短編

四角の隅っこで




「おはよう」
「おはよー宮侑」
「自分なんで俺のことフルネームで呼ぶん」
「宮って呼んだら宮治とわからんなるし、侑って呼ぶほど仲良うないし」
「は?侑って呼べや」
「え、なに?名前で呼んで欲しいん?」
「その顔腹立つなぁ…!」

隣で騒ぐ宮侑を無視して、私は一限目で使う教科書を出す。一年の頃から同じクラスの宮侑とは喧嘩友達…って言うほど喧嘩ばかりしてるわけでもないが、仲良いとは言い難い。大概向こうが私のことを馬鹿にするようなことを言ってきたり、揶揄ったりするので私はそれを軽く受け流すようにしている。こんな奴でも強豪バレー部のレギュラーで、女子からも人気があるから人は見た目によらないとはよく言ったものだ。

「あ、教科書忘れた」
「………」
「しかも次の授業サムんとこ今日ないやつやん」
「………」
「困ったわー、やばいどないしよー」
「………」
「無視すんなや!おい!苗字!」
「なに?」
「教科書見せて」
「最初からそう言いや」

ため息を吐いて、私は仕方なく宮侑の方へと机を寄せた。ぴったりくっついた机の真ん中へ、教科書を置く。先生が入ってきて、教科書を忘れてたことなんて見たらわかるからか突っ込まれもせず授業が始まる。つまんない現代文の授業は当てられることもほとんどないし先生も緩いし、みんな眠っていたり机の下でスマホをいじったり好きに過ごしている。

かくいう私も黒板に書かれたことはノートに写しているが、先生の話はほとんど聞いていない。意識しないようにしても意識してしまう、最早意識しないようにしているのは意識しまくりの証。隣が気になって仕方なかった。

一応授業は真面目に受けるのか、そういうポーズで他に全然違う、例えばバレーのこととか考えているのかわからないけど静かな宮侑。そりゃ授業中も喋っていたらヤバい奴認定待った無しだけど、普段はうるさいから静かなのは私からしたら違和感ありまくりだ。
チラッと気付かれないように視線をやると、しかし向こうも私を見ていて目が合ってしまった。

「!」
「…なんやねん」
「…そっちこそ。なに」
「いーや?」

小声で「なんもないわ」の言い合い。それに飽きると、宮侑はまた前を向いてしまった。しかもしっかりと手は動かしているから何故か憎らしい。
と、そこで気付く。コイツ、板書をしているんじゃない。ノートの端っこ、私に一番近い方に小さく書かれた文字を横目で見ると、それは授業内容とは全然関係のない、私宛ての言葉だった。

"見てんのバレバレやねん"

ここで動揺を悟られてはならない。私は負けじと自分のノートの端で言い返す。

"自意識過剰"
"は?調子乗んなよ"
"のってへん"
"見てたからこれ気づいたんやろが"
"そっちこそ私のこと見過ぎちゃう?"
"だってお前のこと好きやし"

「はぁ!?」

思わず、そう叫んで立ち上がってしまった。授業中。周りからの視線が痛い。

「な、なんや苗字。質問か?」
「あ、いや…何もないです…」
「びっくりするやん」

現代文の、優しい先生で良かった。特に咎められることもなくいそいそと席につく。周りからクスクス笑い声が聞こえるが、私は隣の男のニヤニヤ笑いが気になってそれどころじゃなかった。

"なんや苗字。びっくりするやん"
"え?"
"なに?"
"なに?ちゃうわ"

平然と続けられる筆談に、もうノートの余分なスペースもなくなって途中から別のルーズリーフに書いている。私は全く平然にはいられなくって、うるさい心臓の音も、よくわからず小刻みに震える手も、なんでもないフリをするのに必死だった。

え、なんなん?コイツ。また揶揄ってんの?授業中に、趣味悪すぎひん?もしかして、私の気持ちを知ってこんなことをするんだろうか。いつから?いつから私が宮侑を好きだって気付いてた?
数十分前と同じように、こっそりと横目で隣を確認すると、やっぱりこの男は私を見ていて。

「え…な、なんなんその顔」
「は?喧嘩売ってんのか」
「だって顔…めっちゃ赤い」
「お前もな」
「…冗談ちゃうの、さっきの」
「…冗談にしてもええんか」
「…あかん」

こんなことあってええの?宮侑、私のこと好きなん?
きっと二人して顔を真っ赤にして、話している囁き声だって静かな授業中じゃ割と響いて目立つことにもこのときの私達は気付いていない。更に言うと後から聞いた話、私達がずっと両想いで、周りからもはよくっつけやって思われていたことも全く知らない。

「…宮侑ってこういうの照れるタイプやったん」
「おい」
「ん?」
「フルネームやめえ」
「…侑」
「…やれば出来るやん」
「ふふ、うれし」
「は?」
「侑って呼べる」
「…急に素直にならんといて」

いつも、口喧嘩や小競り合いを繰り返してた、でも何故か好きだった男。そんな男の顔を見て、私はまた小さく笑った。授業が終わったら、私も好きってきちんと伝えたい。


20.7.3.

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