣り取りするの?」
「だって…」
「俺今日名前に祝ってもらうの楽しみにしてたんだからね!そんなこと言わないの!」
「…うん」
「放課後、ね?」

ポン、って頭に置かれた手が温かい。たったそれだけで私の機嫌は治ってしまって、単純だなぁと自分でも思った。でもいいんだ。今日は徹の誕生日、笑ってお祝いしてあげたいもんね。


そうしてやってきた放課後。と言っても今日は終業式で、夏休みの始まりだ。
ちょうど月曜だから徹の所属するバレー部もお休みで、まだまだ早い時間に私たちは学校を出た。

「ね、徹、ほんとにこんなのでいーの?」
「いーの!この前マッキーが新しくできた彼女と撮ったからって自慢してきたから明日は俺が自慢したい!」
「まぁ、いいけど…」

徹が誕生日に私としたい、とお願いしてきたのはプリクラを撮ること。確かに付き合って結構経つけど、普段の放課後デートだってお互いにバイトもしてないから大した所には行かず、大概お互いの家に行くことが多かった。付き合いだしたばかりの頃は徹のオフの日に少し遠くの大きなショッピングモールに行ったり、遊園地に行ったりしたけど…プリクラは、何気に初めてだ。

「じゃ、お金入れますよーっと」
「ありがとう!」
「こんなのがプレゼントでいいなんて…安上がりな彼氏だこと」
「お財布に優しいって言ってよ!」

二人でプリクラ機に入って小銭を入れると、自動音声が流れる。私たちはそれに従いモードを選んだりフレームを選んだりして、カメラの前に並んで立った。

「えっ、ちょ、そんなくっつくの?」
「マッキー達はこんなポーズしてた!」
「別に張り合わなくても…」
「お願い!ほら、早くっ」
「わわっ」

ほとんど徹主導で決められたポーズを、半ば無理矢理させられた私。あっという間に撮影タイムは終わり、次は落書きコーナーへと移ると、既に徹はご機嫌で鼻歌まで歌っていた。でも計画を実行するには、徹に書かせてはいけない。私はノリノリで落書きする気満々の徹のペンを取り上げた。

「え、何」
「落書きは私に任せて」
「えっ、俺もしたいよ」
「いーから!」
「ええ〜?変な風にしないでよ?」
「わーかったから!」

「終わるまで見ないで!」と、背中を押して徹を追い出す。さて、やったりますか。私は気合を入れてペンを滑らせた。


* * *


「徹、お待たせ!」
「出来た?」
「うん!もうすぐ出てくるよ」
「はー!楽しみ!ちゃんといい感じに書いてくれた?」
「ふふ、見てからのお楽しみ〜」
「ちゃんと自慢できる感じにしてくれてなかったら撮り直しだよ!」
「えぇ〜、やだよめんどくさい」
「あ、今めんどくさいって言った!」
「はいはい…あ、出てきた」
「俺が見る!」

勢い良く取り出し口前でしゃがみ込んだ徹は、出てきたプリクラを手にじっと見つめる。そして、暫くそうしてたかと思うと急に手で顔を覆ってしまった。

「えっ」
「なにこれ…」
「え?泣いてるの、徹?」
「嬉しい名前ありがどおおお」
「きゃっ」

伸びてきた手に引っ張られて、私も徹の隣にしゃがみ込む。覗き込んだ徹はちょっと鼻水出てるし、酷い顔。え、そんなに?予想以上のリアクションに、仕込んだ張本人である私も少し驚いてしまった。

「なにこれ…こんなの他の奴に見せらんないじゃん…」
「徹が生まれてきてくれたありがとうって感謝の気持ちと、大好きだよって気持ちをお手紙風にしてみました」
「こんな文字いっぱいのプリクラ初めて見た…」
「びっくりした?」
「びっくりした…し、嬉しい…」
「 へへ。やった」

誕生日プレゼントはプリクラでいいだなんて、安上がりな彼氏へサプライズ。いつもなかなか素直に言えない気持ちを書いたプリクラは、喜んでくれたみたいだ。

「ね、ちゅーしたいんだけど」
「ええ?だめ、人いっぱいいるもん」
「じゃあ、俺ん家行こ」
「結局いつもと一緒だね?」
「俺が良ければいいんですぅ」
「まぁ…確かに。じゃ、ケーキ買って帰ろ」
「ん、はやく」

徹は急かすように立ち上がり、私を引き上げる。触れた部分は熱くて、それはきっと夏だから、だけじゃない。

「ね、徹」
「なあに?」
「お誕生日おめでとう。大好き」
「ンンッ〜〜〜〜早く帰ろ、!」



20.7.20.
title by コペンハーゲンの庭で.
及川 徹 2020's BIRTHDAY.

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