短編

かさぶたになるまでのはなし




「ちょ、待てって名前」
「やだ、追いかけて来ないで!」
「なんで逃げるわけ!」

違和感を感じたのは、二週間くらい前だった。

「鉄朗、なんか通知来てるよ」
「あー…うわっ、」
「え、なに」
「あ、いや、夜久だわ。部活のこと」
「そっか」

鉄朗が久しぶりの部活オフの日で、私の家で過ごしていたとき。テーブルの上に置いてあった鉄朗のスマホのロック画面に通知が来ていることを教えると、勢いよくスマホを回収してた、たったそれだけ。それだけなんだけど…

普段は私も鉄朗も割とオープンで、鉄朗のスマホでゲームをやってることもあるし、私のスマホの写真フォルダを見て笑い合うこともある。ロック画面のパスワードもお互い知ってる。そりゃあメールとかまでは見ないけど、そんなに見られても困るものなんてないし、だからこそその反応に少し引っかかった。

それを友達に話すと、「実は女からの連絡で、浮気とか?」なんて冗談っぽく笑われた。鉄朗が浮気なんてすると思えないけど、でもやっぱり少し気になって、気にすれば気にするほどそうなんじゃないかと思ってしまう。
相変わらず鉄朗は部活で忙しいけど、それでも毎日連絡してくれるし、クラスは違うけどお昼ご飯を一緒に食べたり、私が委員会で遅くなる日は一緒に帰ったり、上手くやれてると思っていた。倦怠期とかじゃないし、私達は仲良しだと。

そして冒頭。最近は教室移動のときに鉄朗のクラスを覗くと、決まって女の子と楽しそうに話していた。同じクラスにはなったことがなくて名前は知らない、鉄朗の前の席の私より少し背が高くて大人っぽい子。

「はぁ、…捕まえた」
「はぁ…はぁ…」

教科書を借りようと思って鉄朗のところへ訪れたときに、見てしまった光景。鉄朗が、あの子と指を絡めているように見えた。
いくら信じてるっていっても、そんなところ見てしまったらぎゅうって胸が痛くなって、思わず引き返したところを運悪く見つかってしまうなんて。

どれだけ全力で走っても、運動部男子に敵うわけがなくて。すぐに後ろから腕を掴まれ、捕まってしまった。

「な、んで…追いかけてくんの」
「名前が逃げるから…つーかなんか誤解してるだろ」
「してない、離して」
「やだ」
「私もやだ」
「いいから、思ってること全部言えって」
「やだ!」

拒否するように鉄朗の胸を押してしまって、思ったよりその力が強かったのか鉄朗がよろけた。それでも掴んだ腕は離してくれなくて、そのまま腰を折り曲げて覗き込んでくるからたまったもんじゃない。
嫌だ、見ないでよ。今絶対ひどい顔してる。鉄朗にこんなところ見られたくない。こちらからも鉄朗の顔が近くで見える距離に、泣きそうになる。焦ってるような困ってるようなその表情と、さっきあの子と笑い合ってた表情とのギャップに胸が痛い。

「名前」
「…っ」
「泣いてる?」

堪えきれなかった涙が頬を伝う。泣きたくなんかない。こんな私見られたくない。それでも止まってくれない涙を、鉄朗の親指が優しく拭った。

「ごめん」
「…っ、なに、が、」
「さっきの見てたんだろ?」
「…さっきの子と、付き合う、の?」
「は?」
「私とは、別れる、の…?」
「なに言ってんのこの子は」

自分で言って、自分で傷付いた。めんどくさいってわかってるけど、またポロポロと涙が溢れる。
そんな私に鉄朗は深くため息を吐くと、そのままぐいっと引っ張られて大きな腕の中。

「えっ」

状況を把握しきれない私を優しく抱きしめて、私の肩に顎を乗せた鉄朗がそのまま話し出した。

「…とりあえず、誤解だから。全部話すけど、俺が好きなのは名前だし絶対別れねーから」
「…ひ、っく…」
「…………」
「…話して、よ」
「………ん」

そう言いつつ、言いにくそうに黙る鉄朗にまた不安が募った。やっぱりなんかやましいことがあるんだ。言い訳を考えてるんだ。なんて、思考はどんどんマイナス方向に向かって苦しくなる。さっきの光景がまた頭をよぎって、苦しいのを誤魔化すようにぎゅっと拳を握りこんだ。
どれだけそうしていただろう。鉄朗は、意を決したようにして漸く口を開いた。

「………誕生日」
「………?」
「名前の、誕生日……前に、ペアリング、憧れてるって言ってただろ…」
「う、うん……言ったかも?」
「…さっきの奴が…名前と、大体手一緒くらいだったから…その、指の、サイズとか、教えてもらってて…」
「えっ」
「いや、その、手直しとかできるとこのにするつもりだったけど、やっぱあげたときピッタリの方が格好つくじゃん…?」
「そ、そんなの…」
「うん、軽率だった。あんなん見たら嫌な気になるよな。ごめん、俺が全部悪い」
「………そうだよ…私、てっきり…」
「結局サプライズでも何でもなくなるし…はぁー…かっこわる」

項垂れる鉄朗の跳ねた髪が首に当たってくすぐったい。でも、やっとどうして鉄朗が言いたくなさそうだったのかわかった。私の勘違い。鉄朗は、私のためにサプライズでプレゼントを用意してくれようとしてたんだ…。

「じゃ、じゃあ…この前、スマホ隠そうとしたのは?」
「え?そんなことした?」
「した…通知きてるよって言ったとき…」
「あー……あぁー…」
「…なに?」
「なんか、ネットショップとかでリング調べまくってたから…オススメとかで通知くんじゃん?それ見られたらバレると思って…」
「…なんだ…」
「はぁー、俺めちゃくちゃかっこ悪いじゃん今…」
「…ごめん…」
「いや、俺が悪い。名前は悪くない。ゴメンナサイ」

ここ最近モヤモヤしてたことが解決して、途端に私のためにしてくれていたことを台無しにしてしまったことへの罪悪感が湧き出てくる。
疑ってごめんなさい。やっと私からも鉄朗の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。

「ごめんね…ありがとう」
「ん」
「指輪、私も一緒に選んでいい…?」
「ん、一緒に買いに行こ」
「………へへ」
「なに笑ってんの」
「…鉄朗好きだなぁって」
「…俺の方が好きですよ、名前サン」

いつもより少しだけ早い、鉄朗の心音が聞こえてくる。私はまた小さく笑って、腕の中から見上げた先でちょっとだけまだふてくされてる鉄朗に口付けた。
遠くで授業開始のチャイムが鳴った気がするけど、今日はこのままサボることになりそう。


20.6.25.
title by 草臥れた愛で良ければ.

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